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「……」
某日深夜。ふとスコットが目を覚ますと下着姿のドロシーが跨っていた。
「……はい?」
スコットは目の前の光景が理解できず、気の抜けた声を出す。
「……どうして起きちゃうのかな? 君は」
ドロシーは困ったような笑顔で言う。
「────はぁぁぁぁぁっ」
「しーっ」
「むごふっ!?」
「静かにしてなさい」
思わず叫びそうになったスコットの口を押さえ、ドロシーはゆっくりと顔を近づける。
「む、むああっ!」
「ねぇ、スコット君。最近の僕達はとても、イイ感じだと思わない?」
「む、むぐっ……な、何がですか!?」
「何がって……言わなきゃわからないの?」
この期に及んでしらを切るスコットにドロシーは顔を膨らませる。ぽふっと倒れ込むように抱きつき、上目遣いで彼の顔を見上げる。
「……ッ!」
頬を染めて此方を見つめるドロシーを前にスコットの顔も真っ赤に染まる。
「ほら、僕達って相性イイじゃない。お仕事の時も息ピッタリだし、プライベートでもよく一緒に居るし、同じベッドで寝るでしょ?」
「……そ、そうですね。確かに……この街に来てからずっと社長と一緒ですね」
仕事はともかく何処に行っても社長が追いかけてくるし、断っても勝手に部屋に上がり込んでくるからですけどね。
……等と正直に言うわけにもいかない彼は当たり障りない返事をする。
「……だからね」
「だ、だから……?」
「……むむむむ」
「……しゃ、社長?」
「いい加減に僕とセックスしなさい!!」
「気は確かですか!?」
迫真の表情でセックスを要求するドロシーにスコットも迫真の表情で返す。
「そろそろいいじゃない! デートだってしたし、お風呂も一緒に入ってるし、同じベッドで寝てるし!!」
「何がそろそろなんですか!? 」
「そろそろカップルらしいことしようよ!」
ドロシーは薄らと目を濡らしながらスコットに言った。
「……」
スコットは困惑した。誰と誰がカップルだと。
「ずーっと、ずーっと! まだかなまだかなって待ってるのにスコット君は何もしてくれないじゃない! おかしいよ、僕達カップルなのに! お義母様だって、先生だってもう認めてくれてるんだよ!?」
「え、えーと……」
「男なら手を出しなさいよ!!」
顔を真赤にしてそんな事を宣うドロシーにスコットの精神は更に追い詰められる。
(何いってんだ、この人! え、何!? 社長の中じゃ俺は恋人扱いなの!? どういうことだよ!!?)
ドロシーは半泣きで此方に訴えかけてくる。スコットは勝手にカップル認定されていた事実にただただ震え上がった。
(むぐぐぐっ! どうして固まっちゃってるのよ! おかしいよ! ここまで言われたら男の子はグワッと来るものじゃないの!? 話が違うよ、アルマ先生ー!!)
中々此方に手を出そうとしないスコットにドロシーはヤキモキさせられる。
スコットと違い早い段階からカップリング成立していると思い込んでいた彼女の我慢は既に限界に達していた。
「あ、あのっ、あのっ……お、落ち着いてくださ」
「落ち着けないからこうしてるのよー!」
「あわわわわっ!」
「いいからカップルらしい事しなさいー! 社長命令よー!!」
ここまでドロシーが感情を剥き出しにして異性に迫るのは今日が初めてだ。
彼女が異性に興味を持つのはスコットが最初ではない。100年を越える年月の間に沢山の出会いを経験し、恋心に似た感情を抱いたのも一度や二度ではない。
だが、ここまで本気で惚れ込んだのはスコットが初である。
「スコットくーん!!」
スコットの前ではドロシーは勘違いしたまま爆走する恋心に身を焼く100歳児なのだ。
「い、いい加減にしてください!」
「スコット君こそいい加減にして! 僕を抱きしめなさいー!!」
「こ、こんのぉおおーっ!」
「ふやあっ!」
ドロシーがあまりにもしつこいのでスコットは彼女を押し倒す。
「いくら社長でも!」
「何よ!」
「怒りますよ!」
「怒ってるのは僕の方よ!!」
スコットに両腕を掴まれ、ベッドに押さえつけられる状況になってもドロシーは怯まずに言い返す。
「……!」
ドロシーの目を見てスコットも流石に察した。
「……」
「むぐぐ……っ!」
「……本気ですか」
「……本気よ!」
思い返せばドロシーが自分に好意らしきものを向けていると思しき場面は幾つもあった。
彼女の性格からスコットは質の悪い嫌がらせだと割り切るように努めていたが、ここまで本気で訴えかけてくる姿を見せられればもう認めるしかない。
「……」
そして、そんなドロシーに惹かれている自分が居ることも。
「……社長は、したことあるんですか?」
「……」
「……そうですか」
「したことは……無いけど知識はあるよ。お義母様が教えてくれたもの」
「知識だけじゃわからないこともありますよ? その……」
スコットはドロシーの手を放す。だが彼女は逃げようとせず、そっと彼に手を伸ばして息を呑む。
「社長が想像してるよりも痛かったら?」
「……声に出さないように我慢するわ」
「……えーと、それと……」
「何よ」
覚悟を決めたドロシーに応えるべくスコットも大きく息を吸い、何かを振り払うようにギュッと目を瞑った。
「俺、手加減は出来ませんからね?」
スコットは目を開き、精一杯のぎこちない笑顔を作って正直に言う。
「だから、僕は君に決めたのよ」
そんな彼にドロシーはいつものように微笑みながら返した。
今日はルナもニックも居ない。本当に二人だけの夜。二人だけの時間……
盛大に擦れ違い続けた二人は、月明かりだけが見守る部屋でようやく一つになった。
Chapter.17「真実の愛の道は険しいもの!」 begins....