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いつから互いにそうだと思いこんでいた?
「このっ、このっ! どうして開かないのっ!!」
ドロシーは開かないドアと必死に格闘する。
暫くの間ドアノブと死闘を繰り広げていたが一向に開く気配がなく、ドロシーは顔を真っ赤にしながら太腿のホルスターから杖を取り出す。
「バカにしないでよ! こんなドアなんてっ!!」
「んー……ぐぐぅ」
「っ!」
魔法を放つ直前にドロシーは思い留まる。
このドアを破るのは簡単だ、このまま魔法を放てばいいのだから。しかしドアを破ってどうする?
「……」
今、この部屋にはドロシーとスコットしか居ない。昨夜のリベンジをする絶好の機会なのだ。
「……あの泥棒猫め、朝になったら覚えてなさいよ」
ドロシーは杖から魔法を放つ。
それはドアを破る魔法ではなく、逆に誰にもドアを開けられないようにする封印魔法。ドアの表面には輝く鎖のレリーフが這うように浮かび上がる。
「……施錠」
ドロシーが静かに唱えると鎖の中心を結ぶように錠前の刻印が現れ、カチンと鍵が閉まるような音が響く。
この魔法はドロシーが解錠と唱えないと決して解けない。数ある封印系魔法でも上位に位置する強力なものだ。
「それじゃ……続きをしよっか?」
ドロシーはスコットが眠るベッドに潜り込み、寝ている彼にぴったりと身体を密着させる。
「……起きてる時だと負けちゃうから、まずは寝ている間に練習するね」
「ぐかー……」
「大丈夫、今日は逃げないから」
眠るスコットの唇にそっと口付けする。
まだお酒の匂いが残る彼の息に少し顔をしかめたが、彼の唇に触れる感覚が心地よくて二度、三度と続けて口付けをした。
「ちゅっ……ふぅ」
「んが……」
「ふふふ、やっぱり起きないね」
残念そうに微笑んだ後、ドロシーはドレスの紐を解く。解かれた紐が首筋からするりと落ち、生意気なバストが顕になった。弾む胸をそっと手で押えて彼女はすーっと深く息を吸う。
「大丈夫、もう慣れたから。今日はもう大丈夫……」
スコットの寝顔を見てドロシーは覚悟を決める。
二度も同じ醜態は見せられない。足りないものはこの店のホステス達にしっかりと教わった。後は教えられた通りにすれば上手くいく。
「ふーっ、ふーっ……」
激しくなる鼓動、荒くなる息。ドロシーはそれを堪えながらスコットに抱きつくが……
「うぅっ……!」
後一歩という所で顔を赤くして動けなくなった。
「だ、大丈夫……大丈夫だから! もうあの痛みには慣れたから大丈夫……!!」
口ではそう言いつつもこれ以上踏み出せない。いつしか瞳には大粒の涙が浮かび、身体は震えるだけで動かない。
「……ふううっ!」
それでも彼女は勇気を振り絞り、今度こそとスコットの上に跨る……
「何してるの?」
「ふぇあああああああああっ!?」
そんなドロシーの耳元で何者かが声をかける。
思わず大きな悲鳴を上げ、反射的にスコットに飛びついて彼女は杖を抜いた。
「だ、誰っ!?」
「さっきから何してるの? お兄ちゃんとしたいなら早くして」
「あ、貴女は……!」
「それとも、わたしが先にお兄ちゃんと寝ていいの?」
月明かりに照らされる黒い髪と薄暗い部屋で煌めく瞳。気がつけば裸のメイが不満げな顔でドロシーを見ていた。
「い、いつの間に! 何処から入ったの!? この部屋には誰も入れない筈よ!!」
「いつ? 何処から? わたしは最初から居たよ。お姉ちゃんの影の中に」
「!?」
「お姉ちゃんに内緒で影に忍び込んでたの。お姉ちゃんが出ていこうとしたから、わたしも影から出ただけ」
メイはふふんと挑発げに笑ってスコットに抱きつく。
「これはお母さんが教えてくれたの。凄く便利で……私は気に入ってるの」
メイの言うお母さんとはマリアの事だ。
マリアに血を吸われて眷属となった彼女はマリアが扱う異能力を限定的に使う事が出来る。
気に入った相手の影に潜んだり、気配を消して闇と同化する事くらいは容易く出来るのだ。
「……ああ、そう。貴女がマリアの言ってた娘の一人ね」
「まだまだ色んな事が出来るよ。その気になれば貴女をここから追い出すことも」
「やれるものならやってみなさい。僕だってその気になれば貴女みたいな小娘、一瞬で灰にしてやれるんだから」
ドロシーとメイは殺気立ちながら睨み合う。ドロシーの杖はぼんやりと青い光を帯び、逆立てたメイの尻尾からは黒い刃が静かに迫り出す。
「でも、今は我慢してあげる」
だがここでメイは尻尾を下ろし、むすっとした顔でベッドに寝転がる。
「お先にどうぞ」
「……どういうこと?」
「だから、先にお兄ちゃんとセックスしていいって言ってるのよ」
「ふえっ?」
「参考にするから、早くして」
予想外過ぎるメイの行動にドロシーは顔は再び紅潮した。
「な、ななななっ!?」
「どうしたの? 早くしてよ」
「早くって……そんなこと言われてもっ!」
「? 貴女はお兄ちゃんと毎晩寝てるんでしょ??」
「寝てるけど、セックスはまだしてないよっ!!」
ドロシーは大声でハッキリと言った。
「~っ!!」
言い切った後で彼女は直様口を閉じ、ぷるぷると震えながら声にならない声を上げた。
「え、本当に……?」
「……」
「こんなにお兄ちゃんの匂いがするのに、セックスしたことないの?」
「だ、だったら何よぅ……! 笑えばいいじゃない! 笑いたかったら笑いなさいよっ!!」
大粒涙を浮かべながらドロシーはスコットの胸に顔を埋める。
うううと子供のような声で啜り泣き、恋敵の前でこのような無様な姿を晒す自分への嫌悪感で彼女の心は張り裂けそうになっていた。
「……じゃあ、わたしが先にしてもいい……?」
「そんなの駄目ぇぇっ! スコット君は僕のーっ!!」
「でも、わたしもお兄ちゃんが好きだから……」
「させないっ! 貴女は子供みたいな可愛い顔して色んな男と夜な夜ないやらしい事してるんでしょ! そんな女にスコット君は渡さないよ!!」
「わ、わたしはそんなことしてない! 今まで誰ともセックスしたことないもん! 初めての相手は……お兄ちゃんと決めてるの!!」
「……むきゅっ?」
「今夜お兄ちゃんとセックスして、わたしは大人になるの!!」
メイは顔を赤くして言った。
彼女の顔にも緊張の色が浮かび、ドロシーと同じ初体験への隠しきれぬ不安が浮き彫りになっていた。