7
「……という訳だよ、アンタ達。今日だけこの子の面倒を見てやっておくれ」
「よ、よろしく……」
ヴァネッサは満面の笑みでドロシーを娘達に紹介する。
(((あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ……!!!!)))
娘達はほぼ全員が頬を染めて可愛い新入りホステスに心を奪われた。
(なーに? あの綺麗な金髪! あんなに綺麗な髪見たことないわ!!)
(あらやだー、可愛い顔してるのに生意気に育ってるわね!)
(うふふふ、抱き心地良さそうな身体! これは教えがいがありそうだわ!!)
(やーん、可愛い! お持ち帰りしたいー!!)
ドロシーは彼女達がこちらに向ける眼差しに肌が粟立つ。
すぐにヴァネッサの提案に乗ってしまったことを後悔したが、もう後に引けないので腹をくくる。
「じゃあ、改めて自己紹介してくれるかい?」
「ド、ドロレス」
「歳は幾つだっけ?」
「……じ、じぅごさい」
「ふふふふっ、若いねー!」
ニッコニコでドロシーを煽るように頭を撫でるヴァネッサ。正体を知られないためとは言え咄嗟に年齢を90歳以上も鯖読みしてしまった事に思わず顔を隠す。
(((あらあらあらあら!!!)))
そんなドロシーの仕草がまたヴァネッサの娘達をときめかせる。
「とまぁ、こんな風にすぐ照れて顔を隠すような仔猫ちゃんだけど……どうにか夜までにお客様の前に立てるようにしてやりな」
「……!」
「はーい!」
「任せてー!」
「あたしらがちゃんとしたレディーにしてあげるー!」
「ふふふ……頼んだよ、あんた達」
ヴァネッサはドロシーの肩をポンポンと叩いてその場を後にする。
(……後で見てなさいよ!)
去りゆく彼女の背中をドロシーは恨めしげに睨んだ。
「はーい、じゃあドロレスちゃん!」
「はわっ! な、なに?」
「早速だけど男と関係を持ったことはあるー!?」
「えっ! あっ……い、一応……」
「ほーぅ!?」
「あらやだ、そんな可愛い顔してるのにもう男と関係を!? やるわねー!」
「あぅ、あぅ……!」
「ねー、そのサラッサラな髪は地毛!? 一体、どうしたらそんな綺麗な髪が生えるの!!?」
ホステス達はドロシーを囲んで質問攻めにする。テンション高めの女豹共に群がられて半泣きで縮み上がる新入りの姿をレンは少し離れた場所で見守っていた。
「うーん、大丈夫かしら あの子。とても客の前に出せる感じじゃないけどー」
「……」
「……」
「ねぇ? アンタ達もそう思う……うぇっ!?」
レンは女の子にあるまじき表情で新入りを凝視するランカとメイに思わず声を上げて引いた。
「ど、どうしたのよ二人共!?」
「……えっ、あっ……な、何でもないわ」
「……」
「いや、何かあるでしょ……? もしかしてあの子、知り合い??」
「ぜ、全然!? あんな子知らないわよ! ねぇ、メイ!!」
「……お姉ちゃん」
メイは目を見開きながらギギギとぎこちない動きでレンの方を向き……
「あの子、飲み込んでもいい?」
「はあっ!?」
「はい、ストーップ! ゴメンね、レン! ちょっとメイと二人で話してくるわ!!」
ランカはメイを担ぎ上げ、猛スピードで自室に戻っていった。
「……な、何なのよ?」
「レーンー! そんなとこで突っ立ってないで、アンタもこっち来なさいよ!!」
「アンタもこの子に色々と教えてやんなぁ!」
「あ、うん……」
「ちょっと、メイ! いきなり何てこと言い出すのよ!!」
「だ、だって……!!」
部屋に戻ったランカとメイは状況が読み込めずに混乱していた。
「あの子から、お兄ちゃんの匂いがしたから……!」
「そっち!? まさかアンタ、あの女が誰か知らないの? ドロシー・バーキンスよ!?」
「えっ、あの子がそうなの!?」
「そうよ! あれが二桁番街区の嗤う魔女! スコットが働いてる会社のボス!!」
「お、お兄ちゃんから聞いた話と全然違うよ!!」
メイはこの街に住んでいながらドロシーの顔を知らなかった。
酔ったスコットから聞いた愚痴や話で『とにかく面倒で腹黒くておっかない女』と勝手なイメージをしていた彼女は大いに取り乱す。
「もー、何を考えてるの! あのお嬢は! いくら暇だからって悪ふざけにも限度があるでしょ!?」
「お、お兄ちゃんはあの子と寝たの!? わたしと同じくらい小さいのに!!?」
「知らないわよ! でも、アンタがアイツからスコットの匂いを感じたんならそうなんじゃないの!?」
「!」
ランカの確証もない一言にメイは衝撃を受ける。
「ど、どうしたの?」
「ランカお姉ちゃん」
「な、何?」
「どう誘えばお兄ちゃんはわたしとプレイしてくれる?」
「……はぇ?」
メイは猫のような瞳孔を開いてランカに聞く。
「え、どう誘えばって……」
「お兄ちゃんはどんなに誘ってもわたしにはお触りしてくれないの。頭は撫でてくれるけど、お姉ちゃんみたいに一緒に部屋に行ってくれないの」
「……そりゃ、アンタがまだ若くて小さいから」
「あの子も若いし小さいよ?」
「メイ? あのドロシーはああ見えて100歳越えてるのよ? アンタと一緒にしちゃいけな」
「わたしだって!!」
気が高ぶったメイはランカを押し倒して叫ぶ。
「ひゃあっ!?」
「もう子供じゃないよ!」
普段は大人しく滅多に大声を出さないメイが真剣な表情で訴える姿にランカはたじろぐ。
「わたしは、もう子供じゃないよ……!」
「……メイ」
「ママは言ったよ。好きになったら、女の子はもう女になるって。子供じゃなくなるって……!」
「あー……ママの言うことは極論過ぎるから、本気にしちゃ」
「わたしだって! お兄ちゃんが好きだもん! お姉ちゃんと同じくらい!!」
あの大人しいメイが感情を剥き出しするのを見てランカの心も揺れ動く。
「……もう、困った妹ねぇ」
ランカはメイの頬にそっと触れて困ったような笑みを浮かべる。可愛い妹にここまでハッキリと心情を吐露されると黙ってはいられない。
「最悪、あのドロシーと真っ向勝負になるわよ?」
「……負けないもん」
「もー、何も知らないって強いわねー……あの魔女は本当に怖い女なのよ?」
「一度、死んでるんだから。もう怖いものなんてないよ」
「……ふふっ!」
口ではそう言いながらも表情に微かな不安と緊張の色を滲ませるメイ。そんな彼女が可愛くて可愛くて、ランカは思わず笑ってしまった。