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時は少し遡って午後12時30分頃、バー Naughty Dogsにて
「おーっと、エイト君のご登場です! 皆さん、拍手で迎えてあげてください!!」
「キャー、エイトクーン!!!」
「何て顔してんのよ、さっさとあの子の所に行きなさいよ!!」
「あ、はい……」
盛り上がる常連客に拍手で迎えられ、エイトは居心地が悪そうにキャロラインの方に歩く。店長もキャロラインの背中を軽く押して彼の所に向かわせる。
「……お、俺は」
「……」
キャロラインは無言でエイトの胸元にコツンと頭をつける。
「どうして……助けに、来ないのよ……」
彼女は震える声で言った。
「すまん……」
「……少しでも、期待した私がバカみたい」
「……」
エイトは何も言えなかった。震える彼女の肩に触れる事もできず、拳を強く握り締めたまま悔しげな表情を浮かべる。
「……」
ラルフはそんなエイトを何とも言えない表情で見つめ、店長も不機嫌そうに片足を鳴らす。
「……挽回のチャンスは?」
「無いわよ、もう貴方に期待するようなことは何もないから」
「……きっついなぁ」
「期待を裏切られた私の身にもなりなさいよ……」
「すまん……でも俺h」
「あのー、お二人さん? さっさと店を出た方がよくない??」
痺れを切らして空気を読まない発言をしたジョージの頭を他の先輩とラルフが一斉に叩く。
「いっっってぇ! 何す」
「アンタ馬鹿ぁ!? 何てこというのよ!」
「空気読めや!!」
「これだから彼女ができたことのねえ男は駄目なんだよ!!」
「おい待て、今それ関係」
「関係あるよ! バーカ!!」
「エイト頑張ろうとしてんだろ!? もう手遅れだろうけどよ!」
「……」
「……ふふふっ」
キャロラインはエイトの胸に顔を埋めながら小さく笑った。
突然の笑い声にエイトは呆気にとられ、ラルフや先輩達も彼女を見て固まるが、店長だけは優しい瞳で二人を見守っている。
「みんな、いい人ね」
「……ああ、俺もそう思ってる」
ラルフが言った通り、バーの店員達は皆『優しい子達』ばかりであった。
彼らは間違いを犯した、そして多くの辛い別れも経験した。だからこそ思ったのだろう……この二人は自分達のようになってはいけないと。
「それじゃあ、尚更これ以上迷惑かけられないじゃない……」
そんな彼らの不器用な優しさに気づいたキャロラインは、外が危険だと知りつつも店を出る決意を固めた。
「どうする?」
「時計を探して、家に向かうわ……どっちにしてもあの場所に向かわないと私は過去に戻れないの」
「時計……って80年前に置き忘れてきたんだろ? 今更そんなの見つけられるのかよ。第一その時計がもし壊れてたら」
「手伝ってよ、貴方……何でもしてくれるんでしょ??」
キャロラインは顔を上げ、エイトを見つめた。
「……!」
エイトは思わず照れて視線を逸らす。視線を逸らされても、キャロラインはじっと彼を見つめていた。
「わかった、わかったって! 手伝ってやるよ……」
「今度こそ、私のために命をかけてよね?」
「あいあい、わかったよ!」
エイトがふと視線を周囲に向けると店の人達はニヤニヤしながら見守っていた。思わず赤面し、エイトは慌ててキャロラインから離れる。
「……くっ、くくくっ!」
「ふふふ……っ」
店長は堪えきれずに笑い出し、それにつられてラルフも、先輩達も、常連達も笑った。
「「「ははははははっ!!!!!」」」
「な、何だよ……人をからかいやがって!」
「だって……なぁ!? お前ら!!」
「あーっはっはっはっ! 頑張りなさいよ、エイト君!!」
「意外! まさかのチャンス到来! 果たしてエイトくんに春は来るのか!?」
「立派になったエイト……俺から言えることはもう何も無い」
