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「ふう、やはりこの店の紅茶は絶品ですな。いつまでも飲んでいられます」
「あのね、ちょっと聞いていい?」
「はい、何なりと」
「いつまで居るの!?」
場所は変わってバニーハウス・アルテリア。
14番街区にあるバニーガール愛好者が聖域と崇め奉るお店で一人のバニーが叫んだ。
「お嬢様からお迎えの報せが入るまででございます。ご安心を、料金はちゃんとお支払い致します」
「そう言ってもう何時間居座ってるのよ! 私、そろそろ限界なんだけど!?」
「おや、またおトイレですか? どうぞ、お気になさらず。我慢はいけませんよ」
「限界なのは私の精神だよ、エロジジイ!!」
運悪くこの日にバイトに入っていたリョーコは、延々と紅茶を飲みながら窓際席に陣取る老執事に毒づく。
いくらお得意様の下で働く使用人とて今日のこれはやり過ぎだ。ただ紅茶を飲んで優しく微笑む老人の隣に数時間座りっぱなし。もはや拷問に等しい。
「そろそろ別の兎さんに交代させてよ!」
「そう言われましても、この店の知り合いはリョーコ様しかおりませんので。この歳で顔見知り以外の女性にお声をおかけするのは些か気が引けましてな……」
「嘘つけ! もうこの店の子全員と顔見知りでしょうが! あの子とかその子とかこの子とかぁ!!」
「いやいや誤解ですよ、少し顔を合わせる機会があると言うだけでして」
実はバニーハウス・アルテリアではこの老執事は人気者である。
何回店を訪れてもリョーコしか指名しないストイックさ。指名しても決して手は出さずにチップだけ弾む懐の深さ。
年老いて尚も滲み出る色気に素敵な笑顔。
店で働くバニー仲間達は早く彼に指名されないかとソワソワしているとかいないとか。
「いやはや、それにしても中々連絡が来ませんな。このままでは日が変わるまでお呼びがかからないかもしれません」
「日が変わるまで此処でアンタと座ってなきゃいけないの!?」
「場合によっては」
「はい、もう無理! もう限界! リーダー、ななこちゃんはもう早退しますー! 代わりのバニーちゃんを用意してあげてくださいー!!」
ここで我慢の限界が訪れたリョーコは半泣きでリーダー兎にヘルプを出す。
「まぁまぁ、そう言わずに」
チリン、チリン、チリン、チリーン!
「はぁ!? ちょっ」
「はーい、鈴四回の特別お遊びタイムに入りましたー! ななこちゃんは奥のうさぎ小屋で引き続きお相手してあげてくださいねー!!」
「えっ、ちょっマジ? マジで!? 嘘でしょ!!?」
鈴が四回鳴らされてリョーコは動揺する。
このバニーハウス・アルテリアは一応真っ当な飲食店という事になっているがそこはセカンド・ソーリンエリア。当然ながら夜のお楽しみメニューも用意されている。
(えっ! まさか、あの人が!?)
(嘘でしょ!?)
(やだやだやだ! どうしてななことなのよ!?)
