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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.16「優しさは、自分のために」
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「さて……中身は……っと!」


 アレックス警部は気を取り直してひしゃげたコンテナの隙間に警棒をねじ込み、力ずくで開けようとする。


 軋むような音を立てながらコンテナは少しずつ開き、警部は中を覗き込む。


「なんだ、この匂いは……動物でも運んでたのか?」

新動物(ニューボーン)ですかね、またモノ好きが変な生き物を持ってきてくれとか頼んだんでしょうね」

「終わった、俺の人生おーわったー。恨んでやるー、お前ら恨んでやるー」

「さっきのは冗談だよ、ちゃんと君は保護してあげるって」


 コンテナの中を目を凝らして覗く警部……すると真っ暗な内部で電球のような二つの光がぼんやりと浮かび上がる。


「何だ? 何かが……」


〈めぺぇ〉


 珍妙な鳴き声が聞こえたと思った瞬間、隙間から中を覗くアレックス警部に向かって 何か が突進する。


「うおおおっ! 何だ!?」


 驚いた警部は思わず後退り、ホルスターから拳銃を引き抜いた。


「大丈夫ですか、警部!?」

「気をつけろ、何かが檻から……!」

〈めぺぇ、めぺぇ〉

「……逃げ出してるぞ?」


 コンテナの隙間から顔を覗かせるのは、顔以外の全身を毛に覆われた動物。


〈めぺぇ~〉


 電球のように光るつぶらな瞳と、もこもこした肌触りの良さそうな毛皮を身に纏う愛らしい姿にアレックス警部は銃をしまう。


「可愛い」

「警部?」

「はっ、すまん。可愛いかったからつい……」

「まぁ……そうですね」

〈めぺぇ〉


 警部をして可愛いと唸らせるその動物は隙間から短い前足を出し、必死に外へ出ようとしている。しかしコンテナの外に出るには少し隙間が狭すぎるようだった。


「仕方ないな、出してやるか。逃さないように捕まえて貰えるか? 何ならお前が開けてくれてもいいんだが」

「わかりました、捕まえます」

〈めぺえ~、ぺえええ~〉

「はいはい、今出してやるから……なっと!!」


 力を込めて隙間を広げると、中の動物は勢いよく外に飛び出す。


「よし、捕まえました!」


 リュークは飛び出した動物を優しくキャッチし、逃さないようにしっかりと捕まえる。


「よしよーし、いい子だねー」

〈めぺえええー〉

「しかし、何だろうな……この匂い。コンテナにはこいつ一匹しか居ないみたいだが……」

「よーしよーし……って臭ッッ!!」


 100㎝程のふわふわな生き物の体から発せられる スパイシー なニオイに顔をしかめ、リュークは思わず手を離してしまう。


「あーッ!」

「おい、逃がすなって……全く」

「す、すみません! 臭かったからつい!!」

「なるほど、このニオイはアイツのか……」


 動物は短い四肢で軽やかに大地を蹴り、パタパタと走り出す。


〈めぺっ、めぺーっ〉


 その愛くるしい姿を前に、騒ぎを聞いて集まってきた観衆や、渋滞に巻き込まれて立ち往生している車の運転手も思わず頬を染めてしまう。


「こ、こらっ! 待てー!!」


 リュークは顔を真っ赤にして逃げた動物を追いかけるが、その滑稽な姿に観衆達は堪らず笑いだした。


「ははははははは! ほら、警官さん頑張れーっ!!」

「笑うなあーッ! 逮捕するぞーっ!!」

〈めぺーっ〉

「あははは、可愛いー! 動画撮っちゃお!!」

「あ、良いねー! あたしも撮るー!!」

「やめろぉーっ!!」


 リュークに追いかけられるふわふわな動物は、観衆の一人に向かって行く。


