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忘れられがちですが、最初におちたのは彼女の方ですよ。
「え、えーと……」
「私も混ぜてもらってもいい?」
ドロレスはスコットの目を見つめながら強請るように言う。
「ちょっと、ドロレスー? アンタ、お客さんを放ったらかしで何してんのよ。このお客さんの相手はあたし達がするからアンタは戻りなさい」
「ふふっ、ごめんなさい姉さん。その人の視線が気になって……」
「えっ!?」
「スコットー? どういうことかしらー??」
「いや! いやいやいや! 見てませんよ!? 俺はっ!」
「駄目だよ」
メイはスコットに抱きついてドロレスを睨む。
「ちょっ! メイちゃん!?」
「この人はあげない。戻って」
「……戻りたいのはやまやまなんだけど」
ドロレスはチラリと後ろを振り向く。
「あのお兄様達、急に眠っちゃって。話し相手がいなくなって寂しいの」
「はぁ!?」
ドロレスが相手をしていた男達はグラス片手に全員幸せそうに伸びていた。
彼らに何があったのかは定かではないが、彼女の表情から察するに手渡したグラスに何らかの細工をしていたようだ。
「私も混ざっちゃ駄目?」
「だ、駄目というか……!」
「駄目!」
「んー……まぁ、仕方ないわねー。座りなさい」
「お姉ちゃん!!」
「ふふふっ、ありがとう。レン姉さん」
ドロレスはくすっと笑ってレンの隣に座る。メイは耳を逆立て、瞳孔を開いて威嚇するが彼女はまるで気にしていない。
「ふーっ!」
「ちょっとメイ? どうしたのよ??」
「そう言えばメイ姉さんとこうして顔を合わせるのは初めてね。凄く可愛い人……子供っぽくて」
「子供じゃないよ!」
「ちょ、ちょちょっ! 二人共落ち着いて……!!」
「私は落ち着いてるけど?」
「ふーっ!!」
「もー、喧嘩するならアンタ達は退場よ? ドロレスも。ちょっとお客が取れるくらいで調子に乗っちゃうならここでアウトだからね? 言っておくけど、アンタはー」
「ごめんなさい、姉さん」
ドロレスはレンにそっと擦り寄り、上目遣いで彼女を見上げる。
「……本当は、貴女がその人に取られるのが嫌だったの」
「はえ?」
「!?」
「初めて見たときからレン姉さんが気になってたから」
「えっ、ちょっと……待ってよ、アンタまさか……」
まさかの告白にレンは顔を赤くして動揺。口を押さえて目を泳がせる。
(まぁ、嘘だけどね。泥棒猫さん)
当然のごとく真っ赤な嘘だ。だが、この美貌が女性にも通用することを既に理解していたドロレスはここで攻勢に出る。
目下最大の脅威であるレンをスコットから引き剥がすべく、恋敵のレンに気があるような口振りで彼女の動揺を誘った。
「……もう、からかわないでよ! 怒るわよ!!」
「本気よ?」
「そういうの困るから! ほら、アンタの相手はあたしじゃなくてコイツ!!」
レンは逃げるように席を立ち、スコットの隣を明け渡す。
「ああっ、レン姉さん」
「ああじゃないの! ほら、お相手してあげて! スコット! 紹介するわ、この子がドロレス! 今夜限りの新人よ!!」
「ええっ!? ちょっとレンさ……」
「……ふふ、姉さんがそう言うなら。はじめまして、私はドロレス」
内心で『計画通り』とほくそ笑みながらドロレスはスコットの隣をレンから奪い取る。
「よろしくね? スコッツお兄様」
スコットの腕にそっと抱きつき、彼女は小悪魔的な笑みで宣戦布告をした……
『はい! お前ら、早速だけど緊急会議だァー!!』
久方ぶりに開かれた脳内会議。進行役のスコットAがホワイトボードを勢いよく叩く。
『いや、どうすんだよ! この状況!?』
スコットBはスコットに迫る危機的状況を前に大慌て。
『もう終わりだぁ……おしまいだぁ……!』
スコットCは頭を抱えて震えている。
『仕方ない、ここは別人ということで通せ! あれは別人だ!!』
スコットDはドロレスを別人と割り切る事を提案。
『いや、もう諦めようよ。四人で仲良く楽しい夜を過ごすべきだよ』
スコットEは諦めて四人で楽しむ事を提案。
『……』
そんな彼らをやはり後ろから静観している青い悪魔。相変わらず彼は見守るだけで、これといった打開策は提示しない。
『いやいやいや! あの顔を見ろよ! 社長があの顔してるのは悪巧みしてる時だよ!?』
『だから、あれは社長じゃねえって言ってるだろぉん!? 社長が此処に来るわけないんだよ!!』
『ど、どうすれば……そうすればいいんだぁ……!!』
『もう腹をくくれよ、みんなでワイワイだよ。メイちゃんも混ぜて大人の世界を学んでもらおうよ』
他三人と比べてスコットEは達観……というより全てを諦めた顔をしており、最初から議論を放棄していた。
『どうする? このままEの……』
『無理無理無理! メイちゃんもって何だよ! 彼女は未成年だぞ!? 抱けるわけねえだろ!!』
『ど、どどど……どうすればいっ』
バギョンッ!
