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ちなみに私はよく紅茶にお酒を混ぜて飲みます。いいですよ、お酒と紅茶の相性。
「スコット君……」
「ふふふ、ドリーは本当にこの子が気に入ったのね」
寝室のベッドに運ばれて死んだように眠るスコットをドロシーは涙目で心配する。
「助けられる……?」
「大丈夫よ、安心して。可愛いドリーがようやく見つけた新人君だもの……」
ルナはそう言って身に纏う白いドレスをするりと脱ぐ。彼女の白い肌は窓から差す静かな月明かりに照らされてぼんやりと青く光り、一糸まとわぬ透き通るような柔肌をスコットの身体にそっと重ねた。
「必ず癒やしてあげるわ。ドリーの悲しむ顔は見たくないもの」
ドロシーはスコットに身を重ねるルナの姿に僅かに心を乱されるが……
「……お願いしていい? お義母様」
「ふふふ、そう呼ばれると益々責任重大ね。大丈夫、私に任せなさい」
ルナにスコットを任せ、ドロシーはそっと退室する。
「……」
「どうかなさいましたか? お嬢様」
「何でもないわ、アーサー。それとお嬢様と呼ぶのはやめなさい」
「申し訳ございません」
「……」
「彼が心配でしたら、貴女もご一緒すればよろしいのでは?」
「笑えない冗談はやめなさい、アーサー」
ドロシーはつい先刻までのものとはまるで違う真剣な表情でアーサーを諌める。
「申し訳ございません、社長」
「パーティはもう終わりよ。すぐにテーブルを片付けて」
「かしこまりました」
しんとした空気が漂う寝室の中、ルナは今にも消え入りそうなか細い息だけをくり返すスコットの頬にそっと触れる。
「……ふふふ、困った人ね。そんな風になるまで自棄になるなんて……そこまであの子たちが怖かったの?」
ルナはまるでスコットの心を見透かしているかのように囁く。
「怖がらなくていいわ、あの子は貴方を受け入れる。貴方も、貴方に宿る怪物も……貴方の全てを受け入れてくれるわ」
スコットの額に口づけし、ルナは少しだけ切なげに微笑む。
「だから、貴方もあの子を怖がらないで。あの子を受け入れてあげて。あの子を救えるのは貴方しかいないの……あの子の長い夢を終わらせるのは、貴方にしか出来ないのよ。ミスター・ブルー」
青い瞳を輝かせ、意味深な言葉を口にしてルナはスコットを抱き締めた。
「……ふふふ、でもこんな理由で貴方が死にかけるなんて予想外だったわ。この光景は最初から視えていたけど……もっとドラマチックな展開を期待していたのよ?」
ルナの身体が青い燐光を帯びて輝き出す。
彼女の身体と密着するスコットもぼんやりと光りだし、やがて二人を包み込むようにして青い光の繭が形成される。
「……だから期待を裏切った分、少しだけ悪戯させてね? 貴方は何も悪くないけど……私は本当に楽しみにしていたんだから」
ルナはスコットの服に手を付け、ボタンをゆっくりと外していく……
「こんなに傷だらけになって……外でよっぽど酷い目に遭ってきたのね。大丈夫、もう貴方を傷付ける人は居ないわ。私が貴方を癒やすもの……」
そして眠る彼に口づけし、その柔らかな肢体をそっと彼に重ねた。
「そうしてルナの力で君は助かったんだよー。僕が寝室に戻った時にはもう回復して豪快な寝息を立ててたね。あの時は心底ホッとしたよー、ちょっとイラッときたけど」
「……」
「上半身裸だったのはシャツの上からよりも直接肌を合わせた方が治癒速度が上がるからなのよね。スコット君は死にかけてたから、治してる間に死なないようにルナが気を使ってくれたのよ」
「ふふ、そうね。それに私の力は相手との相性次第で効果に違いが出るから……」
「結構な博打だったんだよね。本当にスコッツ君とルナの相性が良くて助かったよー」
昨日の事について一通り説明したドロシーはふふんとわざとらしく鼻を鳴らした。
「……なんか……すみません、ホント……」
「いいのよ、気にしないで。折角の新人君を失いたくないもの」
「……」
「でも、これでスコット君は私に一つ貸しが出来ちゃったわね」
ルナはスコットを見つめながらそんな台詞を言う。
「そうだねー、凄い貸しが出来ちゃったねー。命を救われたんだからね」
「う、ううっ!」
「スコット君」
「は、はい……」
「これからもドリーをよろしくね? あの子の新しいファミリーとして頑張ってちょうだい。私への借りはそれで帳消しにしてあげるわ」
そして女神の如き慈愛に満ちた笑顔でスコットにトドメを刺した。
「だってさ、スコッチ君! 良かったね! ルナは君のファミリー入りでチャラにしてくれるって!!」
「……うぅぉぉぉぉぉ……!」
スコットは思わず両手で顔を抑える。
自分の為に用意してくれた祝いの席を台無しにしてしまった上、ルナに命まで救われた以上、彼にそれを断ることなど出来るはずがなかった。
「……よろしく、お願いしします……」
「はーい、よろしくねー!」
「ふふふ、こちらこそ」
「うふふ、ルナ様は本当に優しいですわね」
「はっはっ、ルナ様が優しいお方で助かりましたな。スコット様」
『でもあの歓迎会はこいつらが勝手にあげたものだし、そもそもファミリーになるなんて最初から一言も言ってないよな。最初から俺に非はないよな。ひたすらに被害者でしかないよな』
……などという至極真っ当な反論を和気藹々とする悪鬼羅刹共にぶつける気力も彼にはなかった。
「うぃー……おはよーさーん……」
「おはよう、アルマせんせー」
「おはよう、アルマ」
「お、童貞! 生き返ったか!!」
そこに眠気眼を擦るアルマが現れる。
スコットはニコニコと明るい笑顔で自分の快復を喜んでくれる彼女を見て心が抉られるような気持ちになった。
「あ、どうも……あの、その……俺、昨日は……」
「あははー、気にすんな気にすんなー! 酒に酔ってたんだから仕方ねえってー!!」
アルマはあははと笑いながらスコットに近づく。そして彼の肩をポンと叩き……
「でも、次に貧乳とか舐めた口聞いたら殺す」
「ひいっ!」
「絶対殺す、必ず殺す……わかったな?」
ドスの利いた声で脅しを入れた後、にへらと笑って彼女は洗面台へと向かった。
「……」
「あれ、どうしたのスコッツ君。顔色悪いよ?」
「……何でも、ないです」
「そうそう、ブリちゃんも君を心配してたからねー。今日会ったらちゃんと謝っておくのよー」
「……はい、わかってます」
「それと、お酒は控えてね?」
「……あんな話を聞かされた後で酒なんて飲めるかい! もう二度と酒なんて飲みませんよ!!」
「どうかなー?」
「飲みません! もう絶対に、飲みませんって!!」
ドロシーの忠告にスコットは顔を真赤にしながら返答する。
そんな二人を見ながらルナは紅茶に口をつけて愉しそうに笑った。
「ふふふ、本当に素敵な夜だったわ」
ちなみに完全に余談であるが、ドロシーが知っているのはルナにスコットを預けたところまでであり……
あの後、ルナとスコットの間に何があったのかは詳しく教えられていない。
chapter.3 「溢れた酒を見て泣いちゃえよ」 end....
紅茶は偉大です。