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「えーと、君がスコット・オーランド君で間違いないね?」
「は、はい。そうですけど……」
「街に入って早々すまない。新しくBクラス特異能力者が入界したいう報告を聞いてね、少しだけ話を聞かせて貰いたくて……」
月の扉を潜った直後、リンボ・シティ7番街区に足を踏み入れた瞬間にスコットは一人の男性に声をかけられた。
「……あの、あなたは一体……」
スコットの前に現れたのは金のラインの入った特徴的な黒コートを身に纏う長身の男。街の中では多くの異人達が歩き回っていたが、彼はそのコートのお陰で特に変わった特徴も無いのに悪目立ちしていた。
「ああ、ごめん。自己紹介が遅れたね、俺の名前はジェイムス。異常管理局セフィロトの者だ」
「い、異常管理……? ええと、何ですかそれ……」
いきなりの事態に混乱するスコットの前に目立つ白塗りの高級車が停車する。
「ここで長話をするのもアレだし、落ち着ける場所で話をしようか。さぁ、あの車に乗ってくれ」
「え……えっ?」
「車に乗ってくれ」
言われるがままスコットは車に乗る。続いてジェイムスも乗車し、ドアをバタンと閉めてロックした。
「あの……貴方は一体」
「安心してくれ、君に危害を加えようなんて考えちゃいない。ただ君の能力が気になってさ……もし君が本当にBクラス特異能力者なら本部でちょっとした手続きをする必要があるんだ」
「……」
「まぁ、不満もあるだろうが少しだけ付き合ってくれ」
困惑するスコットを乗せた車は何処かへと向かう。受付の女性に『連行されるかも』とは言われたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。それも街に入ってから数分も経たずに……
(街に入ってからすぐコレかよ! 本当に、俺の人生どうなってんだよ!!)
スコットは頭を抱えて苦悶する。頭の中で女性のニコニコ笑顔が何度も浮かび上がり、本気で車のドアを殴りそうになったが何とか堪えた。殴った所で気が晴れる事はないし、拳を痛めるだけだ。
(いや……落ち着け、落ち着くんだ。ちょっと本部ってところで話をするだけじゃないか。ここはリンボ・シティだ、きっと俺みたいな奴が沢山居るんだ……そりゃ慎重にもなるよな)
「ああ、すまない。異常管理局についての話がまだだったな。俺の働く異常管理局ってのは」
(落ち着け、落ち着け俺……ストレスを溜めるな。じゃないとアイツが起きて……)
「……という感じの組織でね。この街の治安維持、そして異世界からの」
(……あ、やべえ。この人の話 聞いてなかった……でも聞き直すのもアレだし。あー、くそー……本当にどうしてこんな……!!)
「……てな訳で、君をこうして車に乗せたのもちゃんとした理由があるんだ。すぐには納得出来ないかも知れないが、これもこの街を」
(あー、あー! イライラするぅ! もううんざりだ! 一体、俺が何をしたって言うんだよ! この街じゃまだ何も……)
スコットのストレスが頂点に達しようとした時、車の屋根がベコンと大きく歪んだ。
「……あ」
「な、何だ? 屋根が……」
「……やばい!!」
スコットの右肩から半透明な青白い悪魔の腕が生え、メキメキと音を立てながら屋根を突き破ろうとしていた。
「あれ? 君の体から何か……出てないか?」
「おい、やめろ! ここで出てくるな! やめろ、やめっ……!!」
スコットが慌てて制止しようとした瞬間、高級車の立派な屋根は悪魔の腕に呆気なく突き破られる。
「あああああああーっ!」
「な、何だ!?」
「うおおっ!?」
「やめろって言ってんだろうが、馬鹿野郎ォオオオー!!」
悪魔の腕は高級車の車体をいとも容易く引き裂き、鋭い爪が生え揃った五本の指を道路に突き刺す。腕はガガガガガと道路を削りながら強引に減速させ、突然の事態に混乱した運転手はハンドル操作を誤り……
車の往来が激しい大道路のど真ん中で、50万ドルは優に越える特別仕様の高級車がド派手に横転する。
「あああああああああああっ!!」
屋根の穴から勢いよく放り出され、スコットは叫びながら宙を舞う。
あわや近くのカフェテリアの窓を頭から突き破りそうになった所で左肩付近からもう一本の腕が生え、悪魔の両腕は彼を守ろうとしているかのように全身をギュッと抱き込む。
「うわぁあああああああっ!!」
ガシャアアアアン
「ホアッ!?」
「な、何!? 窓から何か突っ込んで来たわよ!?」
「え、死んだ!?」
「またか! また人が死んだのか!?」
「……いてて」
「あ、よかった! 生きてるよ!!」
凄まじいスピードで窓を突き破ったスコットだが巨人の両腕がクッション代わりになったお陰で殆ど無傷だった。
巨人の両腕は彼をやや乱暴に起こした後、その身体に吸い込まれるように消滅した。
「……あ、どうも。お食事中にすみません」
ランチタイム中の利用客と、窓ガラスをぶち破られて思考停止する店長にペコペコと頭を下げながらスコットは店を後にする。
「オーケー、落ち着こう。落ち着いて……俺は悪くない、俺は悪くない、俺は……」
ドゴォォオオオオオン
ブッブー、ギャガガガガガ、ゴシャアッ
キキイイイイイイイーッ!
ドゴシャアアアアアアアアアッ
大道路で横転した高級車を避けようとして多くの車が追突し、それを躱そうとした後続車が更に隣の車両に衝突し、ついにはタンクローリーがタイヤを取られて小型車を押しつぶしながら近くのビルに突っ込んで爆発する……
「……」
ハリウッド映画も真っ青な惨状を前にスコットは顔面蒼白になりながら硬直。彼の頭の中には既に逃走以外の選択肢は浮かばなかった。
「ぎゃあああああああ!」
「ボォォブ! しっかりしろ、ボォォォーブ!!」
「助けてぇぇぇ! お願い、誰かたすけてぇぇぇぇー!!」
「アイエエエエエエ────ッ!!」
「……すんません、ホント。許してっ!」
ヒュウウゥ……
被害者の悲鳴を背にして逃げようとした彼の周囲に不自然にとぐろを巻く風が発生する。
「……あれ、急に風……ヴァッ!?」
やがて風は緑色に発光する風のロープに変化し、スコットの身体を縛り上げた。
「な、なんだコレっ……!?」
「なるほど……これは確かにBクラスだ。十分な脅威だな」
「あっ!」
「あの嬢ちゃんの目は確かだ。ああ見えてマジで優秀だよ、本当に……」
ジェイムスは先端が緑色に輝く短い杖のような道具を構えてスコットに歩み寄る。乗っていた車が横転した上に大爆発に巻き込まれたというのに彼に目立った外傷は無く、コートが焦げて不機嫌そうな顔になっている事を除けば殆ど無傷だった。
「え、ええと……っ! 今のはそのっ……!!」
「あー、大丈夫。全然、怒ってないよ? ああいうの慣れてるから」
「な、慣れてっ……て、あだだだだだっ!!」
スコットを縛る風のロープは徐々に締め上げる力を強めていく。先程の言葉に反してジェイムスはかなり頭にきているようだ。
「これから君を本部まで連れて行く。新しい車が到着するまで、このまま大人しくしてもらおうか」
「あ、アンタは一体……!?」
「ん? 自己紹介は済ませただろ。俺はジェイムス、異常管理局の職員で……ご覧の通り魔法使いさ」
「ま、魔法使い!?」
本気で驚くスコットを見て、ジェイムスは少し照れくさそうに笑った。