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「ただいまー、レンいるー?」
「はいはい、おかえりー。レンは自分の部屋で寝てるわ……って、どちら様?」
店に帰ってきたサニーを出迎えたホステスは彼女が連れてきた二人を指差して聞く。
「アタシのハニーとハニーよ。ちょっとレンに用があるってー」
「へー?」
「その女は何処だ! 顔を見せろ!!」
「オレは別に興味ないですけど! とりあえず顔だけ見せてください!!」
アルマとデイジーは声を荒げて言う。
「……アイツ何かしたの?」
「ううん? そういうわけじゃないんだけどー」
「どの部屋に居るんだ、オラー! 早く案内しろ! 抱くぞ!!」
「別に会えないなら会えないでいいですから! とりあえず部屋だけ教えて下さい!!」
「えーとね、実はねー……」
「ふんふん……?」
サニーはホステスの耳元でヒソヒソと話す。彼女の話を聞いている内にホステスは思わずニヤついてしまう。
「……という訳なのよ」
「なーるほどー!」
「おらー! 何をコソコソ話してんだ! 早くしねーとお前から吐かせるぞ!!」
「えーとね、レンの部屋はこの廊下の突き当りよ。多分、寝てると思うから」
「よし、行くぞ! デイジー!!」
「アイサー!!」
部屋を聞いた二人は急ぎ足でレンの部屋に向かう。サニーとホステスはその背中を温かく見守った後、互いの顔を合わせてクスクスと笑った。
「ふふふっ、レンも罪な女よねー!」
「あのレンがねー! あー、これは面白くなりそうだわ!!」
一方、何も知らないレンは自室でスヤスヤと寝息を立てていた。
「ん……すー……」
「……あっ」
レンと一緒に寝ていたメイが耳をピンと立てて起き上がる。
部屋の前に迫る見知らぬ気配と、ピリピリとした敵意を鋭敏に感じ取り、シーツを出てドアの前に立つ。
「……知らない気配。誰だろう? お姉ちゃんに良くない気持ちを向けてる……」
メイは自分の親指を噛み切り、指から滴る血でドア前の床に文字を書く。
「そういう人はこの部屋に入っちゃ駄目なの」
『Evils out!』と書かれた床はズズズと音を立てて黒く染まり、やがて真っ黒な水溜りに変化した。
「お姉ちゃんは今、疲れてるんだから」
くるりと身を翻してメイはベッドに戻る。彼女がシーツに潜り込んだのとほぼ同時に部屋のドアが勢いよく開き……
「おらぁー! レンって女はどいつだぁー! ちょっと話をわぁっ!?」
どぷんっ!
「えっ、姐さん!? 一体、何がぇぇえっ!!」
どぽんっ!
乗り込もうとしたアルマとデイジーは一瞬で黒い水溜りの中に姿を消した。
「ふふっ、これでもう大丈夫だよ。お姉ちゃん」
メイが小さく笑うと一人でにドアが閉まり、床にはEvils out!の文字だけが残された。
「のわぁぁぁぁぁーっ!」
「ぎゃあああああーっ!!」
真っ暗な空間の中をアルマとデイジーは落下していく。何が起きたのかも理解できない二人はただただ悲鳴を上げて落っこちていた。
「何だ、何が起きたぁー!?」
「わかりませんよぉー! オレが知りたいぃー!!」
「何処だよ、此処はぁー! レンって女は何処だぁー!?」
「知りませぇぇぇーん!」
「畜生ー! レンにこんな能力があるなんて聞いてねーぞ! サニーの奴め、次に会った時は気絶するまで乳揉んでやるー!!」
「ふわぁぁぁーっ! 何処まで落ちるのぉぉーっ!? 怖いよぉぉーっ!!」
暫く真っ暗な空間を落ちていると急に二人の視界が眩い光に包まれる……
「うおっ、眩しっ!」
「こ、今度は何ぃ!?」
ようやく闇が晴れたかと思えば、二人は地上数十mの高さに放り出された。
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
「うぇぇぇぇぇぇっ!?」
いきなり空に放り出された二人は咄嗟に抱き合い、悲鳴を上げながら車の往来の激しい道路に真っ逆さまに落ちていく……
『ァァァァァァァ』
「……何か、空から悲鳴が聞こえませんか?」
「ん? そうか? 俺には何も……」
ドゴシャァァァンッ!!
「ホァァァァァァァッ!?」
11番街区を巡回中だったアレックス警部のパトカーに何かが落下する。
「な、何だァァーっ!?」
「あああああっ!?」
天井が思い切り凹み、フロントガラスも破損して警部はハンドル操作を誤る。パトカーはそのまま勢いよく道路沿いの植樹帯に突っ込んだ。
「……何が起きたんですか?」
「……さぁな。お前の言う悲鳴が関係してるんじゃないか?」
『……うぅぅ……いってぇ……』
「んん?」
アレックス警部はハンドルにぶつけた頭を押さえながらパトカーを降り、空から降ってきた何かを確認する。
「大丈夫か、デイジー……?」
「ううう……、駄目かもしれません」
「……」
「いたたた……警部、何が……おわぁっ!?」
警部に続いてパトカーを降りたリュークの目に飛び込んできたのは、大きく凹んだ屋根の上でお尻を突き出すデイジー。そして彼の下で大股開きになっているアルマの姿だった。
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
「何だよ、うるせーなぁ……ん? あれ、お前は」
「はわっ!? ちょっ、見ないで! 尻見ないでーっ!!」
「わわわっ! 見てません! 見てませんよ!?」
「何してんだ、君達……」
大事なパトカーの屋根で組んず解れつになっている痴女二人にアレックス警部は顔をしかめる。
「んー、あたしにもわかんねえ。気がついたら空に放り出されて落っこちてた!」
「……そうか」
「うううっ、警官にお尻見られた! もうお嫁に行けない……!!」
「み、見てませんって!」
「おいおい、尻見られたくらいで泣くなよデイジー! 誰に見られても恥ずかしくないキュッとしたいい尻じゃねーか! もっと自信を持てー!!」
「いたぁぁっ! 叩かないでくださいよ、姐さんー!!」
「んー、いい音だなー。もっかい叩いてもいい?」
「やめてぇー!」
「とりあえず俺の愛車から降りて貰っていいかな?」
今日はまだ彼女の姿を見ていないが、アレックス警部は即座に確信した。『今日も厄日だな』……と。