先程まで笑顔で接客していたバニー達はまさかの事態に全員表情を変え、彼女達の嫉妬の眼差しがリョーコに降り注いだ。
「では、行きましょうか」
「じょ、冗談よね!?」
「いえいえ、本気でございます」
「待って! マジで考え直して!? ほら、私よりいい女は沢山いるって……沢山いるってばぁあー!!?」
老執事はリョーコをお姫様抱っこしながらお楽しみ専用のうさぎ小屋へと向かう。
他の兎達が硬直する中、リーダー兎だけは変わらぬ笑顔で見送っていた。
「はい、ではごゆっくりおやすみください」
「待てよ!!!」
ふかふかベッドにリョーコを寝かせ、何食わぬ顔で窓から外に出ようとしていた老執事を彼女は真顔で呼び止める。
「どういうつもり!?」
「お嬢様達の様子を見に行こうと思いましてな。ご安心ください、ちゃんと戻りますので」
「いやいや、そうじゃなくて! 何この展開! 私にどうしろっていうの!?」
「いえ、長時間の接客でお疲れの様子でしたので。この辺りでぐっすり休んでいただこうかと」
「オイオイオイオイ、どういうプレイだよ!?」
「ははは、プレイなんてそんな。私はもうこの歳ですし、若い女性のお相手などとてもとても……リョーコさんはまだ未経験ですしな」
「……!!」
「では、また後ほど。ああ、ちゃんと部屋の鍵はかけておいてくださいね」
リョーコを残して老執事は窓から飛び降りる。
リョーコは急いで老執事を追おうとするが、彼女が窓に手をかけた時には既に彼の姿は何処にも無かった。
「あぁー、もう! 本当にふざけんな、クソジジイ────ッ!!」
バターンと窓を閉めてリョーコはベッドに飛び込む。望まぬ形で数日ぶりに安眠の機会を与えられ、彼女は唸りながらベッドで転がり回った。
「……せめて、ちょっとくらい悪戯するとか……何かしていけよ! 何のためにバニーガールの格好してると思ってんのよ!!」
尚、彼女がこの店で働く理由は二つある。
一つは諸事情で割愛するが、もう一つはとある男への未練を振り払うためだ。
◇◇◇◇
その頃、バニーハウス・アルテリアに程近い別の店でとある怪物が血の涙を流していた。
(どうして、どうして……! 彼女は俺に笑ってくれたんだ! 彼女は俺が好きなんだ!!)
(彼女は、俺に喰われたがっているんだ!!)
青い腕に抱かれる金髪の天使に手を伸ばしながら怪物は悲しげな呻き声をあげた。
〈ウウウウウウウウゥウウ!!〉
「……どうやらアイツはその子が欲しいみたいね」
「へーぇ、そうですかそうですか……」
スコットは怪物が手を伸ばす相手、ドロシーの方をチラリと見た。
「社長、アイツは貴女が欲しいと言ってますが」
「知らない! 僕はあんなブサイク知らないもん! 僕はスコッツくんの女なんだから!!」
「あ、余計なことは言わなくて結構です! 誤解しないでくださいね、レンさん! 俺とこの子はそんな関係じゃないですから!!」
「ふーん?」
「お、お兄ちゃんはやっぱりその子と……!」
「だから誤解だってば! 俺は」
〈グオアアアアアアアアアアアアアア!!〉
怪物は絶叫しながらスコットに突進。言いたい事を遮られ、大きく舌打ちをしながらスコットは大きく後ろに跳んで回避した。
「お、お兄ちゃんは!」
「そうよ、スコッツくんは僕の!」
「ああもう、うるさい! 二人共少し黙っててください!!」
「ふぎゃっ!」
「にゃんっ!?」
悪魔の腕の中でまだ喧嘩を始めようとするドロシーとメイの頭をぶつけ合わせて気絶させる。
ようやく静かになった二人をそっと近くのソファーに寝かせ、スコットはレンを優しく床に降ろした。
「そこで寝てる二人を頼みます」
「女の子にも容赦ないわね、アンタ」
「これでも優しくしてますよ」
「ふふっ、本当に顔に似合わず乱暴な男よね。アンタなんかにメイは任せられないわ」
「……はははっ」
レンはスコットと軽くキスを交わし、二人が寝ているソファーに座る。
〈ウオオオオオオオオッ!!〉
「彼女が欲しかったら俺を倒すんだな。そうすれば彼女はお前のものだ……好きにしてやってくれていいよ」
〈ウルルルルアアアアアアーッ!!〉
スコットの挑発を受けて怪物は血涙を撒き散らしながら猛スピードで突撃してくる。
「まぁ……」
〈グルォオオオオオオッ〉
だが、怪物の突進は青い悪魔の片腕に容易く止められ……
「お前には無理だけどな」
────バギャンッッ!
その醜悪な顔面に悪魔の強烈なアッパーカットが叩き込まれた。