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「え、えーと……その……俺は」
「苦労しているのね。僕でよかったら相談に乗ってあげるけど」
「おいやめろ、それ以上は」
「すみません、警部……ちょっと横になります」
「あれ、どうしたの? 気分でも悪いの??」
「……お前もう帰れよ」
「え、待ってよ。子作りの」
「帰れ、クソヴィッチ。逮捕するぞ」
大事な話も聞けないまま素っ気なく話を切り上げられ、ドロシーはムスッと顔を膨らませる。
「ふん、もういいよ。自分で工夫して頑張るから」
「おう、そうしろ」
「それじゃあね、警部。バイバイ」
〈めぺ~〉
ドロシーは生き残ったクリシーポスを抱いたまま立ち去ろうとする。
「おい、待て! その化け物をどうする気だ!?」
「家に持ち帰るのよ」
「はぁ!? お前、どういうつもりだ!!?」
「可愛いから僕のペットにするの。丁度、看板犬みたいな子が欲しいと思ってたところだからねー」
「……」
ニコニコ笑顔でそんな事を宣うドロシーから静かに目を逸らし、アレックス警部はサイドガラスを閉めた。
「ああ、すまんな。とりあえず応援が来るまでパトカーで大人しくしていろ」
「何、何なの、あの子……怖い……え、怖い……」
「うん、怖いね。多分、この世で一番怖い女の子だと思うよ。見た目の可愛らしさだけじゃどうにもならないものがあるっていう良い例だよ」
「……ポリスメンさん」
「何だ」
「僕、運び屋を辞めてこの街を出ていきます。外の世界で一生懸命働いて暮らします」
「正しい判断だ。でも、お前はこれから留置所行きな」
「……友達のよしみで見逃してくれたりは、しないかなー?」
「しねぇよ。あと友達にもなってないよ」
「鬼! 悪魔! 人でなし!!」
「その言葉はあのヴィッチに言え」
運転手の言葉を軽く流しながら、アレックス警部は深々と運転席にもたれ掛かる。
「……仕事熱心も程々にか、確かにそうだな」
「……警部」
「どうした、少しは元気になったか」
「恋人って、どうやって作ればいいんですか……」
「……さぁ」
何とも言えない沈痛な空気に包まれるパトカーを見て小さく笑い、ドロシーは乗り物鞄をゴロゴロ転がしてその場を後にする
「ふふふ、ルナ達も喜ぶよー。僕と同じで可愛いもの好きだから」
〈めぺ~〉
「名前は何がいい?」
〈めぺぇ、めぺぇ~〉
「そう、『メリー』がいいの。わかった、今日から君の名前は『メリー』よ」
〈めぇぇ~〉
「すんすん……うん、やっぱり。君は人を食べてないね、生まれたばかりだったのかな?」
ドロシーはメリーと名付けたクリシーポスの匂いを嗅ぐ。
クリシーポスの食性と体臭は 常食してきた餌 に大きく左右される。基本的に一度餌と認識した物以外は摂取しない為、餌付けの仕方によっては大繁殖のリスクこそ伴うがそこそこ無害な愛玩動物として飼育する事も十分可能だ。
その点から察するに、事件の発端となったクリシーポスが餌にしていたものは恐らく動物の肉である。何の動物かはあまり深く詮索しない方がいいだろう。
〈めぺぇ~〉
「お腹が空いたの? もう少し待っててね、お家に付いたら特製のエサを用意してあげるから」
〈めぇぇ~〉
心なしかクリシーポスもドロシーへの警戒を解いているように見えた。口を大きく裂かせて彼女の頬をペロリと舐め、すりすりと擦り寄る。
「ひゃあっ、くすぐったい~」
〈めぺぇ~、めぷぁっ〉
「ふふふー、駄目よ。僕はエサじゃないから」
〈めぁぁ~〉
「気をつけてね、メリー? もし噛み付いたら今夜のディナーになっちゃうよ??」
