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「……そ、そういえばあの人、なんでウェイトレスみたいな格好してたんでしょうね」
今頃になってブリジットの服装が気になったスコットは話題を変える目的も兼ねて話を振ってみた。
「あー、あの服ね。ブリちゃんが働いてるバイト先の制服よ」
「あの人アルバイトしてるんですか!?」
「ブリちゃんの使う武器は手入れに物凄くお金がかかるのよ。毎月の給料じゃ賄いきれないからアルバイトを掛け持ちしてようやく暮らせてるんだよね」
「そ、そんなに……」
「ちょっとこの世界じゃ手に入りにくい物が必要らしくてねー、僕は足りないなら給料を上げてあげるよって言ってるんだけど本人は嫌がるのよねー」
「何でですか」
「ブリちゃん曰く『そこまでの気遣いは無用。足りない分は自分で稼ぐ』だってさ」
「はぁ……」
「頑固な奴だろー? 頭がくるくるぱーな癖して妙なところは律儀なんだよなあ」
アルマは足をぶらぶらとさせて言う。
「……で、ちゃんとアルバイト出来てるんですか?」
「一週間持てばマシな方だな。自分で稼ぐーとか言いながら、連絡が来たらバイト中でも無断で早退するからろくに続かねえのよ。今日の服も一昨日受かったばかりのバイトの制服だなー」
「駄目じゃないですか!」
スコットは彼女のような女傑を採用する命知らずなバイト先があるのかという素朴な疑問が生まれたが、敢えて深く考えない事にした。
「でも本当にブリちゃんは良い子だよ。スコッツ君のことも歓迎してくれるだろうしね」
「……あ、そうだ。あの人は俺のこと知ってるんでしょうか……」
「あー……あの時のブリちゃんはくねくねしてたからね。殆ど聞こえてないよ、多分」
「ですよね。ひたすらくねくねしてましたもんね」
「お、いい機会じゃねーか。自己紹介ついでにアイツと風呂に入ってこい! 仲良くなれるぞ!!」
「はぁ!? いやいや、そんなこと出来ませんって!」
「アルマ、スコット君をからかうのはやめなさい。まだ若くてウブなこの子に彼女の裸は毒だわ、何も出来ずに上せてしまうかも」
「……」
ルナのフォローしているのかトドメを刺しに来ているのか判断に困る台詞にスコットは沈黙する。
「大丈夫だよ、スコッツ君。恥じることじゃないから」
「やめてください社長、心が折れます」
「まーまー、安心しろ童貞」
「だからその呼び方マジでやめてくれません!?」
「手頃な女ならあたしがいるからさ! ウズウズしたらいつでもあたしの部屋に来な!!」
アルマはスコットの肩をポンと叩き、眩い笑顔でサムズアップしながら言った。
「いきなり何言い出してんですか、アンタはぁぁ!?」
「遠慮するなー、こう見えてあたしは凄いぞ!」
「遠慮しますよ! それに俺は童貞じゃないですから!!」
「嘘つけ、青臭い童貞の匂いしかしねえぞ!」
「どんな匂いだよ!」
奔放過ぎるアルマのペースに押されっぱなしのスコットはただただツッコミを入れるしかなかった。
「気をつけてね、スコッツ君。アルマはかなりの男食いだから」
「可愛い顔で男食いとか言わないでくれません!? ていうか冷静ですね、社長!」
「えー、だって僕はこう見えても」
「やめてください! 聞きたくないです!!」
「あははー、面白いなー。スコッツ君はー」
「あと俺はスコットだから! スコッツじゃねえから!!」
「ふふふ、困った子たちでしょう?」
「アンタも大概だよ!?」
スコットは常識やら何やらを軽く逸脱した三人にひたすら弄られる。
まるで女豹に囲まれる憐れなマルチーズが如くキャンキャン吠えまくり、既に男としての威厳は失われていた。
「あははー……それにしてもここまで盛り上がったのは随分久し振りだね」
「俺を弄ることで盛り上がらないでください……!」
「ふふふ、そうね。こんなに楽しく会話が弾むのはいつぶりかしら」
「お、俺は楽しくないですよ!?」
「だなー、やっぱりいいなー。若い男は元気でいいなー! 最高だなー!!」
「アンタが言うともう変な意味にしか聞こえねえよ!!」
入社半日目にして既にツッコミ役兼弄られ役としてのポジションを確立したスコット。
彼は人生で未だ嘗てない程に追い詰められていたが、未だに悪魔は知らんぷりを決め込んでいる。
「くそぅ……やっぱりこんな会社辞めてやる! 絶対に辞めて」
「皆様、お待たせ致しました。スコット様歓迎会の準備が整いましてございます」
「わーい、待ってましたー」
「ふふふ、そうね」
「よーし、おら行くぞ童貞!」
「童貞じゃねぇええー!!」
老執事に食卓まで案内されたスコットは用意された豪華絢爛、少々奇々怪々な食材が贅沢に使用されたディナーのフルコースに唖然とする。
「え、これ……」
「うふふ、さぁこちらへどうぞ。特等席ですわよ」
「えっ」
「はい、座りなさいー」
「さぁ、座って。貴方の席は此処よ」
マリアが指し示すスコットの席はドロシーとルナの間。
碌な目に合わない事を確約された素敵な特等席だ。
……逃げ出したいと彼が思った時には既に遅かった。
食卓に集まった麗しの悪鬼羅刹共は彼を歓迎する気満々だ。
それも悪感情の類は一切なく、新しいファミリーの誕生を心から喜んでいる様子で。
「……どうも」
逃げられねぇと覚悟したスコットは潔く金髪の悪魔の隣に座り、目から涙が溢れないように天を仰いだ。
「うーん、やっぱりあの子は来なかったね。電池切れかー」
「仕方ないわね。明日になったら迎えに行きましょう」
「仕方ねー奴だなー」
「……」
「さーて、後はブリちゃんが」
「すまない、遅くなった。血の汚れが中々落ちなくてな」
そこに水色の髪をストレートに伸ばし、胸元が大胆に開いた黒いドレス姿のブリジットが現れる。
「何だその服装は。童貞の歓迎にしては気合い入ってんな」
「いや、私は用意されたものを着ただけだが……彼がその新人か」
「どーも……スコットです……宜しく、お願いします」
「何で上ばっか向いてるの? スコッツ君。ちゃんとあの子の目を見て自己紹介しなさい」
「……」
スコットは全力で涙を堪えながら目線を下げる。するとわざわざ近くまで近づいてきたブリジットが彼に手を差し出し
「はじめまして。私はブリジット、ブリジット・エルル・アグラリエル。歓迎しよう、新しき家族よ。この世界を魔獣から守る為、力を合わせて共に戦おう」
「……スコット・オーランドです。宜しく……お願いします……!」
「うむ。いい名前だ、スコッツ・コーランド」
一点の曇りもない優しげな笑みでスコットを歓迎するブリジットの姿に思わず涙が溢れ、小さく咽びながらその手を握った。