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「うふふっ、うふふふふっ」
場所は変わってウォルターズ・ストレンジハウス。ぼんやりとしたオレンジ色の室内灯が照らす部屋で、ネグリジェ姿のマリアが妖しく笑っていた。
「良いですわ、良いですわ。本当に可愛い子ねえ。うふふふふっ」
今マリアの視界はメイと繋がっている。
彼女の眷属になることは何気ない思考や感情、プライベートに至るまでの一切合切を共有するのと同義だ。
遠く離れていても眷属の身体を操る事すら可能であり、見方によってはランカとメイは常に彼女の支配下にあるとも言える。
「さぁ、頑張って。一人で出来ないならお嬢様にも手伝って貰いましょう。一人より二人の方が大抵の男は悦びますわよ。問題は、スコット君はその他大勢の凡夫とは違うということですが……」
だが、彼女があの二人の行動に直接干渉することは無い。
二人の身体を操って楽しむようなことも無く、ただ二人の心と行動を覗いて笑うだけ。
それがマリアの楽しみの一つであり、それ以上の事には興味が無い。
その気になればこの街を乗っ取りかねない強大な力を持ちながら、彼女はその力を大っぴらに使うことは無いのだ。
理由は単純にして明快。そんな事する理由がないから。
彼女の願いは既に半分叶っており、今更何かを新しく始める必要も無い。
これ以上人間を辞める理由も無ければ、使い道のない異能力を振りかざして悪役ぶる趣味もない。
ただ彼女はその力をくだらない事に費やしてその日が来るのを待つだけだ。
「……ああ、この様子をアーサー君にも見せてあげたいわあ。きっと泡を吹いて卒倒してしまうでしょうね」
それが彼女、ウォルターズ・ストレンジハウスで何十年も家政婦を務める女吸血鬼の全て。
全てを失ってから人外の力を手に入れたマリアが辿り着いた一つの答えである……
◇◇◇◇
「うぐぅ……」
「あ、お兄ちゃんが……」
「ま、待って……! まだ、起きちゃ」
「……むあ?」
場所は戻ってヴァネッサのお遊び部屋。最悪のタイミングでスコットが目を覚ます……
「……はい?」
スコットは困惑し、まだ夢を見ているのではないかと自分の目を疑った。
「もう……本当に、どうして君はいつも凄い時に目が覚めるの……?」
自分の上に半裸のドロシーが跨り、その様子を裸のメイが興味津々で覗いているのだから。
(オーケー、オーケー。まずは落ち着こう。俺はクールな男だ、今夜はお酒も入ったからな。こんな夢を見てもおかしくない……クールに対応するぜ)
この状況を夢だと信じることにしたスコットはふふりと笑う。
「今夜は大胆ですね、社長」
そして自分に跨るドロシーに一言。これはただの夢。それに万が一現実であったとしても、今までのドロシーであれば此方が強気に出れば怯むはず……彼はそう考えていた。
「ふふ、途中でお兄ちゃんが起きちゃったから私の勝ちだね」
「……仕方ないね。約束通り」
「うふふ、約束通り」
ドロシーは少しだけ身体をずらし、その空いたスペースにメイが尻尾を揺らしながら乗っかる。
「へ?」
「約束通り、二人一緒にね?」
「もう……僕のスコット君なのに」
「この店に来たんだからわたしのお兄ちゃんなの。それにドロシーも一緒だからいいでしょ?」
「あれ、ちょっと待って? 二人共何を……」
「何をって……決まってるでしょ? 今夜の僕は大胆だから、大胆なことをするのよ」
「え、ちょっ、待っ」
「わたしだけだとお兄ちゃんを満足させられないかもしれないからドロシーに手伝ってもらうの。わたしは初めてだし、ドロシーも初めてだって言うけど……」
ドロシーとメイは互いの胸をむにっと合わせてドロシーは少し照れくさそうに、メイは何処か挑発げに笑って言った。
「「二人でなら満足させられるから」」
スコットの認識は甘かった。
昨日があの様だったからと言って今夜もそうなるとは限らない。ましてや相手はドロシー・バーキンス。齢100を越える魔女である。
「あ、あの……社長? これは……」
「覚悟しなさい、スコット君。今夜は絶対に逃さないから……」
「メ、メイちゃん?」
「駄目だよ、お兄ちゃん。ちゃんと二人で話し合って決めたの、二人共同じくらいお兄ちゃんが好きなんだから……二人一緒にしちゃえばいいって」
「スコット君が起きなかったら最初は僕一人でする筈だったけどー」
「待って、俺が起きてる時は仲悪かったじゃん! いつの間にそうなったの!? もっと喧嘩しようよ! 二人一緒にだなんてそんなにあっさり決めちゃ駄目だよ!? 人間だったらもっとさぁ!!」
「「人間じゃないもの」」
……人間の価値観で彼女を理解したつもりになっていた時点でスコットは既に敗北していたのだ。
「……」
「僕は魔女だよ?」
「わたしも吸血鬼だよ?」
「ああ、そうでしたね……」
14番街区にある風俗店の一室に断末魔のような男の雄叫びが響き渡った……