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血液のシミを落とすには、炭酸水とレモン汁を使えばいいらしいです。
「そうして言葉の通じぬ畜生共を我が一族が磨き上げてきた奥義で成敗して」
「やめて! 聞きたくない! もう聞きたくない!!」
「運良く生き残っていた運転手に剣を突きつけ、この部屋に通じる道を作れる建物まで案内してもらったのだ。安心しろ、その運転手は口封じに苦しまぬよう始末した」
「始末しないであげてぇぇぇえー!!」
スコットは血に染まった姿で淡々と血腥い話を続けるブリジットに涙目で訴えかける。
「わー、酷いー。そんなやり方は騎士としてどうなのよ」
「……うむ、流石に反省している。あのような殺し方は騎士として失格だ……次に同じ目に遭った時は気をつけよう」
「同じ目に遭うこと前提ですか!? もうちょっと自分を大事にしましょうよ!」
「まー、乳女は脳味噌までオッパイで出来てるからな! いつまで経っても学習出来ねえんだよ!!」
「うるさいぞ、子うさぎ。うさぎはもう少し成長しろ、まるで背が伸びてないではないか」
「はぁぁぁぁん!?」
「ブリジット、早くお風呂で体を洗ってらっしゃい。部屋に血の匂いが残ってしまうわ」
「……申し訳ありません、ルナ様。少し浴室をお借りします」
ブリジットはルナに頭を下げ、ペタペタと音を立てて浴室に向かった。
「いつかあの乳をもいでやる」
「……何か、気分が悪くなってきました」
「大丈夫? スコッツくん」
「あの人、ちょっと頭がおかしいんじゃないですかね……」
「少し頭のネジが飛んじゃってるけど良い子だよ」
「……」
スコットは涼しい顔でそんな事を言うドロシーを見て彼女の異常性を改めて痛感した。
「あの子も過去に色々あってね、ちょっと心が壊れちゃってるのよね。あれでも随分マシになったんだけど」
「あれでマシなんですか!?」
「ちゃんと話が通じるし、通行人に襲いかからないし、アーサーを憧れの人と思い込んで『領主様』と呼ばないだけマシね」
「本当ね。あの子がちゃんとした言葉が喋れるようになった時には感動したわ」
「あー、昔のアイツは面白かったなー。今はムカつくから嫌いだが」
「アルマは言葉が通じない時のブリちゃんとは仲良かったのよねー」
和やかな空気になりながら闇の深い会話でほのぼのするドロシー達にスコットはドン引きする。
やはり彼がこの部屋に来た時に感じた『こいつらやばい』という直感は正しかったのだ。
「……まぁ、今更か」
「? どうかした?」
「いえ、何でもないです。そっとしておいてください」
「そういえばブリちゃんは来たけど、あの子は来てないのねー」
「そうね、ちゃんとマリアが電話を入れたのに」
「そうだなー、アイツも来てほしいな。せっかく童貞が増えたのに」
ふとドロシーがまだ姿を見せないファミリーの事を言い出す。
「あの子?」
「僕のファミリーよ。まだ君に紹介してない子がいるの、君と同じ外の世界出身の子なんだけど」
「……どんな人なんですか?」
「面白い子だよ」
「ふふ、そうね。面白い子よ」
「うん、面白いな。アイツは」
三人が口を揃えて『面白い』と評するまだ見ぬファミリーの一人にスコットは多大な不安を抱いた。
「うーん、ひょっとすると電池切れかもしれないね」
「え、電池切れ?」
「あー、かもしれねーな。あいつ燃料補給するのが今でも苦手らしいし」
「ね、燃料? ちょっとその人は人間なんですよね? 俺と同じ外の世界出身って……」
「そうだよ、外の世界出身。スコッツ君みたいに偽の求人情報に乗せられてこの街に来て、怪しい人たちに捕まって全身を好き放題」
「すいません、ごめんなさい。その辺で勘弁してください」
ドロシーの説明からその人物の境遇に感情移入してしまったスコットは思わず顔を両手で覆う。
「安心して、その子はもう元気に暮らしてるよ」
「今の話の何処に安心できる要素があったんですか」
「今が良ければオールライトよ。辛く苦しくえげつない境遇にあっても今が良ければ人間は立ち直れるんだよ」
清々しい表情でサムズアップしながら宣うドロシーにスコットの精神はガリガリと削られていく。
「でも歓迎会が始まっても来なかったら明日に様子を見に行こうか」
「そうね、あの子の部屋にはいつでも行けるものね」
「寝てるだけかもしれないしなー」
「……」
ファミリーの一人と言いながら社員への対応が割と適当な三人を前に、スコットは自分の行末を本気で心配する。
もし自分の身に何かが起きてもこうしてお茶を飲みながら放っておかれるのではないかと。
「ああ……不安だ。俺はこれからどうなるんだろ」
「大丈夫、安心して。貴方のこれからは楽しい出来事で一杯になるわ、スコット君」
「……不安しかないですよ!」
「ふふふ、それでも不安なら私の部屋にいらっしゃい。慰めてあげるから」
「ふぁっ!? ちょ、ちょちょちょちょ……いきなり、何を言い出すんですか!!?」
青い宝石のような瞳を煌めかせ、まるで誘っているかのような眼差しを向けるルナに心を乱される。
「ルナくーん? 新人君に何言ってるの?」
「ふふふ、冗談よ。本気にした?」
「……ぜ、全然! 冗談だと思ってましたよ!!」
「甘いな、童貞。ルナの冗談は本気って意味だ。今夜、お前のベッドに忍び込んでくるぞ?」
「へぇあ!?」
「アルマせんせー? これ以上、新人君をイジるのはやめてくれなーい?」
「あははは! 冗談だぜ、童貞ー! 本気にすんなって!!」
あはは、うふふと愉しげに笑う二人を見てようやくスコットは彼女たちが双子である事を受け入れた。