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「ヴェアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ウヴォァアアアアアアアアアアアアアア!!」
二人は衝突と同時に車外に放り出され、絶叫しながら道路を血塗れで転がりまわった。
「おいコラァァアアアアアアアア! 何! 何してんの!? なぁ、何やってくれてんの!!?」
トラックの運転手である茶髪の男は声を荒げて車から降り、アレックス警部とリュークは予想外の事態に目を丸めながら硬直していた。
「……」
「……」
「てめーらだよ、てめーら! おら、起きろ! ふざけやがって、どうしてくれんだよコラァ!!」
血みどろで横たわる二人の男に向かって叫ぶ。当然、男達に意識は無く、運転手がどんなに罵詈雑言の嵐を投げかけようとも微動だにしなかった。
「……はぁ」
車の往来が激しい交差点で発生した悲惨な交通事故。当然ながら瞬く間に渋滞が出来てしまい、警部は重い溜息を吐きながらパトカーを降りた。
「大至急、救急車と応援を呼んでくれ」
「わかりました、警部」
「本当に楽しい街だろ? な??」
「もしもし……あ、ジャモーさんですか? 応援をお願いしたいんですが」
アレックス警部は若き部下の成長に何とも言えない心境を抱えつつ、気を取り直して事件現場に歩を進める。
「このクソ野郎共が! マジでふざけんなよ、ボケカスゥ!!」
例の運転手は今尚激昂しながら血みどろの男達を罵倒しているが、その怒りっぷりが尋常ではない。
「お前ら本当にふざけてんのか! 脳みそ湧いてんのか腐ってんのかそもそも詰まってねえのか! どうやったらトラックのケツに突っ込めんの!? そういう趣味なの!? アブノーマル&アブノーマル過ぎんだろ! いやマジでマジで、ああもうファックファックファック! ホンッッット、このイカレ脳みそウ○コ野郎共が! 聞いてんのか! おい、聞いてんのか!? ガキに踏まれた犬のマキグソみたいな面しやがって! 何だよお前ら、狭い車で二人仲良くハイになりやがって、ホモなの!? おホモダチなの!!?」
余程切羽詰まっていたのか、瀕死の二人がそこまで憎いのか、それともその両方か。
運転手は顔を真赤にしながら歯に衣着せぬ怒涛のマシンガン罵倒で責め立てる。
「こんのくっそ野郎共がぁ! ふざけんなよこの……」
「はいはい、落ち着いて。とりあえず深呼吸して」
見兼ねたアレックス警部がポンと運転手の肩を叩いた。
「あぁ!?」
「今日は災難だったな。気持ちはわかるが……ここはコイツらが馬鹿だったということでな? 今は落ち着こうじゃないか」
「……チッ!」
「はいはい、とりあえず少し話を聞かせて貰えるかな?」
「は!? 俺が何したっていうんだよ、安全運転してたじゃん? 超模範的な安全運転だったじゃん? 車の中でも信号渡るときは右見て左見てもっかい右見ちゃうくらいだよ? なぁ、本当に怒るならこのビチグソ男色フレンズだけにしてくれよ。今日だけでも色々ギリギリなんだよ、頼むよ警察さん頼むって。アンタがソッチなら仕事終わった後にケツ貸してやってもいいからさ、今は見逃してくれよ頼むよ」
「すまんな、俺は世帯持ちでソッチじゃないんだ。まぁまぁ、落ち着いて深呼吸しようか」
「スーハースーハー、深呼吸したよ。もう落ち着いた、クリアでベリーピュアなマインドを取り戻したよ。だから行っていいよな?」
「その前にトラックの中身だけ見せてくれないか?」
アレックス警部の言葉に運転手は目を見開く。
そして激しく追突され、大きくひしゃげてしまったトラックの荷台コンテナに目を向ける。その反応を見て警部は直感した。
『コイツはヤバイものを運んでいる』と
「ん、ん~?」
運転手は目を泳がせながら珍妙な声を出す。
