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魔法使いと武装した警官隊が玄関ドアから屋敷内に突入する。
「急げ! もう時間が無い!!」
少し間を置いてリビングの壁に空いた穴からも数人の魔法使いが侵入。
その一人は最初にキャロラインと遭遇し、彼女とエイトが出会う切っ掛けを作った褐色肌の魔法使いだ。
「対象を、発見しました……!」
彼は血塗れでソファーにもたれ掛かるエイトを発見し、杖を構えて慎重に歩み寄る。
「彼女は、何処にいる?」
「……家に、帰っちまったよ」
「え?」
「80年前の、自分の家に帰ったよ。不思議な時計を……使ってな」
「な、何!?」
再びエイトの意識は朦朧とする。
「ははっ……来年になったら、わかるさ」
「おい、何があった!? しっかりしろ!」
褐色の魔法使いは必死にキャロラインの居場所を聞き出そうとするが、瀕死のエイトはうわ言のように支離滅裂な返事をするだけだった。
「何だよ、アイツが気になるのか? はっはっ……駄目だぜ、駄目だ」
「おい、彼女は何処にいる! 彼女は……!!」
「アイツは……もう、渡さねえよ。俺の……」
「おいっ!!」
エイトの意識はそこで途切れた。
魔法使いと警官は屋敷内をくまなく探し回ったが、ついにキャロラインを見つけ出すことは出来なかった。やがて時刻は午後3時を迎えたが……
悪魔の子が、その産声を上げる事はなかった。
2028年11月15日 午後3時、80年も続いた史上最悪の獣害事案【マッケンジー家獣害事件】は静かに幕を下ろした。
三人を除いて、誰にも真実を知られぬまま……
◇◇◇◇
「う……」
意識を取り戻したエイトの目に映るのは、殺風景な部屋の天井。
小さな染みが散見される天井に寂しく吊るされた照明ランプの灯りが目に入り、彼は顔をしかめた。
「ここは……」
「あら、ようやくお目覚め?」
誰かの声に釣られて、視線を横に逸らすと煙草を咥えてオフィスチェアに座る白衣の女性の姿があった。
「普通なら死んでるはずなんだけどね、アンタ」
白衣の女性、ブレンダは意識を取り戻したばかりのエイトの顔を気怠げな眼差しで見つめていた。
「誰だ、アンタ」
「お医者さんよ、見ればわかるでしょ?」
「わかるかよ……ここまで死んだ目をした医者なんて見たことねえ……」
「天使を迎えるつもりが、死に損なった血だるま男を押し付けられたら誰でもこんな目になるわ」
ブレンダはポケットから取り出したマッチで煙草に火を点ける。
「今……何日だ?」
「11月16日、アンタがベッドの上で寝かされてから丁度丸一日経ったところ」
「……俺は、どうなった?」
「ふー……、めでたく天国行きだったところをどこかのチビ眼鏡に邪魔されて この世に引き止められたのよ」
「……」
「……で、私からも聞きたいんだけど。その傷をどうやって塞いだの?」
ブレンダの言葉にエイトは困惑した。
「……お医者様のアンタが治療してくれたんじゃないのかよ」
「いいえ、私なら見殺しにしてたわ」
「おい」
「パッと見ただけで8箇所の銃痕。内2発が肩甲骨をぶち抜いて肺に命中、腎臓と膵臓に1発ずつ、2発が脇腹貫通、1発が肩骨に突き刺さって」
「……」
「ま、普通の人間なら死んでるわけよ。私が診る前にね」
警官の銃撃でエイトは致命傷を負っていた。だが、体中の銃痕は何故か塞がり、体内に残された銃弾も吐き出されるようにして排出された。
ブレンダがした医者らしい仕事と言えば止血と輸血、そして応急処置くらいのものだった。
「で、それがアンタの中にあった銃弾ね」
ブレンダはエイトのすぐ隣にある器械台に置かれたトレーを指差す。そこには血と肉で塗り固められた銃弾らしき塊が乗せられていた。
「……捨てろよ、こんなの」
「ま、暫くは寝てなさい。傷はともかく、今のアンタには血が足りてないのよ」
「……ぐっ」
「体が痛む? 我慢して、傷の痛みは怪我人の勲章みたいなものよ」
「……ありがたくねぇ勲章だな」
「そんな事言うと即死した人に祟られるわよ?」
ブレンダは皮肉げに笑いながら言った。
彼女の顔にエイトは既視感を覚えたが、敢えて考えない事にした。それに今は体を蝕む傷の痛みよりも気になるものがあったのだ。
「……アイツは」
「どいつかしら?」
「キャロラインは、どうなった?」
「私が知りたいくらいだけど??」
「いや……」
キャロラインは過去に戻った。だが、エイトだけは知っている……この時代の彼女の姿を。
人の姿を失いながらも自分達を守り続けた 80年後のキャロライン を。
「ぐ……っそっ!」
「まだ動いちゃ駄目よ、今度こそ死ぬわよ?」
「こんなもん、どうってことねえよ!!」
「もう一度言うわよ? 動かないで」
「アイツが、待ってるんだよ!!」
「ハァ……小夜子、止めなさい」
ブレンダが誰かの名を呟く。
「うおっ!?」
エイトの背後から何者かの手が伸び、立ち上がろうとした彼の体を強引に引き倒した。
「ごめんなさい、今は安静にしていただけませんか?」
「なんッ……!?」
エイトの顔を覗き込む、黒髪の女性。
赤い瞳と透き通るような白い肌をした女性に見つめられてエイトは固まってしまう。小夜子と呼ばれたその女性の顔は美しかったが、不気味な程に整った容姿からは人間離れした雰囲気を感じさせ 見つめられるだけで背筋が凍るような感覚に襲われた。
「……」
「いきなりごめんなさい。でも、せっかく助かった命だから大事にしてほしくて……」
「そういうことよ、わかったらジッとしてて。どうしても死にたいなら体を治して治療費を払ってから死になさい」
「ブレンダ先生、酷いです」
「ふー、ごめんなさい。この男の顔がどうしても気に入らなかったから」
ブレンダは憎まれ口を叩きながら煙を吐き出し、灰皿に煙草を押し付けた。
「……ブレンダ?」
「ああ、私の名前よ。ごめんなさいね、聞かれなかったから言わなくてもいいかと思って」
「先生、患者の前でふざけるのはやめてください」
小夜子が偶然口にした彼女の名を聞き、エイトはメールにあったブレンダ・カーマインという医師の事を思い出す。
「……なら、聞かせてくれ」
「治療費かしら?」
「……黒い奴はどうなった?」
「何よそれ」
「白い仮面をつけた……黒い奴はどうなったんだよ……! アンタも知ってるんだろ! キャロラインが何で追われるかとか……全部知ってんだろ!?」
「ある程度はね。黒い奴……黒い奴……あ、アイツね。報告にあった触手のバケm」
「そいつはどうなったんだよ!!」
エイトは軋む体を無理やり起き上がらせ、鬼気迫る表情でブレンダを問い詰めた。
「んー……」
その顔を見て何か感じるものがあったのか、ブレンダは口を抑えて少しの間考え込む。
「死んだわ」
「……は?」
「だから、そいつは死んだわ。誰にやられたのかは知らないけどね」
「……死んだ?」
「今頃、管理局の研究室にでも運ばれたんじゃないかしら。私は死体を見てないけど、一応報告は受け取ったのよ」
そしてブレンダの口から聞かされたのは、彼女の死だった。