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「戻ってきたぞ、オラァー!!」
アルマは店の扉を勢いよく開き、声高らかに叫ぶ。
「何だい、うるさいねえ。店はまだ開店準備中だよ?」
「ああっ! お前はー!!」
「おや、アンタかい。久しぶりだね」
エントランスで声を張り上げるアルマの前にヴァネッサが現れる。
「レンって女は何処だぁー!」
「ちょっと姐さん! もう少し落ち着いて……」
「レン? あの子に何か用があるのかい??」
「うるせー! 黙ってそいつに会わせろー!!」
「まず会いたい理由を言いな。それからだよ」
「いいから会わせろっ!」
「ふふふ……だから理由を言いな、黒兎の姉さん?」
耳をピンと立てて威圧するアルマを見てもヴァネッサは余裕で笑い返す。
「ぬぬぬぬぬぬっ!」
「何だい、特に理由も無いのかい? じゃあ会わせてやれないねぇ。あの子はこれから仕事の時間なんだ」
「えーと、ヴァネッサさん! オレたちはそのレンさんとどうしても話したい事があるんです!!」
「だからその話したい事を聞きたいんだよ」
「そ、それは……」
ヴァネッサの質問にデイジーは視線を反らしてゴニョゴニョと呟く。
耳の良いヴァネッサにはハッキリと聞こえていたが、彼女は聞こえないふりをして……
「はい? 何だって? もう少し大きな声で言ってくれないかい??」
意地悪そうに笑ってデイジーに耳を傾ける。
「えーと、えーとっ!」
「あーもー! そのレンって女がウチの新人に手を出したんだよ! だからー!!」
「いいじゃないか、別に。ここはそういうお店だよ?」
「良くねぇー! 何であたしより先にその女と仲良く寝てるんだよ!!」
「んー、それはねぇ……」
ぐぬぬと歯ぎしりするアルマをまじまじと観察し、ヴァネッサは頬に手を当てて悩ましい溜息をつく。
「ふふっ、そりゃあの子にとっちゃウチのレンの方が抱きたい女に見えたからだよ」
「はぁぁぁぁーん!?」
「あの二人の体の相性は抜群だからねぇ」
「あぁぁぁぁーん!?」
ヴァネッサの返事にアルマとデイジーは女の子がしてはいけない物凄い形相で激怒する。
「どういうことだァァァー! あたしの方が絶対にいい女だろぉー!? あたしからあんだけ誘ってやったのにぃー!!」
「そういうところだよ、アルマ。あの子にゃアンタみたいなタイプは合わないよ。顔は良いけど小柄だし、押しが強いというか押すことしか知らないし、包容力が決定的に足りないね」
「別にオレはアイツなんて好きじゃないですけどぉおー! でも相性が抜群って何ですかぁ!? そんなにその女の身体が良いんですかぁー!!?」
「あの子には良いんだろうね。胸も身体もアンタの方が上だけど……それだけだねぇ。アンタはアンタで面倒くさいし、もうちょっと素直になればマシかも知れないけど、まず女として見られてないだろうね。アンタ自身がどっちで生きるのか決めきれてないのがねぇ……」
「むぁぁぁああああああーっ!」
「きいいいいいいいいいーっ!!」
ヴァネッサに痛い所を冷静に指摘されて二人は彼女に掴みかかる。
伊達に夜の街の頂点に長年君臨している訳ではなく、大人としても女としてもヴァネッサは二人よりも明らかに格上だった。
「正直、レンはアンタ達より女としてのランクは上だよ。残念だけどね」
「ぬぎゃーっ! 殺してやるー!!」
「はん、今のアンタに殺される程 落ちぶれちゃいないよ。悪名高い八つ裂きアルマもこうなったらただの駄々っ子だねぇ」
「ぬああーっ!」
「うぐぐぐぐっ! 別に、別にオレは男だしぃ! 別に女として見られなくてもいいしぃー!!」
「そうそう、アンタにはアルマがお似合いだよ。どっちつかずの子はコイツくらい単純な奴か、モノ好きな奴しか抱けやしないって」
「にゅううううーっ!」
しかし、ヴァネッサの台詞は半分以上が挑発だ。
彼女は内心そこまでアルマ達を見下している訳ではない。この二人にはその欠点を補ってあまりある魅力があるのだから。
(やれやれ、どうしてこうもあっさり乗せられるのかねぇ。自信の無さが丸わかりだよ。スコットちゃんと相性が悪いわけだ)
だが、彼女達にはその魅力を活かす自信が無い。
アルマがあれだけの美少女でありながら悪ガキのような素振りと口調を貫くのは双子のルナへのコンプレックスの現れであるし、デイジーも過去の経験と姿が原因で今の美貌を受け入れられていない。
二人が良く行動を共にするのもそういう弱い部分を無意識に補い合っているからだ。
一方でスコットは彼女達とは真逆。自信が無いのではなく、敢えて自分を信じないようにしているのだ。
一見、似ているようで彼らには明確な違いがある。スコットは過去のトラウマが原因で自分を信じられなくなっているがその気になれば何でも出来るという自負があり、自分を信じさせてくれる相手を求めている。
故に自信の無いもの同士で慰め合ったり、弱い部分を曝け出せずに共依存のような形で互いの弱さを補うタイプの女性とは根本的に相容れない。
レンの様に弱い部分や誰にも見られたくない一面を知った上で背中を押してくれる女性が理想のタイプという訳だ。
「……じゃあ、こうしようじゃないか。アンタ達」
「あぁん!?」
「うううーっ!?」
「もうすぐあたしの店が開いてお客さんがやって来る。アンタ達二人は今夜限定のホステスとしてお客の相手をしておくれ。それが嫌なら、後ろの方で娘の仕事振りを見学してるだけでもいいよ」
「はぁ!? 何で……」
「そのレンっていう子がどうやってスコットちゃんを虜にしているのか……その目で直接確かめたくはないかい?」
「「!!!!」」
ヴァネッサが満面の笑みで発した魔女の囁きに、アルマとデイジーは目の色を変えた。
相性って大事ですよね。何事にも。