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捨てるのに丁度いい所があれば何でもポイしたくなりますよね
「今日は本当にいい天気だな。もう冬が近いのに、暖かくて過ごしやすいもんだ」
「本当ですね……」
「どうした? リュークは天気なんて気にしないのか?」
パトカーの運転席で穏やかな表情を浮かべ、アレックス警部はリューク刑事に今日のお天気の話をする。
「いえ、そういう訳じゃなくてですね……警部、気をしっかり持ってください」
しかし話を振られたリュークは切ない顔で現状から目を背けぬよう警部を諭した。
「じゃあこの話はどうだ? ある日、ボブは帰り道に」
「警部、やめてください」
「ボブが空を見上げるとだな、空から眼鏡を掛けた金髪MAGICALクソヴィッチがな」
「警部! いい加減こっちに帰ってきてください!!」
〈めぺ~ぇ〉
そんな二人のパトカーの周囲を、羊に似たふわっふわな毛で覆われた生物が群れを成して徘徊していた。
〈めぺぇ~、めぺぇ~〉
大きさは100㎝未満から140㎝と疎らで顔は黒い体毛に覆われ、不気味に発光する電球のような二つの眼と緩い楕円を描く口だけがある。
その口からは白い口腔が覗き、口元には血痕がべっとりと付着していた。
「ああ、大丈夫だ。しっかり正気だよ」
「状況把握してます? 大丈夫ですか??」
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……」
「警部?」
「ああくそ、コイツらやっぱり数が増えてやがる……」
この珍妙な羊めいた生物は、違法な運送業者がトラックで輸送していたものである。
運転手はこの生物の危険性について全く知らなかったらしく、言われるがまま荷台に積み込み何処かに運んでいたのだろう。
〈めぺ~、めぺぇえ~、めぺぇえ~〉
「なんだろうな、この聞けば聞くほど嫌になるくっそムカつく鳴き声は。羊ってこんな声だったか?」
「警部、羊は人を食べません。あと食っただけで増えたりもしません」
羊に似た姿をしているこの動物の名は【クリシーポス】
その毛皮は羊毛の代わりになり、その肉も美味で有用な家畜動物として親しまれている新動物の一種だ。
クリシーポスには雌雄の区別はなく、ただ餌を食べているだけで繁殖する。僅かな飼料で飼育でき、その数を増やすのも容易である為 リンボ・シティで重宝されている。
問題はクリシーポスが主な栄養源としているのは動物性タンパク質であり、それを含んでいるものなら何でも摂取してしまうという点にある。
幸いな事に同族は餌として見なされず、共食いは滅多に起こらない。
「弾はまだ残ってるか?」
「あと2マガジン程……拳銃弾ですが」
「羊の数はざっと……三十匹か。キツイな」
〈めぺ~、めぺぇえ~、めぺ~ぇ〉
「最初は1匹だけだったんですけどね……どうしましょうか」
「応援が来るまでとりあえず車の中で待つしかないな」
〈めぺぇぇ~ぇ〉
羊のように可愛らしい……ようで絶妙に神経を苛立たせる鳴き声を発しながらクリシーポスの群れは警部達が乗るパトカーの周囲をぐるぐると回っている。
「……お前、羊肉は好きか?」
「嫌いです」
「そうか、残念だな……シチューにすると美味しいよ? ガキの頃に食べたジンギスカーンも中々……」
「あの光景を見てよく肉の話できますね、羊っぽいファンシー生物が群れを成して人に食らいつく光景なんて軽くホラー映画のワンシーンですよ。しばらく肉食えませんよ……」
「慣れろ、それしかない」
〈めぺぺぇえ~、ぺぇ~、めぺ~ぇ〉
「……」
「……はぁ」
アレックス警部は大きく溜息を吐いてハンドルにもたれ掛かる。状況を打破する目処が立たず、リュークも頭を抱えてどうしてこうなったのかを思い返していた……
30分前、リンボ・シティ12番街区の大通りにて
「今のところ目立った異常は無し、長閑なもんだ」