動揺するだけのスコットCを悪魔が撲殺。その返り血がビシャアッと三人にかかる。
『……で、Eの案が駄目と言うならBはどうして欲しいんだ?』
『そ、そりゃー……えーと……んーと……』
『よし、悪魔。やっとけ』
『あっ、アレだ! えーと……社長が居るってことはルナさんも居るはずだから彼女に説得し』
バギョンッ!
スコットBも悪魔に撲殺される。別に悪い話ではないと思うのだが、悪魔は気に食わなかったようだ。
『いや、絶対に別人で通したほうがいいよ!』
『いやもー、諦めて楽になろうよ。四人で楽しい夜を過ごそうよ……』
『諦めんなよ! 今日一晩は良くても明日から地獄だぞ!?』
『毎日地獄だ。何処がおかし』
バギョンッ!!
『ホワッ!?』
ここで悪魔が撲殺したのはスコットE。四人で楽しく過ごそうと比較的平和な提案を出した彼が殺されてスコットAは動揺した。
『……』
『えっ! おっ!?』
『いいのか? Dの案で』
『……』
悪魔はスコットAを指差して『お前はどうなんだ』と言いたげに目を見開く。
『そうだな……俺はスコットDの話でいいと思う』
『だろー!?』
『まぁ、俺は残った案を受け入れるだけ』
バグシャアッ!
青い悪魔は最初から高みの見物を決め込むつもりだった進行役のスコットAを滅殺。
『……じゃ、じゃあ俺の案でOKってことなのかな?』
『……』
『でも、どうなるかはわかんねえぞ? 正直、もうあの子が社長だと頭の中じゃ理解しちまってるし……』
悪魔は最後に残ったスコットDの肩を優しく叩き、力強いサムズアップで彼を鼓舞する。
『ソレが……大事なんだぜ、ブラザー』
『!?』
ついにあの悪魔が言葉を発する。
『お、お前……!?』
『知ってても……アッサリ受け入れねぇのが、イイんだよ。時には抵抗も必要だぁ……あの嬢チャンみたいなタイプは、特にな』
『……』
『受け入れるだけが男じゃねぇんだゼ? 受け入れられるだけで満足するような女とはぁ……長続きしねぇのさ』
無言で殴るだけの制裁役かと思いきや、青い悪魔は思いの外真っ当な持論を展開して黒い空間に浮かぶスクリーンにデカデカと映るドロレスの顔を指差す。
『挑発されたら、挑発しかえしてやろうぜ? お前は昔からそういう男だったろぉ??』
青い悪魔はゲラゲラと笑ってスコットDの頭を叩く。
叩かれるうちに心に熱いものが灯り、スコットDの表情が自信なさげなものから全く異なる顔つきに変わった。
『……ああ、そうだった。そうだった……かな?』
その顔は、今までその拳で叩き伏せてきた喧嘩相手に向けるものと同じだった。
『女とは喧嘩しちゃいけねえ、女には逆らわない方がイイ、成されるがままの方が楽……って考えるのはもう負け犬の考えだぜ? ムカつく相手と喧嘩を売る相手は女だろうがノッてやるのさぁ……』
『……』
『最近のお前は、イイようにやられすぎだぜ? あの街の居心地が良すぎて腑抜けになっちまったのかぁ??』
『はっ……そうだな。ちょっと腑抜けてたかもしれないな』
『よーし……じゃあ、生意気な嬢チャンにわからせてやりな。応援してるぜ、ブラザァー!!』
青い悪魔は愉快げに笑いながらスコットDを送り出す。
彼がドロシーに返り討ちに遭うとは微塵に思っていない。彼が本気を出せばどんな相手にも負けないことを誰よりも知っているからだ。
そもそも最初に惚れたのは、ドロシーの方なのだから……