 自分の方に駆け寄ってくるファンシーな生き物を前に両手を広げ、若い異人の男は笑顔でキャッチしてあげようとした。


「はっはっは、おいでおいでー。あの警官の顔は怖いもんなー」

〈めぺぇええ~〉

「よしよーし! 捕まえ──」


〈め ぷ ぁ〉


 突然、その生き物の下顎が大きく開き、異人の男性に飛びかかる。


「あばあああああああああーっ!!」


 生き物が彼に飛びついた次の瞬間に鮮血が吹き出す。


 突然の事態にリュークは思わず立ち止まり、一部始終を遠くから見ていたアレックス警部は血相を変えて駆け出した。


「えっ、ちょっ! 何!?」

「やだ、やだ、やだ! あの人……食べられてる!!」

「ぎゃわわわわわわわわーっ! あびゃあああああああああああああああ!!」

「おい、ボーッとするな! 彼を助けるぞ!!」

「あっ、はっ! すみません!!」


 警部は再びホルスターから銃を抜き、動物に向かって発砲する。


〈めぴゃっ!〉


 弾丸が背中に命中し、甲高い悲鳴を上げて毛むくじゃらのケダモノは血塗れの男から離れる。


「畜生が、可愛いのは顔だけかっ!」


 そして警部に顔を向けた瞬間に眉間を撃ち抜かれ、そのまま地面に倒れ伏した。


「おい、しっかり……っ!」


 リュークが駆け寄った頃には男性は既に死亡しており、首筋から肩にかけて無残に食い千切られていた。


「……くそっ、くそ!」

「……駄目か」

「すみません……俺は……」

「……反省は後で聞く。今は彼を」

〈めぺぇ〉


 銃で眉間を撃ち抜かれ、力なく倒れ伏した生き物が声を発した。


「え、まだ生きてるの? あれ……」

「おい! これは見世物じゃないぞ! さっさとここから離れろ!!」


 嫌な予感が胸中を過ったアレックス警部は銃を構え、周囲を取り囲む観衆達に離れるように言うが……


「おい、可哀想だろ! 早くあの動物を手当してやれよ!!」

「そうだよ! あんな可愛い生き物に銃ぶっ放すとかヒューマンのやることかよ!?」

「そうよ! きっとお腹が空いていたのよ!!」


 目の前で人が食い殺されたというのに何故か彼らは動物を擁護する。


 確かに可愛らしい姿だが、相手は人食いの怪物だ。流石にフォローする相手を間違えていると言わざるを得ない。


 そして人が食い殺されたのに、観衆はあんまり気にしていない。


 先程救急車で運ばれた血塗れの男二人と手錠に繋がれた運転手の男に至っては、既に忘却の彼方に追いやられている。

 リュークは複雑すぎる心境を抱え、この街の異常性を改めて認識した。


「お前ら、見てなかったのか!? あのケダモノは」

《めぺぇ、めぴゃっ》


 生き物が妙に甲高い声を上げた、その時だった。


 もこんっ。


 ふわふわな毛皮に覆われた体が突然もこもこと膨らみだし、やがて綿飴が裂けるように大きな毛玉のような塊が生き物の体から分離する。


「……何だ?」

「え、何? 何??」

「何か、体から……」


 先程まで騒然としていた周囲は一気に静まり返り、彼等の視線は生き物の体から分離した毛玉に集中した。

 毛玉のようなふわふわ塊は、まるで意思を持っているかのように蠢く。やがて短い手足が生え、その毛玉は震えながら立ち上がり……


〈めぺぇ〉


 羊のように愛らしい鳴き声を上げた。


《めぴゃっ》


 そして再び聞こえた甲高い声……倒れ伏した一頭の体が再び膨らみ、新しい毛玉を生み出した。


「警部……」

「いいか、お前はパトカーに戻れ……俺はあの運転手を逃がす」

《めぴゃっ》


 警部は銃を構えながら大きく息を吸い……


「皆、今すぐここから逃げろおおおおお!!」


 観衆に向かって大声で叫んだ。


このエピソードに出てくる怪物も夢に出てきたクリーチャーが元になっています。

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