ドロシーは鞄を置いて一旦立ち止まり、魔法杖を取り出してメリーの口元にコツンと当てる。
メリーには突きつけられた杖が何なのかわからず、舌を伸ばして味を確かめた。
「こら、それはご飯じゃないよ? 僕と違って食べられないよー」
〈めぁぁぁ~〉
「あはは、可愛いねメリーは。えいっえいっ」
〈めぺぁ~、めぺぇ~っ〉
「うふふふふっ」
ドロシーは杖をコツコツとメリーに当てて誂う。
「……」
「はっはっ、これはまた可愛らしい家族が増えましたな。奥様も喜ばれますぞ」
「いや、その……あれは家族とはちょっと違うんじゃないですかね。思いっきり杖を突きつけてますけど」
「躾のつもりなのでしょう。それにしてもお嬢様の笑顔はいつ見てもお美しいですな」
眩しい笑顔でペットに杖をグイグイと押し当てるドロシーの姿に、スコットは彼女のヤバさを改めて実感させられた。
……ピーポー、ピーポー、ピーポー
聞こえてくるパトカーのサイレン音。
リュークが呼んだ応援がようやく現場に到着したようだが、彼らの目に映るのは辺りに散乱するラブリーな羊っぽい動物の死体と何者かに食い荒らされた住人の死骸……何とも状況判断に困る光景である。
「……なんだこれ」
「俺が知るか……っとあれはアレックス警部のパトカーだな。あの人に話を聞こう」
「あれ、あの子……どこかで見覚えが」
パトカーを降りた警官達は怪しい金髪美少女が謎の動物を連れて歩き去っていくのを目にしたが、全員が 何も見なかった という結論を出した。
それでいいのかと問いただしたいところだが、彼らは普通の人間だ。
「……うん、見間違いだな」
「ああ、見間違いだ」
「……」
アレックス警部のようにあの少女に気軽に話しかけるような度胸や、自分からトラブルに首を突っ込むような胆力は持ち合わせていないのだ……
◇◇◇◇
午後3時。異常管理局セフィロト総本部 賢者室にて。
「……確保された運び屋から聞き出せた情報は以上になります。彼が運んでいたのは一頭だけのようですが……」
「クリシーポスね……確かに可愛い生き物だけど、ペットにしようとは思わないわね」
「同感です。彼の話では同じクライアントから仕事を請けた仲間がまだ複数人居るようで……」
「……本当に気に入らないわ」
大賢者はティーカップを置いて小さく溜息を吐く。
新動物が運び屋の手で街の外に持ち出される案件は後を絶たない。外の世界の物好き達にとって新動物はそれほど魅力的な生き物に見えているだろう。
「……」
サチコも外の人間達の身勝手さに辟易し、小さく口元を歪ませた。
どんなに魅力的に見えても、新動物は大多数の生物にとって【脅威の侵略者】だ。場合によっては管理局ですら手を焼いてしまうというのに普通の人間の手に負える筈がない。
そうして手に余った新動物を逃した結果、大都市が壊滅した事例も一つや二つどころではないのだ。
「今月に入ってから妙に運び屋の動きが活発になってきたわね。検問を擦り抜ける新しい方法が確立されたのかしら……」
「可能性はあります。確保された運び屋は皆、外の世界の人間です。こちらでも把握できていない隠された侵入ルートが存在しているのかも……」
「情報部に連絡して侵入ルートの特定を急がせなさい。それと、養殖区域の監視と警備も強化……保護区の見回りも増員させるよう伝えておいて」
「わかりました」
サチコは徐に端末を取り出して情報部に連絡を入れる。
「……それと、彼女にも一応話を聞いてみて」
「……わかりました、大賢者様」
名前を聞かずとも彼女が誰か察していたサチコはサッと携帯を取り出し、お馴染みの情報屋に電話した。
可愛いは正義。でも警戒は怠らない。長生きの秘訣よ。