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「……」
自室に戻ったスコットはベッドに転がって悶々としていた。
「……うぉぉおおおおおおおっ!!」
脳内にひたすらドロシーとのあれやこれやがフラッシュバックし、その度に彼は顔を押さえて悶絶する。
「うぐぐ……、だから言ったじゃないか! それなのにあんなに泣いて! 俺はどうすれば良かったんだよ!!」
自己嫌悪に次ぐ自己嫌悪。ドロシーとそれなりに盛り上がった上でまさかの寸止めを喰らい、スコットの欲求は暴発寸前だった。
「うぐぐぐぐっ!」
このままではマズイと思った彼は勢いよく立ち上がり、部屋の時計で時刻を確認。
「……5時前か。もうすぐあの店が開くな」
自然とその足は洗面所に向かい、顔を冷たい水で洗う。乱れた髪も整えて服も着替え、鏡の前で身嗜みをチェック。
「……まぁ、こんなもんだろ」
スコットらしからぬキリッとした表情で財布からヴァネッサの店のメンバーズカードを取り出し、暫く眺めた後で財布に戻す。
「こういう時こそ彼女を頼らないとな! 今週はまだ会ってないし、いい機会だろ!!」
そう言ってスコットは意気揚々と部屋を出る。
「酒にだけは気をつけないとな……上手く乗せられないようにしっかりしないと」
スコットはすっかりヴァネッサの店の常連になっていた。
レンに心の傷を癒やされてからというもの、ドロシーに内緒で会いに行っている。
恋愛感情の有無はともかく二人の相性は良く、他のホステスからは半ば公認カップルとして温かく見守られている。
「……でも今日はちょっとくらいいいかな」
時々、ランカが二人の間に介入して凄いことになったりするらしいが、全てが終わる時にはスコットは酔い潰れているので彼に自覚はない。
「……うん、完璧だわ!」
その頃、ヴァネッサの店ではホステス達がドロレスの仕上がりに感動していた。
「これなら大抵の男は落ちるわね」
「今夜だけなのが勿体ないわぁ。これは深刻なドロレスロスが起きちゃうわよ」
「悔しいけどかなりの逸材ね! メイに並ぶお兄さんキラーの誕生だわ!!」
彼女達にみっちりとノウハウを叩き込まれたドロシーはまるで本物のホステスのような雰囲気と佇まいでソファーに座る。
「ふふふ、ありがとう……姉さん達」
「やーん、この笑顔が可愛いのー!」
「子供っぽさの中に覗く大人の色気! 普通は数時間やそこらでこれは身につかないわよー!!」
「あたしの教え方が良かったのかしらね!」
「うふふふ……」
最初はルナやヴァネッサに言われるがまま嫌々教わっていたドロシーだが、とある女性との邂逅を境に夜の女の才能をメキメキと開花。
ヴァネッサの娘達も認めるほどの大物になっていた。
「ふんふん、いい感じじゃないの。最初は不安だったけどー」
「ありがとう、レン姉さん」
「あのレンが褒めるんだから相当だよねー」
「ほんとほんとー」
その女性とは言わずもがな。スコットが懇意にする夜のお相手、恋敵のレンだ。
(……僕に内緒で会いに来てるのはわかってたけど、まさかここまで仲良くなってたなんてね)
(見てなさい、泥棒猫。誰が彼のパートナーに相応しいか……教えてあげるわ!!)
表情ではニコニコと愛想よく接しながらも嫉妬の炎を燃やすドロシー。
嫉妬と羨望だけで新たなる力を覚醒させた彼女はお姉さん達と談笑しながらその時が来るのを今か今かと待ちわびた。
「そういえばレン。アンタ、大丈夫だったの?」
「? 何よ、サニー」
「いや、アンタの部屋にヤバイのが殴り込んでいったでしょ。ドロレスちゃんが来るちょっと前くらいに」
「んー? 誰も来なかったわよ??」
「えっ?」
サニーはレンに例の二人について聞くが、何のことやらと彼女は首を傾げる。
「あたしはママに呼ばれるまでメイと寝てたしー」
「あれー……?」
「どうしたの、サニー。アンタこそ大丈夫?」
「んー……」
そういえば例の二人、アルマとデイジーはレンの部屋に入ったきり出てこない。
レンに返り討ちにされたとは考えにくいし、そもそもレンがあの二人の存在に全く気付いていないのも変な話だ。
「まぁ、いっかー!」
だがサニーは途中で深く考えることをやめる。元々、考え事が苦手なサバサバした性格な彼女は笑ってあの二人を忘れることにした。
「何なのよ?」
「別にー? とりあえずアンタは罪作りな女だってことよー」
「??」
一方、リンボ・シティ15番街区。何処かからか調達したバイクでデイジーとアルマがヴァネッサの店を目指していた。
「あーもー! 酷い目に遭ったー!!」
「はっはっ、本当だなー! まさかあたしらが落ちたすぐ目の前で動物テロが起きるなんてなー!!」
あの後、二人はとある頭のおかしい馬鹿が放った違法動物を発端とするトラブルに巻き込まれてしまった……
《バウワンワンワンワァァァァン!》
『ギャアアーッ!』
『何だ、あの犬! 首が三つ……アバァァーッ!!』
《バウワァァァーッ!!》
『警部ー! ちょっとヤバイですよ! あのワン公ヤバイですよぉーっ!!』
『あーもー! 何でこんな時に出ないんだよ、あのチビ!!』
警部はすかさずドロシーに電話したが彼女はお勉強中でそれどころではなく、すぐ近くに居たアルマとデイジーが怪物退治を請け負うことになった。
『あっはっは、何だあの犬! 首が三つもあるし、火を吐いてるぞ!!』
『あわわわっ! どうしましょう、姐さん!!』
『よーし、行くぞデイジー! あたしに続けぇー!!』
『ええっ!? ちょっ、オレは戦えませんって』
《ヴァウヴァウワーウ!》
『ちょっ、ちょちょちょちょっ! 何でオレの方に来るの!? オレなんて食っても美味しくないってー!!』
《ヴァワウワウ! バウウウウーッ!!》
『いやぁぁぁぁぁーっ!!』
『はっはっ! おい、犬っころー! あたしのデイジーに手を出してんじゃねえよぉおーっ!!』
……三ツ首の犬はサクッとアルマに討伐され、今日もこの街は救われた。
「酷いのはそっちじゃないですよー! もう無理って言ってるのに姐さんたらー!!」
その後、犬から逃げる内に泥だらけになったデイジーはアルマに近場のホテルに連れ込まれ、泥を落とすついでにあれこれされてしまった。それも夕方までずっと。
「あっはっは、ごめんごめん! あんまりデイジーが可愛かったから!!」
「もう今日の目的を忘れてるんじゃないですか!?」
「忘れてねーよ! ほら、急げー! レンって女の部屋に突撃だー!!」
今日の二人の目的……それはスコットと仲の良いレンと話をつける事。
メイの異能力や三ツ首の犬(それとアルマの悪癖)に邪魔されてすっかり遠回りになってしまったが、二人を乗せたバイクは再び14番街区にあるヴァネッサのplay roomに到着した。
逃げ場なんて、無いよ?