24
「いやぁ、またスコットちゃんに助けて貰ったねえ」
帰りの支度を済ませて部屋を訪れたスコットにマダム・ヴァネッサが労いの言葉をかける。
「助けたというか、向こうから襲ってきたというか……」
「お陰でうちの子が襲われずに済んだよ。ドロシーもありがとうね」
「ふふん、お礼を言いたいのは僕の方よ」
ドロシーはスコットの右腕を抱き寄せて満足気にウインクする。
「ちょ、ちょっと社長!?」
「ふふふ、そうかい。良かったねぇ、愛しのスコットちゃんと結ばれて」
「本当ね。母親として娘が運命の相手と結ばれた瞬間ほど幸せなものはないわ」
「え、まだ一度寝ただけですよ! 気が早いですよ!?」
既に『幸せにおなり』とでも言い出しそうな感慨深い顔になっているルナとヴァネッサにスコットは真顔で返す。
「僕を大人のレディにしちゃったんだから責任取ってパートナーになってね? 今年中には式を」
「いやいや、確かに責任は取りますけどもう結婚は早くないですか!?」
一度でも肉体関係を持てば即ゴールインとはどこの国の価値観か。
スコットはドロシーの想いを受け止める気はあるが、かといって彼女を伴侶にするつもりはまだ無い。彼女が嫌いというわけではなく彼の中では既に 一番の女性 が決まっているのだ。
彼女を越えるきっかけがない限り、スコットは彼女を選ぶことはない……
(大体、社長との結婚をアルマさんや大賢者が認めるわけ無いじゃないですか! 別に俺は貴女のこと嫌いでもないですし、皆がOK出すならまぁ……何年か経ってお互いを知り尽くしたらアリかもしれませんけど! 結婚なんて軽々しく決めちゃ駄目ですよ!!)
……と自分ではそう言い聞かせつつも満更ではないらしい。ただもう少し彼女を知る時間が欲しいのと結婚した後のリスクが尋常じゃない程大きいだけで。
「ふふん、わかってるよ。スコッツ君は若いし、まだまだ遊びたい年頃だものね。レンちゃんやランカちゃんやメイちゃんとも会いたいだろうし」
「ふぐぅっ!?」
「この街には可愛い子が多いしねー」
ドロシーは癖毛を揺らしながら意地悪そうに言う。
普通なら恋する男が他の女に目移りすれば嫉妬に狂って血腥い展開に発展するものだ。実際に昨夜そうなりかけた。
だが、このドロシー・バーキンスはその他大勢の淑女とは違った。
「あ、あの社長……それについては」
「大丈夫よ、スコッツ君。君があの子達に会っても僕は怒らないから。愛人も五人までなら許すわ」
「社長!?」
「まぁ、僕が一番なのは揺るがないけど」
これは自信だ。昨夜の経験でレディとして成長したドロシーは以前の余裕を取り戻していた。
やはり彼は自分に惹かれている。この先、彼がどんな女に出会っても絶対に自分の所に帰ってくる。
この私が一目惚れした男が碌でもない尻軽女にホイホイ惹かれる筈もない……という絶対的な自信が彼女の心にかつてのドロシーに匹敵する程の心の余裕を齎したのだ。
「愛人なんてそうそう出来ませんよ! だいたい俺なんかが気になる女の人なんてそうそう」
「ふん、よく言うよ。そんなにイイ男に育っておきながら」
「ふふ、本当ね。私も素敵な子だと思うわ」
「……いませんよね? ね??」
ヴァネッサとルナが妖しげな目つきで彼を見る。二人の瞳から危険な香りを感じたスコットは全力で視線を逸らした。
「お義母様、駄目よ? 僕が起きてる間は手を出さないでね」
「わかっているわ、ドリー」
「ヴァネッサも」
「うふふ、わかってるよ。流石の私でもタダで抱かれようとは思わないさ」
「……そ、そろそろ帰りましょうか、社長。マリアさん達が待ってるでしょうし」
「ん、そうね。お義母様、帰りましょう」
「ふふふっ」
