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よろしい、ならばプランBだ。
場所は変わって異常管理局セフィロト総本部 賢者室。
「くしゅんっ」
紅茶休憩中の大賢者は不意に寒気を感じてくしゃみをした。
「ヤモッ!」
「風邪ですか、大賢者様?」
「……大丈夫よ。少し寒気がしただけ」
机に置いた紅茶に一口つけ、此方を心配するように見上げるヤリヤモちゃんを撫でながら大賢者は小さく溜息をつく。
「……それにしても、セカンド・ソーリンエリアでまた連続殺人とはね」
「……はい。被害に遭っているのは若いホステスや娼婦で、いずれも身体の大部分を食い千切られて殺害されていました。職員の調査によると目撃者は皆無。殺された被害者達も誰かに恨みを買うような人物ではなかったと……」
「被害者に共通点は?」
「いずれも10代後半で小柄な金髪の女性です。特に金色の髪に余程拘りがあるのか、染色した髪ではなく生まれながらの金髪でなければ狙われないようです」
「気に入らないわね」
大賢者は被害者のリストを見て忌々しげに呟く。
「後で私服職員を派遣しなさい。犯人の確保は不要よ、特定次第即時処理して」
「わかりました」
「可能ならマダム・ヴァネッサにも協力を要請しなさい。彼女なら何か掴んでいる可能性があるわ」
◇◇◇◇
「……そうそう、知ってるかい? 近頃、この辺りで夜な夜な女の子が襲われてるんだ」
グラスに注いだワインを飲み干し、ヴァネッサは思い出したかのように言う。
「いいえ、知らなかったわ。ひょっとして貴女の」
「いんや、私の娘にはまだ手は出されてないよ。襲われたのも私が仕切ってる店の子じゃないね」
「そう……」
「まぁ、私の店じゃないにしてもいい気分はしないねぇ。少し前に嫌な事件があったばかりだし……」
再びグラスをワインで満たし、大型モニターの前で揺らしながらヴァネッサはルナを方を見る。
「何も知らないにしてはやけに都合が良い時に来たもんだね?」
「ふふふ、そうかしら?」
「それも可愛い娘を一晩貸してくれるなんてさ……まるでうちの子が襲われるのを予知していたみたいじゃないか」
ヴァネッサの指摘にルナは意味深な微笑みで返すが、ふふふと笑うだけで何も話さない。
「アンタ、ひょっとして」
「残念だけど、詳しい事は話せないわ。私も全部を見たわけじゃないから」
「……ふぅん?」
「ただ、夢の続きが知りたくてここに来ただけよ」
ルナはドロレス達を優しく見守りながら頬に手を当てる。
相変わらず何を考えているのかわからない彼女の超然とした態度に苦笑しつつ、ヴァネッサはワインに一口つけた。
「ぬぐぐ……」
二人の会話について行けないアルマは耳を立ててそわそわとする。
画面に映るスコット達の所に向かいたいが、彼らの様子を安全圏からもう少し見ていたい気持ちも強い。
だが、このまま部屋にいても今のルナとはあまり関わりたくないし、ヴァネッサともあまり仲良くないので会話が弾まない。
「むあー!」
「ひゃあっ! な、何ですかぁ!?」
「デイジー! 膝枕してー!!」
「何でいきなり!?」
「うるせー! 黙って膝枕しろー!!」
……なので、自分と同じく居心地が悪そうなデイジーに絡む事にした。
「あははー、それにしても綺麗な金髪ですねー。本当に地毛ですか?」
「……そうよ。悪い?」
「何で喧嘩腰なのよ、アンタ」
「にゃ、にゃうう……」
「スコット、そろそろメイを放してあげて。さっきから凄い顔になってるわ」
「あ、すみません」
一方、スコット達は多少ギクシャクしつつも表面上はそこそこ楽しそうに過ごしていた。
「ごめんね、ビックリさせちゃった?」
「にゃっ! そ、そんなことないよ……!!」
「!!」
「もっと、お兄ちゃんとこうしていたいな……っ」
メイは予想外の展開に心を乱されつつも一際強くスコットに抱きつく。
(……もう知らないーっと)
様子を見ていたランカはついに視線を逸らして知らんぷりを決め込む。
メイをサポートしたいのは山々だが、あの修羅場に首を突っ込めるほど二度目の人生を軽視してはいない。可愛い妹が本懐を遂げられる事を祈りつつ、隣のお客様に集中することにした。
「それにしても今日のランカちゃんは妙にそわそわして……ひょっとしてナニカを期待してる?」
「あはは、どうかしら……? お兄さんの気持ち次第ね」
「気持ちってつまり……その、俺の愛」
「ううん、コレよ!」
ランカは指で丸を作って『イイ事したいならチップを寄越せ』の意思表示をする。
この男性客とはそこそこ付き合いが長いが、悲しいことにそっちの感情は一切抱いていなかった。
「ちょっとメイちゃん、今夜は大胆だね?」
「えへへっ」
「……」
「メイはスコットがお気に入りだもんね。そりゃチャンスがあればグイグイ行くわよー」
幸せそうにスコットに擦り寄るメイをレンは温かい目で見つめ、ポンポンとドロレスの肩を叩く。
その行動は煽りでも何でも無く『ボーッとしてないでアンタもお相手してあげなさい』という先輩なりの気遣いなのだが……
(この泥棒猫共が!!!)
今の彼女にはこれ以上ない屈辱だった。
(わーい、ヤバーイ! 社長が今まで見たことない顔してるー! ははははー、ヤバーイ! 俺、今夜死ぬかも!!)
当然、彼女の変化を鋭敏に察知出来るスコットは戦々恐々。余裕げな表情とは裏腹に胃袋は常に悲鳴を上げ、心拍数は上昇する一方。
ドロシーを怒らせる覚悟で動いたとは言えここまで可視化されたドス赤黒いオーラを向けられれば後悔の一つもしたくなる。
「……お兄ちゃんも凄いドキドキしてるね。伝わってくる」
「!!」
「はははー、そりゃね。こんなに可愛い女の子に挟まれるのは滅多にない経験だからー」
「ふふっ、嬉しい!」
メイの何気ない言葉の尽くがドロレスの神経を逆撫でしていく。かのインレとの戦いでも抱いたことのない過去最高レベルの敵対心が身を焦がし……
「~ッ!」
ドポドポドポドポッ
「あ、ドロレス! アンタ、お酒は駄目だって……!!」
冷静さを欠いたドロシーは自分のグラスにお酒を注ぎ、グイッと勢いよく飲み干した。