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ダディ、ママン、ケニー。お元気ですか、僕は元気です。
この街に転属してから数ヶ月が経ちました。そして数ヶ月の間、この街で暮らして思った事があります。驚かずに聞いて下さい。
僕は、この街が好きになってきました。
これが今の僕の正直な気持ちです。どうか驚かないで。ダディ、ママン、どうか引かないで……僕の頭は正常です。決して頭がおかしくなった訳ではありません。
本当に、この街に来て良かったと思える事があったんだ。
本当だよ? そりゃあ嫌な事も沢山あるさ。眼鏡恐怖症になるし、トマトスープが飲めなくなったし、毎日のように死にかけたりするけど……
ダディ、ママン、ケニー、僕はこの街で頑張っていきます……
『11番街区で起きた新動物大脱走事件から今日で三日が経ちました。逃げ出した新動物の殆どは捕獲されましたが、依然として若干数の動物が街に……』
灰色の肌をしたマッチョなニュースキャスターがこの前の事件について報せていた。
最近、街はこの事件の話題で持ちきりだ。似たような事件に俺も巻き込まれたんだけど……まさか続けて同じような事件が起きるなんて思っても見なかった。
「朝から複雑だなぁ……」
被害者は多数。何でも多くの新動物を積んでいた運び屋の大型トラックにオープンカーが突っ込んだのが事件の発端だ。
トラックに突っ込んだ男性二人は死亡、運転手も運んでいた凶暴な生き物に食べられてしまったらしい。
「そこまでして手に入れたいものなのかな、新動物なんて……」
俺には理解できないけどそれを手に入れる為なら何でもする奴が実際に居るのが現実だ。巻き込まれる人達の事なんて何一つ気にしちゃいない……ひどい話だ。
逃げ出した新動物は偶然その場に居合わせた俺たちリンボ・シティ警察と異常管理局の職員、そして民間人の手も借りて捕まえたり処理したりして騒ぎは収まった。
ああ、それと彼女にも手伝ってもらったよ。いつもみたいにね。
「おっといけない……のんびりと見ている場合じゃないな」
テレビを消して着替えを済ませ、眠気覚ましにコーヒーを飲む。
この街のコーヒーはあまり美味しいとは言えないけど、飲むと少しだけ元気になれるんだ。
ママンがいつも淹れてくれたコーヒーの味に似ているからかな……。
「……よし、今日も頑張ろう。俺にだって出来ることはあるんだ」
鍵を開けて外に出ると右隣の部屋に住んでいる山崎・ブリガンダイン・ペペさん(19歳。両性)とばったり出会った。
「んぁ、おはよー、リュークちゃん」
「あ、おはようございますペペさん」
ペペさんは仕事帰りのようで、四つの目の上二つが完全に閉じていた。彼(彼女)は目が四つもあって、両手足が半透明になっている以外はとても気さくな良い人だ。
雌雄同体で見た目は綺麗な女性に見えるけど、本人は男よりだと言い張っている。
「今日も……徹夜ですか」
「あはー……うん。仕方ないんよね、人手が足らんくて……これから寝るとこ」
「お疲れ様です。俺はこれから仕事ですよ」
「あはは、頑張ってねー。そうそう、今夜は早く帰ってくるー?」
「え? さぁ、そこまでは……どうしてですか??」
「お隣のよしみで晩ごはんでも作ってあげよと思ってー」
「い、いえ、大丈夫ですよ。一応、自炊は出来ますから」
「でも、仕事で疲れてる時に料理はキツイやろー? それに一人きりの夜とか寂しないんー??」
「え、ええと……」
ペペさんは上の二つの目も開いて不敵な笑う。この人はよくこういう調子でからかってくるから少し苦手だ。良い人なんだけどね……
「あはっ! ジョークよ、ジョーク。本気にせんといてねー」
「あ、はい……」
「じゃあ、いってらっしゃい。気をつけてねー」
軽く会話を交わした後に俺はぺぺさんと別れた。彼(彼女)は笑顔で手を振りながら見送っている……やっぱり苦手だなぁ。
引っ越してきてからずっとこの調子なんだよなぁ……良い人なんだけどね。
「おはようございます」
「おーっす、おはよー」
「おはよう、リューク君」
「ちゃんと寝てるかー? 今日も少し顔色悪いぞー」
「あはは、今日の顔色はマシな方ですよ……」
リンボ・シティ警察署に到着した俺は挨拶を済まして自分のデスクに付く。
「おはよう、リューク」
「あ、おはようございます」
すると隣のデスクのコナーさんが上機嫌で話しかけてきた。
「……どうしたんですか、コナーさん? 何だか嬉しそうですけど」
「いやぁ、大したことないさ。はははは」
「そうですか……」
「何だ、気になるのかい? 仕方ないなぁ……」
あれ? こういう感じの人だったっけ。
確か俺の知っているコナーさんは物静かで話しかけても無愛想な返事しかしてくれない仕事一辺倒な感じだったんだけど……
「コナーに恋人が出来たらしくてな」
「えっ!?」
「どうしてバラすんですか、アレックス警部!」
「いや、あんまり気持ち悪かったからつい」
「ヒドイ!」
「ど、どんな人ですか……?」
「いやぁ~……ははは、ちょっと変わってる子さ。でも素敵な女性だよ」
コナーさんは満面の笑みで言う。
周囲の皆はうんざりしたような顔で彼を見ていて、警部も若干苛立っている様子だった。
なるほど……この人は幸せになった途端にはっちゃけるタイプか。
「へぇー……」
「頭に猫のような耳が生えていてね、とても優しくて甘えん坊で……」
ん? 猫のような耳??