ルナはくすくすと笑いながらスコットに近づき、彼の左腕をそっと抱き寄せる。
「それじゃあ、またね。ヴァネッサ」
「また会いましょう、ヴァネッサ」
「ああ、また遊びにおいで。スコットちゃんもね」
「……ど、どうも」
スコットは頭を下げてヴァネッサの部屋を出ようとする。
「ああ、そうそう。ドロシー!」
そこでヴァネッサがドロシーを呼び止めた。
「またドロレスになりたかったらいつでもおいで。娘達にはまだ教えてないからさ」
ヴァネッサの言葉にくすりと笑い、ドロシーは振り向かずに手を振りながら部屋を後にした。
「……流石にもう無いですよね?」
「んー、どうかしら? お姉さん達の事は嫌いじゃないし、僕も結構楽しめたからねー」
「……」
「次は私も混ぜてもらおうかしら」
「えっ?」
「ふふふ、冗談よ」
ドロシーとルナは意味深な微笑を浮かべてスコットの腕を抱きしめる。
両腕に当たる胸の感触に意識を向けぬよう感覚を全力で押し殺しながら階段を降り、店の出口前まで来た所でドロシーが言う。
「あの子達に挨拶していかないの?」
「……いいんですよ、レンさんはまだ寝てるでしょうし。後で電話しますから」
レンの部屋をチラリと見てスコットは言った。
「ふふん、そう」
「ところで二人に聞きたいことがあるんですけど……」
「なーに?」
「何かしら?」
「何しにこの店に来たんですか?」
スコットの問いに二人は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
「「さぁ? もう忘れたわ」」
予想外の展開に苛まれながらも本懐を遂げたドロシーは照れくさそうに、全てが予想通りに進んだ上にとても面白いものが見れたルナはご満悦そうに笑って同時に答えた。
「ん、今日もいい朝だなー!」
丁度その頃、とある部屋のカーテンを開けてアルマがにっこりと微笑む。
「……全然、いい朝じゃねーっす!」
部屋のベッドでダウンする半裸のデイジーが涙目でアルマに突っかかった。
「何で邪魔すんですか、姐さん! ひどい! 鬼! 悪魔! ビッチ!!」
「えー、だってデイジーが可愛かったからついー」
「ついじゃねーよ! このっ」
「こらこらこらー、喧嘩はダメよー?」
同じベッドで寝ていたサニーがデイジーに抱き着いて彼を宥める。
「ううっ、でも……っ!」
「何だかんだでデイジーもノリノリだったじゃないー」
「そ、そんなことないから! オレはっ!!」
「ダーメ、デイジーはあたしのだっ!!」
アルマは二人の寝るベッドにぴょんと飛び込んでデイジーに抱きつく。
「ちょっ、姐さんっ!?」
「んー、デイジーは本当に可愛いなー。胸も大きくてやわらかーい」
「も、もう無理ですってぇ! もう許して、勘弁してえっ!!」
「何もしねーよ、こうしていたいだけ」
「うう……っ?」
「こうしていたいだけだよ」
そう言って胸に顔を埋めるアルマの頭を、デイジーは何とも言えない顔でそっと撫でた。
「ふふ、本当にお似合いよね。アンタ達」
「どうですかね……オレはもう勘弁してほしいですけど」
「ところでアンタ達はこの店に何しに来たの?」
サニーの問いかけにデイジーは目を丸くして固まり、アルマもデイジーの胸に顔を埋めながら耳をピンと立てる。
(えーと、何だっけ? 確かスコットがー)
(んーと、確か非童貞が別の女にー……)
(そんで……何だっけ? オレがスコットの事が……好きで? お酒がー……)
(でもデイジーが何か急に変になって、あたしも変になって? あたしはデイジーがー……)
二人は此処にやって来た目的について暫く考えていたが……
「「知らね、もう忘れた」」
もうどうでもよくなった二人は声を揃えてそう答えた。