「あの、4番街区を通った時に空から悲鳴が聞こえた気がするんですが」
「そうか? 俺には何も聞こえなかったが」
「あと11番街区を通った時にアパートから発砲音らしきものが」
「ああ、家賃滞納する不届き者に大家さんがキレたんだろ。11番街区のポポさんだよ、知らないのか?」
「……13番街区で」
「あのクソヴィッチのことは忘れろ、いいね?」
警部の運転するパトカーに同乗するリュークは微妙な心境を抱えていた。
リンボ・シティと外界との計り知れないギャップに驚かされ、それについて同僚に質問しても返ってくる言葉は『慣れろ』だ。
アドバイスのアの字もない諦観に満ちた一言に目頭を抑え続けて早一ヶ月。この街の暮らしにもすっかり慣れてきた彼は、最近とある事が気になるようになった。
「これからも時々、異界門の向こうから新しい異人が送られてくるんでしょうね」
「……だろうな」
「外の人たちは、それでも彼らをこの街に押し込めておくつもりなんでしょうか……」
街を歩く異人達を見つめながらリュークは呟く。
外の世界で開いた異界門から現れた異人は半ば強制的にこの街に送られる。外の世界の人間達にとって異人の技術や知識は有用だが、異人種そのものに対して良い感情を持つ者は少ない。
此処は特別優れた技術や知識等を持たない【異界の一般人】を捨てていく場所としては正にうってつけの場所でもあるのだ。
「ぶっはっ! はっはっはっ!!」
アレックス警部は大声で笑う。彼は不安にかられるリュークに自信に満ちた声で返す。
「馬鹿だなぁ、異界門は何処にでも開くんだ。それは彼らが何処にでも現れるってことだよ。一々、異人だー! 異人だー! と騒ぐだけ馬鹿を見るだけだ」
「……」
「それに外の奴らもそのうち気づくさ、彼らも自分たちと同じ人間だってな」
幼少期からこの街で育ってきた、アレックス警部だからこそ言える返事。その言葉を聞いてリュークは苦笑いした。
「まぁ、気づけなかった場合はあれだな」
「どうなりますかね?」
「聞きたいのか?」
「ははは……今は、遠慮しておきます」
「はっはっ、悪いことは考えないに越したことは無いからな……ん??」
警部達が乗るパトカーの前を、一台の大型トラックが通りかかった。
一見すると何の変哲もない運送業者用のトラックだが、その荷台コンテナに書かれているロゴマークが彼の注意を引いた。
「あのマークは……レクシー運送サービスの?」
「どうしました? 警部」
「妙だな……」
「有名な会社ですよ? この街に支店があってもおかしくは
「リンボ・シティに支店はない。社長が生粋の異人嫌いで有名だからな」
警部はパトカーを出し、先程のトラックの後を追う。サイレンは鳴らさず、下手に距離を詰めすぎないように気を使いながら尾行する。
「なぁ、もしあのトラックの荷台にヤバイものが積まれているとしたら……何だと思う?」
「……」
「爆弾や毒ガス兵器だったら、大事だろうな」
「いやいやいや、落ち着いてください警部。考えすぎです」
「でもな、もっとまずいものだったら?」
「あの……」
トラックの運転手は後ろをつけてくるパトカーに気づかずに道路を走行していた。
交差点に差し掛かり、大型トラックは速度を落として左折しようとした……その瞬間だった。
「イィィィイイイイイヤッフェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!」
「オゥ、イェア! イェアイェアイェア! イィィッツ・ソォウ・COOOOOOOOOOOOOOOOOOOOL!!!」
大音量でロック調の音楽を鳴らしながら、一台のオープンカーが道路を突っ切ってきた。
車を運転しているのはノリに乗っているドレッドヘアーの男性と、彼の友人であろうソフトモヒカンの異人。車は目の前の赤信号など知るかと言わんばかりに直進し……
────ズゴンッ!
例の大型トラックの荷台コンテナにフルスロットルで突っ込んだ。