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このラストは最初から決まっていました。
リョーコから送られた情報の通り、体内で孵化した幼体は母体の心臓部に癒着する。
そして母体の遺伝子情報を読み取り、体内で母体となった生命体の構造を模擬した肉体に成長していく。
寄生してから4時間30分で【亜成体】と呼ばれる形態にまで成長し、体内から背中を突き破って誕生する。誕生した直後の亜成体の大きさは60cm程だが、僅か30分で3倍もの大きさの【成体】に急成長する。
だが亜成体に成長しきっていない状態で母体が死亡する(=心臓が止まる)と寄生している幼体も死亡してしまう。
故に体内で亜成体になるまでの間、彼は母体の生命を維持するためにあらゆる手を尽くす。
怪我をすればその箇所に肉体の一部を融合させて治療する。キャロラインの負傷がすぐに塞がったのも体内の幼体のお陰だ。
時間が経って幼体が成長していくにつれてその治癒力は強化されてキャロラインは死ににくくなる為、ドロシー達は迅速に彼女を処理する必要があった。
キャロラインに寄生していた悪魔の子はエイトの助力もあって徐々に成長し、後は生まれ出るのを待つのみ……というところで予想外の事態に見舞われる。
魔法使いの攻撃で、幼体の頭部を含めた中枢系の大部分が破壊されたのだ。
生命力の高さが災いし、幼体は頭部を破壊されても肉体のみで生命活動を維持していた。
司令塔を失って混乱した肉体は触手状に分離し、体内を這い回る間に偶然キャロラインの神経系と融合、彼女を新たな司令塔とする事で沈静化。
触手の魔人とは31人目のキャロラインが自分に寄生していた生物と融合し、一体化して誕生した奇跡の新種だったのである……
「本当に、長かったのよ。あの後に何があったか、話しても話しきれないくらい」
黒い触手の魔人は今年になって突然現れたのではなく、最初からドロシー達の傍に居た。
人としての姿を失った彼女はキャロラインとして生きる事はできず、姿を変えて黒い奇婦人として街に潜んだ。
そして愛する家族の墓前に花を添えながら80年間、彼と再び出会える日がやって来るのを待ち続けていたのだ。
「キャロライン……俺、俺は────」
自分の気持ちが整理できずに言葉を詰まらせるエイトをキャロラインは優しく抱き締める。
彼女の体はもう人ではなくなってしまったが、その胸から伝わってくる鼓動はキャロラインがまだエイトの事を想い続けていることを言葉なしに伝えていた。
「もう、ずっと年上になって……化け物になっちゃったけれど」
「……」
「私の人生、貰ってくれる……?」
「俺で、いいのか? 最低の男なんだろ? それに、俺は今まで……」
「私もそうよ、今日まで生きるために何でもしてきたの。でも後悔はしてないわ……私が、自分で選んだことだから」
エイトが顔を上げると、キャロラインは笑っていた。
その顔を見てエイトは思った……人の姿を失っても、彼女はとてもとても美しいと。
「……ははっ、強いなぁ」
「あなたの答え、聞かせてくれる?」
「言わなきゃ、駄目か?」
「言いなさいよ。それが聞きたくて私は80年待ったのよ?」
「はっはっ……」
エイトは立ち上がり、彼女の顔を見ながら照れくさそうに呟く。
「俺もお前が好きだ……キャロライン」
その言葉に、キャロラインは満面の笑みで応えた。
キャロライン・マッケンジー。恐らくは世界で最も数奇な運命を辿った人物の一人。
残酷な運命に翻弄され続けた彼女は、長い時を経てようやく愛する彼の元に帰還した。
カラーン、カラーン、カラーン
そして二人を祝福するかのように、何処かから聞こえてくる鐘の音。
「ほらね、やっぱり奇跡が起きてたわ」
街の喧騒をファンファーレ代わりにして、マッケンジー家の墓前で抱き合う二人を少し離れた場所からドロシーとスコットは見守っていた。
「……これを奇跡と呼んでいいんですかね」
「これを奇跡と呼ばずになんて呼ぶの?」
「どっちかというと……神の悪戯というか、そんな感じの滅茶苦茶たちの悪いやつですよ」
スコットが発した本心からの一言に、ドロシーはキョトンとした。
「神の悪戯?」
「だって、そうでしょ? 今回の彼女は救われましたけど、今までの彼女は死んでるわけじゃないですか。それに沢山の人を巻き添えにしてるんですよ? 酷すぎません??」
「そうだね」
「いやもうこれは悪戯どころか純然たる悪意を感じますよ」
「うーん、確かにね。流石の僕でもちょっと思うところはあるねー」
「社長もそう思いますよね? 本当に神様ってやつは」
「ふふふ、スコット君は本気で神様を信じているのね」
ドロシーの一言に今度はスコットが呆気に取られた。
「……はい?」
「別にいいんじゃない? 神様を信じるのは個人の自由だし。何だかんだ言いながらスコット君は信心深い男の子って事ね」
「何ですか、急に。別に俺は信じてるとかそういうのじゃなくてですね……」
「でも自分の理解が及ばないものを見ると神様がどうとかーって言っちゃうよね? それはつまり『神様ならこうする』と信じてるって事でしょう??」
「……」
「ふふ、ほらね」
ドロシーはそう言って、スコットに背を向けてスタスタと歩き出す。
「ちょっと、何ですかそれ! 言ってる意味がよくわかりませんよ!?」
「わからなくていいのよー、信心深き者はいつか救われるわ。あの子のようにね」
「いや、おかしいですよ!? あの子って……救われるまで何回死なされてるんですか!」
「あの子はまだ一度も死んでないよ……それにね」
意味深な沈黙の後、ドロシーはくるりと振り向いて言い放つ。
「終わりよければオールライトよ。彼女が掴み取ったハッピーエンドに、僕達が文句をいう資格はないわ」
「……」
「さぁ、お腹が空いたしタクロー君の店でお昼にしましょう」
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ
ドロシーなりに諦めがつく結論を出し、タクロウの店に寄ろうとしたところで携帯が鳴り響く。
「ハーイ、もしもし。私よー」
『ドリー、もうわかっていると思うけれど。実は』
「触手の化け物のことなら、心配いらないよ」
『? どういうこと?』
「彼女は自分の居場所に戻ったわ。非常警報はもう止めていいよ」
『ちゃんと、説明しなさい?』
「んーとね、実は私もちょっと納得しきれないものがあるの。でも深く考えると嫌になるからこの話はもうお終いにしましょう? 叔母様も疲れてるでしょ??」
『ドリー??』
「ただ一つ言えることは、私達は最初から間違えていた。それだけよ」
ドロシーはそっと通話を閉じ、『嫌になるわ』と心でボヤきながら溜息を吐いた。
余談だが、エイトが選んだ花はハナミズキ。その花言葉は永久に続くもの、返礼、逆境にも耐える愛……
そして、『私の想いを受け止めてください』
キャロラインが家族の墓前に添えていた花はピンク色のスターチス。その花言葉は途絶えぬ記憶、永久に朽ちぬもの……
そして、『私の想いは変わらない』