「ね、猫?」
「ああ、彼女は異人なんだ。でもいいんだ、愛があれば」
背筋を冷たい汗が伝う。
そういえば少し前にヒドイものを見た記憶が……確か猫耳が生えた異人の女性が彼氏をめった切りにしていたような。
いやいや、別に猫耳の異人なんて珍しくもない筈だ。この街は広いしきっと別人だろう。
「コナーさん」
「ん? 何だい、写真が見たいのかい? 仕方ないなぁー」
「その人の名前は?」
「名前から聞きたいのか、いいよ。彼女の名前はグレースだ」
……思い出したよ、ママン。
この街に来てから、悪い予感は的中するようになったんだった……何も嬉しくないよママン。
「コナーさん」
「仕方ないなぁ、見せてあげるよ……ほらこれが写真」
「その女性とは、早く別れた方がいいです」
「いきなり何を言い出すんだリューク君!?」
「いや本当に……コナーさんの命のために言ってるんですよ……」
「まさか、僕と彼女の関係に嫉妬して……見損なったぞ! 君がそんなヤツだなんて」
「リューク、少しいいか」
「あ、はい」
「待ってくださいアレックス警部! まだ彼と話が……」
俺は警部と一緒に執務室を出た。
コナーさんが今も俺の名前を呼んでいるようだが、警部は何も言わずに首を横に振る。
彼の事は忘れろということだろうか……あのドロシーさんとも何だかんだで交流のある警部が諦めるんだから相当なんだろうなぁ。
「いいヤツだったんだがな、アイツも」
「過去形ですか、警部」
「朝っぱらからあの調子で誰彼かまわず自慢されたら嫌にもなるさ。お前もそうだろ?」
「いやぁ……でも、彼女とは別れさせたほうが良いと思います」
「どうした? あいつの彼女と知り合いか??」
「知り合いじゃないですけど……少し前にヒドイものを見せられたもので」
このままだとコナーさんはグレースさんによってめった切りにされてしまう……けど仕方ないかな。そうなった時は、彼のお墓に花を添えてあげよう。
「明日もあの調子なら、記憶処置を受けさせるべきだな」
「無事に明日出勤してきますかね、コナーさん……」
「お前、本当に何を見たんだ?」
「良いんです、警部。彼の前ではきっとグレースさんは素敵な女性なんですよ。彼女との間に何が起きても、きっとコナーさんは喜んで受け入れると思いますよ」
「やっぱりお前、この街に向いてるよ」
悲しいかな、この街で色々経験したせいか……話が通じる相手と通じない相手がハッキリわかるようになっちゃったんだ。
残念な事にコナーさんは後者だ。彼の幸せを祈りつつ、そっと距離を置いていこう。
「……そういえばケニーってのはお前の弟か? それとも大事にしてるペットか? いつも電話越しに『ケニーは元気にしてる?』とか聞いてるが」
「えっ……ああ、雄のリトルドラゴンですよ。俺が生まれた時にグランマからプレゼントされて」
「は?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? グランマは魔女なんですよ」
俺の言葉がそこまで衝撃的だったのか、警部は目を見開いて暫く硬直していた。
chapter.16 「優しさは、自分のために」 end....
魔女の子ではないですよ。魔女の孫なだけで。