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「お邪魔するよー」
まだ開店していないヴァネッサの店に誰かが訪れる。
「あー、ごめんなさい。今日はまだお店開いてないの、悪いけどー……はわっ!?」
エントランスにやって来たランカは店に訪れた招かれざる客に目を見開く。
「ハーイ、お久しぶり。元気にしてるー?」
「ふふ、ごめんなさいね。少しだけお邪魔させてもらうわ」
やって来たのはドロシーとルナだ。ランカは慌てて開けた胸ボタンを閉めて姿勢を正す。
「い、いらっしゃいませ! お嬢……じゃなくて、ドロシーさん!!」
「そんなに畏まらなくていいよー。もっと気楽にしてなさい」
「そう言われても……身体が勝手にこうなっちゃうのよー。多分、あの人の影響ね……」
ランカは首筋の噛み傷をポリポリと掻き、あははと苦笑いする。
「調子はどう?」
「んー……死んでるけどいい感じ。相変わらず血を飲むのには抵抗あるけど」
「でも血液はちゃんと摂らないと駄目よ。もし血を飲まなくなると本当の化け物になっちゃうからね」
「や、やめてよー……」
身体に流れるマリアの血の影響か、今まであまりドロシーと面識のなかったランカは彼女に過剰に反応するようになった。
ただしこれはランカのみの特徴で、同じ血が流れているはずのメイには今の所同じ症状は出ていない。
「そうそう、ヴァネッサは居る?」
「え、ママ? ママなら部屋に居るけど……」
「ありがとう。ちょっと用事があるから会わせてもらうわねー」
「またね、ランカさん」
ドロシーとルナはヴァネッサの部屋へと向かう。
「……ママに用事って何かしら。うーん、なんだか嫌な予感がするわ……」
ランカは背筋に悪寒を感じつつ、悠々と階段を登る二人の背中を見送った。
「へぇー、珍しくアンタから会いに来てくれたと思ったら。面白いことを聞くねぇ?」
下着姿のヴァネッサがパイプを片手にドロシー達を出迎える。ハンガーにかけていたローブをひらりと羽織って椅子に座り、ふぅと悩ましげに煙を吹いた。
「面白い話がなかったら会いに来れないわ。ヴァネッサは気紛れで気分屋だしー」
「うふふ、アンタ程じゃないよドロシー。しかしついにあのバーバヤガーがねぇ……」
「ふふ、そうなのよヴァネッサ。ドリーもようやく大人の階段を登れそうなの」
「くくくっ」
ふふふと満足気に笑うルナを見てヴァネッサも愉快げに笑った。
「何よ、笑うこと無いじゃない。これでも僕はヴァネッサより年上よ?」
「ははっ、そうだったねぇ。でも年上のドロシーちゃんが年下の私に聞きたいのが『大人の女の振る舞い方』と『男の気の惹き方』だよ? そりゃ笑っちまうよ」
「笑わないで。真面目に聞いてるのよ、僕は」
「ルナは教えてくれなかったのかい?」
「ふふふっ、ヴァネッサの方が詳しいでしょう?」
「ふー、よく言うよ」
もう一度煙を吹いた後にヴァネッサはパイプを灰皿に置く。
「まぁ、アンタは無理に大人らしく振る舞うよりも可愛さを活かしな。その見た目と性格で大人を気取るのは無理があるよ」
「むむっ! 僕がまだ子供だって言うの!?」
「違うよ、それがアンタの武器だって言ってるんだよ。そのまま子供っぽく甘えてやりゃ大抵の男は落ちるだろう? それにその生意気な胸も上手に使えばもう独壇場じゃないかい」
「……そういうのは今までやって来たから。それでも彼は中々落ちないのよ」
「ふぅん? あの子から聞いた話と随分と違うねぇ??」
ヴァネッサは頬杖をつき、レンやメイから聞かされたスコットとドロシーの言うスコットの相違点に首を傾げる。
「聞いた話って?」
「スコット君だろ? アンタには相当ガードが硬いみたいだけど、ウチの子達の前だと誘えばコロッとノッちゃう男みたいだよ?」
「むむっ!?」
「メイっていうアンタと同じくらいの背丈で胸の大きい子が居るんだけどね。その子にもすーぐ手を出しちゃうってさ」
「どういうこと!? 僕には中々手を出さなかったのに!」
「そりゃあ……」
ふとヴァネッサはルナと顔を合わせる。
(ああー、なるほどねぇ……)
ルナの意味深な微笑みで彼女の狙いを察し、ヴァネッサもそれに乗ることにした。
「ふふふ」
「何よー!?」
「うん、アレだね。ドロシーは可愛いし女の子としては満点だけど、女としてはまだまだ足りないものがあるねぇ」
「そ、そうなの……? ルナ??」
「私には何が足りないのかわからないわ。いつもの可愛いドリーだもの」
「う、うぅ……っ?」
「じゃあ、ドロシー。こうしようじゃないか」
ヴァネッサはドロシーの頬をツンと突き、何やら企んでそうな妖しい笑顔で言う。
「今晩、ウチのホステスの一人として皆に混じって働いてみな。勿論、名前を変えて別人としてね」
「ふえっ!?」
「他の子には今夜限りの見習いってことで話をつけておくよ。ランカやメイにはバレるだろうけどねぇ」
「ま、待ってよ! 僕にスコット君以外の男の相手をしろっていうの!?」
「ちょっとお酒を飲んで話を聞いてやるだけさ。それだけでもいい経験になるよ? 他の子達も色々と教えてくれるだろうから、一石二鳥じゃないか」
「絶対に嫌! それならルナも」
「ふふ、そうね。ドリーが頑張るなら私も一緒に働いてみようかしら」
「はうっ!?」
ルナは頬に手を当てて満更でもない様子で言った。
「え、え……っ」
「ふふふ、アンタが出たら他の男が全部取られちゃうじゃないか」
「そんなことはないわ。私はもういい歳だもの……若い子には敵わないわ」
「またまたぁー」
「だ、駄目駄目! ルナにそんなことさせない! 僕一人で大丈夫だから!!」
ドロシーは慌ててルナを止める。
「いいの?」
「大丈夫よ、ルナ! こ、こういうお店で働くの初めての経験だけど……」
顔を赤くして手を組んだり解いたりしながら、ドロシーはボソボソと言う。
「……女の子より、女になりたいし」
大変いじらしい仕草で自信なさげに呟くドロシーの姿に、ルナとヴァネッサも思わず満面の笑みを零す。
「うふふ、それじゃ……まずはあの子達に挨拶しに行こうかい。着替えるから部屋の前で待ってな」
「う、うん……」
「じゃあ、私も」
「ルナはこの部屋で待ってて! 大丈夫だから!!」
「そう……? じゃあ、頑張ってねドリー」
ルナはドロシーの額に軽くキスをする。ドロシーはぐっと息を飲み、ぱたぱたと足早に部屋を出ていった。
「……ふふふっ」
「全く、悪い女だねぇ。アンタは」
「これもあの子達の為よ」
「はっ、よく言うよ。面倒な事になっても知らないよ?」
「構わないわ。それに……そうなってくれたほうが面白いの」
ルナは人差し指を唇に当て、まるでこれからの出来事を見透かしているような小悪魔的な微笑を浮かべた。
母は怖し。はっきり分かんだね!