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「ぬぬぬぬぬ……」
13番街区にあるホテルの一室。棒付きキャンディーを舐め転がしながらアルマは不機嫌そうに唸る。
「……きょ、今日は機嫌が悪いですね、姐さん……」
「うぬぬぬぬぬ……!」
「ふふふ……こういう荒っぽぉいアルちゃんも好きよ……マジ好み……」
部屋のベッドでは息を切らしたデイジーと、アルマと顔馴染みのホステスが下着姿で寝転がっていた。
「むあーっ!」
「ひゃああっ! も、もう勘弁してくださいー!!」
「やんっ、まだ物足りないのー? 今日のアルちゃん本当にすごーい!!」
アルマはキャンディーをバリバリと噛み砕いて二人のベッドに飛び込む。
「なんつーか、なんつーかぁー!」
「何ですか、姐さんー!?」
「なんか腹が立つーっ!」
「な、何がですかぁっ!? いい加減にオレの胸を揉むのやめてくださいよぉっ!」
「むああーっ!」
「ぎゃーっ!」
八つ当たりのようにデイジーの胸を揉むアルマ。
デイジーは涙目で抵抗するが、人間離れした身体能力を持つ駄々っ子には歯が立たず成されるがまま餌食となった。
「あーッ! サニーちゃん助けてーっ! ヘルプ、ヘルプーッ!!」
「うふふー、やだー!」
「あの野郎めー! あの野郎めー!!」
「うーん、本当に今日のアルちゃん不機嫌ねー。そんなにドロシーちゃんが取られたのがムカつくのー?」
ホステスのサニーは頬杖をついてアルマに言う。デイジーの胸を揉む手をピタリと止め、アルマはぼふっとベッドに倒れ込む。
「あ……あれ?」
「……」
「あらら、どーしたの? アルちゃん」
「ムカつくっていうか、ムカつくというか」
「つまりムカつくのねー。大丈夫? またアタシのおっぱい揉む??」
サニーは胸をぽよんと揺らしてアルマに近づける。アルマは顔を上げずに腕だけを上げてむんにゅと触った。
「やんっ、うふふー」
「なんつーかー、なー。確かにアイツはドリーちゃんの彼氏だしー? ドリーちゃんとやるのは全然いいのよー。うんー」
「……」
デイジーはシーツで身体を隠して何とも複雑な表情になる。
(……アイツ、社長みたいな子がいいんだ。へー……ふーん……)
スコットの顔を思い浮かべながら心でボソボソと呟く。別に彼に好意を抱いているわけでもないが、何故かデイジーの胸にはモヤモヤした感情が渦巻いていた。
「ふんふん……それで?」
「でもなー、なんかなー」
「顔埋めたまま喋らないでよー。可愛い顔見せて、もっとハッキリと言ってちょうだいー?」
「なんかムカつく!」
アルマは顔を上げ、くわっとした迫真の顔で言った。
「あたしもさー、結構誘ってたんだよなー! アイツのことさー! なー、デイジー!!」
「そ、そうですね」
「結構さー、あたし見た目には自信あったんだよなー! 胸は小さいけどさー! 尻と脚には自信あったんだよねー!!」
「うんうん、アルちゃんは悔しいけど超美少女よね。ムカつくくらいに可愛いしー、テクも凄いしー、滅茶苦茶男ウケいいよねー」
「だのにアイツ、あたしより先にドリーちゃんとやっちゃったんだよな! おかしくね!?」
耳をピンと立て、アルマはズバッと本音を叫んだ。
「あー……」
「いやね、ドリーちゃん泣かせたのも殺したい程ムカついたけどね! それ以上にね、アイツには女として見られてない気がしてね!!」
「それで荒れてんのねー。やぁだ、アルちゃんらしいーっ!」
初対面の時からアルマはスコットを誘っていた。
彼女にとって男と同じベッド入る事はスキンシップや遊びと同義であり、彼女なりの友好の証だ。
誘えば男は応えてくれるというそこそこ危険なスローガンを掲げていた彼女にとって誘いを断り続けてきたスコットは異質な存在だった。
そんなイレギュラーに可愛いドロシーを取られるのは、アルマとしては許容できない事だったのだ。
「うーん、確かにスコットは相当な堅物ですよね。そう簡単に女の誘いには乗らないイメージがあります」
「だろー!? アイツ本当に男!? それともアイツにとっちゃドリーちゃんしか女に見えてないの!?」
「流石にそれは言い過ぎですよ、姐さん! ほら、ルナさんにはアイツ圧され気味ですし……」
「じゃあ、あたしはルナより女らしくないってことか!? 双子なのに!!?」
「そ、そういう意味じゃないですって!」
「ふーん? あれ、スコット? そいつの名前はスコットて言うの??」
サニーはデイジーが言った名前に思い当たりがあるような素振りを見せた。
「そーだよ! スコット! 顔はそこそこ、身体は良い、性格は駄目! そんなヤツ!!」
「髪は茶髪でー、目は青くてー、身体は傷だらけだったりする?」
「そうだね。あれ、サニーはスコットの事知ってるの?」
「知ってるも何も、そいつ結構アタシらの店に来るよ?」
「「は???」」
アルマとデイジーは同じような表情になり、凄まじい勢いでサニーに顔を近づける。
「え、何? やだ、二人とも……そんな目で見つめないでっ」
「アイツが、お前の店に?」
「あ、うん。よく来るよー、ママにもすっかり気に入られてるよ」
「サニーは抱かれたの?」
「ううん、ちょっと前に胸を揉まれただけー。ふふふ、アイツが抱く子はいつも決まってるからねー。たまに他の子も混ざったりするけど」
サニーの話を聞いている内にアルマとデイジーの様子が変化していく。
(あらあらあらぁー! これは二人ともガチね! ふふふ……面白い事になりそう!!)
仕事上、他人の心情を読み取る術に長けている彼女には二人の単純思考が筒抜けであり、込み上がってくる愉悦感を堪えるので必死だった。
「その女の名前は?」
「レンっていう子。ふふん、アタシはてっきりレンとくっつくのかと思ったけどー」
「そんなに仲が良いの?」
「うん、かなりイイ感じよ。レンはうちの子の中でもガードが硬いんだけど、もーアイツにはデレデレよ」
「「へー」」
「ふふふ……二人がどんな事してるか、知りたぁい?」
「「知りたい」」
……サニーが働く店は14番街区 セカンド・ソーリンエリアにある大型ナイトクラブ。
かのマダム・ヴァネッサが経営する【ヴァネッサのお遊び部屋】だ。