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聞いた話と違うのは当たり前。お嬢様とて例外ではないのです。
「んぎゅぅぅう……」
翌日。ドロシーは自室のベッドでルナに介抱されていた。
「大丈夫? ドリー」
「ふぎゅううぅっ……!」
「ふふふ、今日は大人しくしてなさい」
「ううっ……スコッツ君たら……!」
うぐぐぐと顔を赤くしながら大粒の涙を流し、ドロシーはスコットに小言を言った。
「ああ、よくぞやってくれましたスコット様。今夜は祝杯ですな」
「うふふふ、貴方を信じ続けて良かったですわ。さぁ、紅茶をどうぞ……今日は滅多に手に入らない特別な茶葉を使用しておりますのよ」
老執事とマリアはいまだかつて無いニッコニコの笑顔でスコットを称える。
「……どうも」
仲が悪いはずの二人が満面の笑みで隣り合う異常事態にスコットは己のした事の重さを改めて実感した。
「しかし、随分とひどい顔だな……」
「ええ、ちょっと……」
しかし目出度くドロシーと結ばれたというのに、スコットの顔は青痣と引っ掻き傷だらけ。挙げ句に全身火傷で実に痛々しいものだった。
「何があったんだ? スコット君」
「あんまり話したくないですね」
スコットは虚ろな目で一際痛む頬を擦りながら今日の出来事を回想する……
『んやぁぁぁぁぁ────ッ!!』
深夜に響き渡るドロシーの悲鳴。
キュドンッ!
……続いて聞こえてきたのは何かが爆発したような音。
『ふやぁぁぁあっ!』
何があったのかはさて置き、ほぼ裸同然のドロシーは泣きながらスコットの部屋を出た。
『……だから、痛いって言ったのに』
半壊したベッドの上でブスブスと煙を立てながらスコットはボヤく。
『……でも、手加減はしてくれたのかな。一応、まだ生きてるし……』
『非童貞ェェェェェェェ────ッ!!』
スコットの部屋にアルマがやって来る。彼女の耳は鋭く尖り、目は血走って正に怒り心頭という様子だった。
『あ、あの、アルマさん……』
『お前、お前ーっ! よくもあたしのドリーちゃんをぉぉー!!』
『聞いてください……実は社長から』
『許さーん!』
『聞いてよ!?』
『うるせぇ、死ね! ボケェェェー!!』
『あぎゃああああーっ!!』
……何処から思い出しても理不尽極まりない展開にスコットは静かに涙する。
「……いいんです、わかってたんですよ。あのアルマさんが社長を泣かされて黙ってる訳ないって」
「スコット君……」
「うふふ、アル様は本当に過保護ですからねぇ。自分から色々焚き付けておいて実際にそうなると勝手に怒るんだから困りますわぁー。ねぇ、アーサー君?」
「はっはっ、本当ですな。あの過保護ぶりには私も散々苦しめられたものです」
「……俺はどうすればよかったんですかね」
「さぁ、怒ったアル様に言葉は通じませんから。気が済むまで殴られるか、逆に殴り返して押し倒して何なりとしてあげるの二択ですわねぇ」
「出来るかい!!」
頬に手を当てながらそんな事を宣うマリアにスコットは突っかかる。
「ああ見えて押されると弱いお方なのですよ?」
「やめて! これ以上、複雑な方向に持っていかないでください! 大体、そんな拗れた関係はまっぴらですよ!!」
「複雑も何も、既に貴方は奥様と裸の関係ですので最初から拗れておりますが」
「うぶふぅっ!?」
老執事の冷静な指摘を受けてスコットは喀血。血を吐きながらソファーに倒れ込んだ。
「ああっ、スコット君!」
「ああ、これでようやく私も安眠できます。長かったですなぁ」
「ええ、本当に……ふふふふっ」
使用人達はビクンビクンと痙攣するスコットを置いて笑顔でキッチンに向かった。
「あばば……っ!」
「し、しっかりするんだ! スコット君!!」
「……いっそ、このまま死なせてください……」
「それは駄目だろう!? 彼女と夜を共にしたんだから、男なら責任を取らないと!」
「ううっ……!」
「どうしてそんな辛そうな顔をしてるんだ!?」
「ニックさん……」
スコットは震える手でニックをガシッと掴み、ボロボロの顔に近づけて言う。
「本番まで……行ってないんですよ!」
「えっ?」
「途中であの人に泣いて逃げられました!!」
スコットの消え入るような告白にニックは沈黙した。
「……そ、そうなんだ」
「それなのにこれですよ……! あんまりじゃないですか!?」
「……実際はどこまで行けたんだい?」
「これから本番だってところまでですよ!」
「……オォウ」
ニックも思わず目を瞑り、心からスコットに同情した。
「ううっ、あんなに痛いなんて聞いてないよぅ……」
「ふふふ、人それぞれね。ドリーには初めての経験だったから余計に痛く感じたのかしら」
「……痛みには慣れてるつもりだったのに」
「慣れた痛みと初めての痛みは別ものよ」
ルナはベッドから動けないドロシーの頭を優しく撫でて彼女を励ます。
「後でスコット君に謝りに行きましょうね」
「……やだ」
「ドリー?」
「ううう~っ……」
ドロシーはルナの膝に顔を埋めて足をバタバタさせる。
心を決めて臨んだ筈なのにこの有様、彼女は過去最大級の自己嫌悪に身を焼かれて悶絶していた。
「今夜はどうするの?」
「……頑張る」
「お手伝いは必要かしら?」
「……やだ、僕一人で頑張りたいの」
「ふふふ、そう……じゃあ夜が来るまでにもう少しお勉強しましょう?」
それでも意地を張って何とか挽回しようとするドロシーにルナは言う。
「お勉強……?」
「そう、お勉強よ」
「……何の?」
「ふふふふっ」
ルナは唇に指を当て、ふふふと妖艶に微笑んだ。