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女もそうさー、見てるだけじゃ始まらない
「ふぁぁ……ねっむい」
場所は変わって15番街区。部屋に戻ったレンはベッドに倒れ込んで眠そうに欠伸をかく。
「んー、最近ちょっと頑張りすぎかしら……」
もぞもぞ……
「ん、何……?」
「うふふっ、おはよー。お姉ちゃん!」
レンが不自然に膨らんだシーツを捲ると、中から妹分のメイが飛び出してきた。
「きゃああっ!?」
「うふふふっ!」
「こら、メイ! 勝手にベッドに潜り込まないでって言ってるでしょ!!」
「ふふふっ、ごめんなさいー」
メイはレンの驚く顔を見て愉快そうに笑い、甘えるように擦り寄った。
「もう、困った子ね。アンタはー」
「お姉ちゃん、これから寝るの?」
「ん、そうよー。アンタと違ってあたしは寝ないと死んじゃうのー」
「わたしも一緒に寝ていい?」
「ふふん、嫌って言ったら?」
「嫌、一緒に寝るー!」
「しょうがないわねー」
ムギュッと抱きつくメイの頭を優しく撫で、レンはベッドで寝転がる。
「昨日はどんな人が来たの?」
「んー? 最近よく来てる人。結構、羽振りが良い客だからお触りまでは許してあげてるわ」
「お兄ちゃんは?」
「今週はまだ来てないわよー」
「むー」
メイは顔を膨らませる。彼女の言うお兄ちゃんとはスコットの事だ。
「早く来てくれないかな」
「来てもアンタには教えなーい」
「何でよー! わたしも混ぜてよ!!」
「ダーメ、アンタはまだ若すぎ。せめてあと1年は我慢しなさーい」
「ううーっ!」
「……」
レンは今の発言に少しだけ心を痛めた。何故ならメイはもう歳を取れないのだから。
この店で起きた連続殺人事件の実行犯であったメイはスコットの手で一度殺されている。その後、マリアの尋問を受けてから吸血鬼として蘇った。
現在の彼女は殺人に関する記憶をゴッソリ削られ、今まで通りヴァネッサの店で最年少ホステスとして働いている。
「ま、まぁ、今度来た時はお酒の相手くらいはしてあげなさいよ」
「え、いいの!? やったぁっ!」
「でもお酒だけよ?」
「ふふふ、わかってるよっ」
ヴァネッサ達からはメイも殺人鬼に殺されたと教えられており、スコットが皆や自分の仇を討ってくれたいう事になっている。だがその結果……
「でも、お兄ちゃんがお酒に酔って手を出してきたらセーフだよね?」
元よりスコットが気に入っていた彼女は、彼に明確な好意を抱くようになった。
「んー、まー……セーフかなぁ?」
「やったっ!」
「まぁ、アイツが酔う前にメイが潰れる方にお姉ちゃんは賭けるけど!」
「えーっ! そんな事ないよ! ちゃんと飲めるから!!」
「ふふふ、どうかしらー?」
「飲めるもんー! えいっ、えいっ!」
「うふふふっ、こら! 何処触ってるのよー! くすぐったいじゃないのー!!」
「あはははっ!」
レンとメイはベッドの中できゃいきゃいとじゃれ合う。
他のホステス達はメイが殺人鬼である事をレンには伝えていない。知らずに済むならそれに越したことはない。
二人があのまま姉妹で居られるならそれでいいと皆で話し合って決めたことだ。
事実、レンの心は真実を受け入れられずに一度壊れてしまっているのだから……
「……ぶぇっくし!」
一方、ウォルターズ・ストレンジハウスに居たスコットは大きなくしゃみをする。
「あー……くしゃみするだけで身体が引き攣ります」
「重傷な上に風邪とはね……気の毒に」
「さぁ……何か妙な胸騒ぎするので風邪というよりこれは」
「スコッツ君、ちょっとお義母様と出かけてくるわ」
金髪をストレートに伸ばし、お上品な黒いドレス姿に着替えたドロシーが部屋から出てきた。
「……あ、そうですか。いってらっしゃい」
「今日は臨時休業よ。スコッツ君はもう帰っていいわ」
「は? え、社長? どうしたんですか、急に」
「アーサー、車を用意して」
「ふふふ、またね。スコット君……少しドリーとお出かけしてくるわ」
ドロシーと色違いの白いドレスを着たルナが意味深に笑い、一足先にリビングを出て行く。
「アーサー!」
「はい、お嬢様。すぐに準備致します」
「マリア、杖を用意して。いつものを一本」
「はいはい、お任せを」
「メリーの餌はちゃんとあげた?」
「うふふ、勿論ですわ。今、メリーちゃんはお腹いっぱいでお眠り中です……ちゃんと例のお薬を混ぜておいたので増えることはありませんわ」
「エクセレントよ」
ドロシーはキリッとした顔でスコット達の方を見る。
「スコッツ君、早く帰りなさい。このままお留守番したいの?」
「え、あ……はい! 社長が出た後に帰ります!!」
「今日はニック君も連れて帰ってね。後で迎えに行くから」
「アッハイ!」
ふんと鼻を鳴らして早足でリビングを出ていくドロシー。
「……」
「……」
「……俺のせいですかね?」
「さぁ……」
まるで別人のように大人びた雰囲気のドロシーを前に、スコットとニックは呆然としながら見送る事しかできなかった……
「……どう? 大人っぽかった??」
「ふふふ、そうね。大人らしさは出ていたわね、ドロシーらしさは欠いていたけれど」
「むー……」
老執事の運転する車の中でドロシーは思い詰めた表情を浮かべる。
「難しいね、立派なレディーになるのも」
「ドリーは今までが可愛すぎたものね。私はあのままでも良かったと思うのだけど」
「そうも言ってられないわ。あんな姿を見られちゃった以上はもう今までの僕では居られないのよ! お義母様のような素敵なレディーにならないと!!」
「ふふふふっ……」
昨夜の恥ずかしい失態を帳消しにするべく、ルナのような大人のレディーになると決心したドロシー。
ルナの提案した『お勉強』に臨む前に立ち振舞から変えていこうと意気込む彼女の姿に老執事もご満悦であった。
「でも、お義母様。どうしてヴァネッサの店に行くの?」
「彼女のお店には男性の扱いに慣れた子が多いから。お話を聞くだけでも凄く良い勉強になるわよ?」
「なるほど……」
「それと、男性を虜にする技術も色々と知ってるでしょうから」
「……」
ドロシーの顔が薄っすらと赤くなる。昨夜を思い返せばスコットはテクニックよりも勢いで来るタイプだ。
ならば、その勢いを御する程のテクニックを身に着ければ逆転出来るかも知れない。
「でも、それならお義母様も……」
「ふふふ、私は今でもあの人の女だから。若い男の子を満足させてあげられるほどの技術はないわ」
「本当に?」
「ふふ、本当よ。私よりもヴァネッサ達の方がスコット君の喜ばせ方を知っているわ」
「……そうね。ヴァネッサ達は色んな人のお相手をしてきたものね。色々知ってるよね」
妖しく微笑むルナの表情に何か引っかかる物を感じつつ、ドロシーはまずヴァネッサの娘達に話を聞くことにした。