「見せてもらってもいいかな?」
「いやぁ、何にも怪しいもの乗っけてないよ? ボクはただのしがないトラック運転手だーよ」
「そうかー、頑張れよー。とりあえず見せてもらうから、大人しくしてなさい」
「いやー、だから何も怪しいもの……って何で手錠かけんの? やめて、拘束しないで! こんな人目のつくところで何をする気なの!? 警官が人前で堂々とアブナイ性癖をさらけ出していいの?!」
「お前、運び屋向いてないよ。コメディアン目指すべきだよ」
警部はさり気なく運転手に手錠をかけ、トラックのサイドバンパーに繋げて動きを封じる。
そして問題の荷台コンテナに近づくが……
「アーッ! アーッ! アアーッ! ダメエエエーッ、開けちゃダメエエエエエーッ! 殺されちゃうから、俺殺されちゃうからあああーっ!! 」
「安心しろ、お前の身柄は俺たちが確保するから。物によっちゃブタ箱行きだがな」
「おねがーい! 何でもするからあああーっ! 運んだ後なら捕まえてくれてもいいから! だから開けないでぇええええええーっ!!」
涙目で取り乱す運転手の姿を切なげな瞳でリュークは静観していたが……
「君も、苦労しているんだな……」
彼なりに生きていく為に苦労しているんだろうなと同情し、リュークは運転手の肩を優しく叩く。
「お前……わかってくれるのか」
「わかるさ、同じ人間だもの」
「警察さん……ッ!」
「ところで依頼主は人間? それとも異人? それとも人の皮を被ったブタ野郎かな?」
「人間……かな。うん、俺が聞いた話だと……待って。待って、待って今の無し。今の無し!!」
そして運転手からさり気なく情報を聞き出す。
「警部、依頼主は人間だそうです。多分、外の人でしょうね」
「だろうな。この街に住んでる奴は、わざわざ偽装したトラックで物を運ばせようとしないからな。だがレクシー運送サービスに扮したのは馬鹿だったなぁ」
かつてはこの街と外の世界とのギャップに戦慄して縮み上がるだけのルーキーだった男が、いつの間にか涼しい顔で誘導尋問を引っ掛けられる程に成長していた。
本人に自覚はないが、かなりこの街に毒されてきたようである。
「違うから! 違うから、今のはね!!」
「大丈夫、大丈夫だって。誰も君を責めたりしない、生きるためだったんだから」
「いや、その……」
「だからこう考えてみよう。中身を見たのがバレても、同じ人間に殺されるならまだマシだって」
「何言ってくれてんの、お前ぇぇえええええー!?」
リュークが穏やかな笑顔で発したおよそ警官らしからぬ台詞に運転手は思わず声を荒げる。
「お前ふざけてんのか!? 人の命を何だと思ってんだコラ!!」
「猫耳生えたヒステリックな彼女に延々と首を切り飛ばされるよりはマシじゃないか。どんな形でも……同じ人間に最期を看取って貰えるのは、人としてとっても幸せなことなんだよ」
「助けてー! 誰か助けてぇーっ! このポリスメン、どこか変だよぉおおーっ!!」
ピーポー、ピーポー、パーポー
運転手の悲痛な叫びは駆けつけた救急車のサイレンによって掻き消される。事件の原因となった血塗れの男二人は救急隊員によって運ばれ、騒ぎを聞きつけた住民達が続々と集まってくる。
「おいおい、何だよ? この騒ぎは」
「事故ですって……ほら、あのトラックに車が追突したみたい」
「運転手さんも気の毒だなー、でも何で手錠かけられてんだろ」
「ヤバイもんでも運んでたんじゃね?」
何も知らない観衆達は和やかに談笑しているが、渋滞に巻き込まれた方々はとてもとても不機嫌そうにトラックの運転手を睨みつけていた。
「はぁ……嬉しいね。今日も大勢の観客に見守られながら働けるなんて」
徐々に周囲が賑やかになっていくのをアレックス警部は溜息混じりに見つめながら、金髪のクソビッチが観衆に混じらないようにと静かに祈った。