15
「ドロレスさん……!?」
「んぎゅっ……!」
酒を一気に飲み干したドロレスは顔を真っ赤にしてスコットに倒れ込んだ。
「ホワッ!?」
「……あーあ、もうドロレスったら無理しちゃってー」
「レンさん、この人ってお酒は……」
「ううん、全然ダメみたい。自分からお酒は飲めないって最初に言い出したもの」
「えっ!?」
ドロレスはスコットに倒れ込んだまま動かない。お酒がダメなのにどうしてグラスを一気飲みしてしまったのか。
(何だ、社長は何を狙ってるんだ! 俺には自爆したようにしか見えませんよ!?)
彼女の行動の意味が理解できないスコットは鳥肌を立てて警戒していたが、一向に起きる気配が無いのでホッとした息を吐く。
「……何か、潰れちゃったみたいですね」
「ねー。期待の新人だったんだけど、思った程じゃなかったわね」
「……この子、何しに来たのかな」
「うーん……あたしが悪いの、かな?」
レンはドロレスの言葉を真に受けて申し訳無さそうに呟く。
「いえ、レンさんは何も悪くないと思いますよ」
だが、スコットはキッパリと断言した。
(何だか知らないけど社長は大人しくなった! これでもう安心だ! 社長には後で土下座して謝るとして、今はレンさん達と素敵な夜を過ごそう!!)
最大の脅威であったドロレスが沈黙してスコットは浮き足立つ。
お酒を飲んで大暴れするのでは無いかと一瞬危惧したが、別にそんな事もなくただ潰れただけだ。
正に僥倖。彼女にはこのままぐっすり眠ってもらおう……
「仕方ないわね、ちょっとこの子を部屋で」
「んぎゅっ」
「!?」
「……んやっ」
と、勝利を確信していたスコットを嘲笑うかのようにドロレスは起き上がる。
「あ、起きた? 大丈夫??」
「……」
「ドロレス?」
ドロレスは心配して声をかけてくるレンをボーッと見つめる。その目は半開きで表情に覇気は無く、ふわぁと欠伸のような声を上げながら周囲を見回す。
「……?」
「あ、あの、社ちょ……ドロレスさん?」
「……んやぁ」
そしてスコットの顔を見るや、ドロレスはニッコリと笑った。
「スコッツくんらー!」
「ホアアアアアアッ!?」
そして勢いよくスコットに抱きつき、その頬にキスをした。
「……あれ?」
「!!」
「んやー、スコッツくんスコッツくんー」
「ちょっとタンマ! タンマって! 急に何するんですか!?」
「んふふー、あったかいー」
「ぎゃああああっ!」
「駄目! お兄ちゃんから離れて! このっ!!」
「ふやぁー」
「ひょっとして、アンタ達知り合い?」
スコットにグイグイと絡むドロレスを見てレンは彼に問い掛ける。
「いえ、知らない子です! 初めて会いました!!」
「ううんー、ぼくはスコッツくんのこいびとらよー? うんめいのひとー。ずっと一緒にいるのー」
「違いますよぉー!? 俺とこの子は今夜初めて会ったばかりですからぁー! 俺はこんな子知らないー!!」
「ぼくはしってるのー、だってぼくはしゃちょーだものー。スコッツくんのー、しゃちょーっ!」
「ふーん、へーぇ?」
「違います! 違いますからぁー!!」
酔っ払ったドロレスはもはや他人のフリをやめ、本能の赴くままドロシーとしてスコットに抱きつく。
「お兄ちゃんから離れてぇーっ!!」
メイはベタベタとスコットにくっつくドロシーに憤慨し、彼女を全力で引き剥がそうとする。
「んやぁー!」
対するドロシーは引き剥がされまいと一層強く抱きついた。
「ホワァァアッ!」
「やだーっ! はなれないー、スコッツくんはぼくのなのーっ!!」
「駄目ーっ! お兄ちゃんから離れて! お兄ちゃんは私のーっ!!」
メイも負けじとスコットに抱きつく。スコットを挟みながら二人はまるで子供のような言い合いを続け、グイグイと引っ張り合う。
(どういうことなの!?)
スコットはとにかく混乱し、困惑した。
この店は綺麗な女の人とお酒を飲みながら楽しい夜を過ごす大人の店の筈だ。それなのに目の前で繰り広げられるのはまるでお気に入りの玩具を取り合う子供の喧嘩。
二人共子供というには生意気に胸だけが育っているが、その表情と台詞はもう完全に子供のそれだ。
「あ、あの……二人共……落ち着いて……」
「んやあぁぁぁーっ!!」
「にゃああぁぁーっ!!」
「お、落ち……」
「……ふふふっ!」
その様子を見ていたレンは堪らず笑い出す。
「あはははははっ!」
「あのレンさん! 笑って見てないで助けてくれません!?」
「やぁーよ! こんなに面白いの邪魔しちゃ勿体ないわ!!」
「レンさぁぁーん!?」
「スコッツくん、この泥棒猫しつこいー! おいはらってー!!」
「お兄ちゃん! 私、この子嫌い! もう飲み込んでいい!?」
「飲み込むって何!? え、よくわからないけど駄目だよ!!?」
「あっはははははっ!!!」
幼気な黒猫と酔いどれ金獅子に揉みくちゃにされるスコットを肴にレンはお酒を飲む。
普段はクールな彼女もここまで面白いものを見せられては笑わずにはいられない。必死で助けを乞うスコットを指差して大笑いしながらソファーにもたれかかる。
「あっはははははは!!」
その光景を見て笑いが止まらないのはレンだけではない。
自室で見守っていたヴァネッサも爆笑し、ルナでさえも口を押さえて笑っている。もはや当初の目的を覚えている者は誰一人としていない。
「……なぁ、あたし達この店に何しに来たんだっけ?」
「オレが聞きたいですよ……」
「えーと、んーと……確かあのレンって女に?」
「何かもう、それもどうでもよくなりましたね……」
デイジーはすっくと立ち上がり、机に置かれた高級ワインボトルを手に取る。
「おやぁ?」
「ぐびぐびぐび……っ」
「あら、デイジー。貴女、お酒が飲めたの?」
「ぶはーっ!」
そしてドロシーよろしく慣れないお酒を一気飲みし、まるで燃料を注入したかのように目を光らせて画面に映るスコットを睨む。
「ちょっとオレ……行ってきます!」
「行くって何処に?」
「あいつらのとこ!」
「はぁ!? おい、デイジー!」
「すんません、姐さん! ずっと黙ってたけど、オレ……アイツのことが好きになってたみたいです!!」
そう言い残してデイジーは部屋を出て行った。
アルマはポカーンと口を開けて呆け、ルナはまた愉快愉快と言いたげな顔でにっこりと笑う。
「アルマは行かなくていいの?」
「えーと……あたしは別に、好きって訳じゃないし。どっちかというと……」
「じゃあ追いかけないとねぇ? 可愛いドロシーだけじゃなくてデイジーちゃんまであの男に取られちまうよ??」
「うううっ……ぬあーっ!!」
続いてアルマも半泣きでデイジーを追いかける。
「あははははっ! いやー、もう! 今夜は最高な夜だねぇ!!」
「ふふふ、本当ね。あんなに可愛い顔をするアルマは久しぶりに見たわ」
普段は見せないアルマの顔も見れてヴァネッサ達も大いに盛り上がる。
アダルトな匂いが漂う大人の店は、いつの間にやら大人の皮を被った悪い子供の遊び場と化してしまっていた……