「ベニー、お前ちょっと悔しがってねえか?」
「何だか知らねえけど、店を囲んでた奴らはみんな伸びてやがる……店を出るなら今しかないぞエイト!」
「ああくそ、わかってるよぉ! 行くぞ、キャロラインさんよ!!」
エイトは彼女の手を引き、裏口へと向かう。
「ちょっと、もう少し優しく手を引きなさいよ! 痛いじゃないの!!」
店を包囲していた管理局の職員は触手の魔人に襲われて気絶している。
ジェイムスも店のシャッターの前で頭を抱えて絶叫しており、暫くは正気に戻らないだろう。
しかし、警察関係者がまだ街を巡回している……それに時計を見つけ出さなければキャロラインは過去に戻る事ができない。
「つまり、魔法使いが伸びてる間に警察から隠れながら、80年前に置き忘れてきた時計を探し出してそのままお前の家に行けってことか! 無理じゃね!?」
「私だって無理だと思うわよ」
「認めちゃうの!?」
「私は生きたいの! 此処にいたって何も変わらないなら……せめて出来ることを精一杯してから諦めたいの! それが無理でも無茶でも……何もしないまま死ぬよりマシだわ!!」
「ああ、そうかい! じゃあ手伝ってやるしかねぇなぁ、クソッタレが!!」
エイトは携帯を取り出し、裏口に向かいながら何処かに連絡をする。彼が連絡を取った相手は……
◇◇◇◇
ヴィーッ! ヴィーッ! ヴィーッ!!
リンボ・シティ13番街区にある安アパートの一室。質素なリクライニングチェアーにもたれ掛かって死んだように眠っていた女性が傍に置いてある携帯の着信音で飛び起きる。
「ハ……ッ! エロイムエッサイムエロイムエッサイムポアポア……、誰だよ急に!!」
何日かぶりの睡眠を取っていた情報屋のリョーコが携帯に手を伸ばす。連絡を入れてきた相手はエイトだ。
「……エイト? 何よ、あいつ生きてたの??」
かつての職業柄かエイトと彼女はそれなりに交流があり、お得意様を邪険には扱えない事もあって舌打ちしながらも彼女は電話に出た。
『うぉおおおい! 起きてるかぁ!?』
すると電話越しに大声で叫ぶエイトの声が寝起きの耳に飛び込んできた。
「うっっっさいな! 何よ、いきなり!!」
『す、すまん。実は大至急調べて欲しいことあるんだけど!!』
「はあ!? アンタ払える金あんの??」
『後で用意するから!』
「金がないなら電話してくんな! 切るわよ!!」
『ええと、何だっけ……そうそう、跳躍時計! そんな名前の道具知らないか!?』
「は? 跳躍時計? 何でアンタがそんな」
『頼むよぉ! 金はいくらでも払うから!!』
リョーコはその時計の元所有者に心当たりがあった。
先日、その道具を違法に所持していた人物が死亡したというニュースが報道された。
世間にはその人物が跳躍時計というAクラス特級異界器具を所持していたという事実は全く知られておらず、異常管理局ですら把握できていなかった。
「……どうすんの? そんな時計」
『ええと……必要なんだよ! そういうのを集めてる物好きがいてさ! 物凄い高値で買い取ってくれるって言うんだよ!!』
「はぁ? アンタ、跳躍時計がどんな代物か知ってるの? 第一、その時計は」
『おい! キャロ……何でもねぇ、今の忘れて? とにかく、何処にあるのかだけ教えてくれたらいい!!』
エイトはキャロラインを連れて薄暗い脇道に逃げ込み、周囲を警戒しながらリョーコの返事を待つ。
「頼むよ! こっちは急いでるんだって!!」
『……その時計ね、少し前まである男が無断で所持していたのよ。Bクラス以上の異界器具は本来なら個人が所有出来る様な代物じゃないから色んな手を使って管理局から隠していたようね……。私でもつい最近まで掴めなかったくらいだし』
「そいつの名前は!?」
『ライザー・レイバック。先祖代々、異界の道具を集めるのが生き甲斐になってる変な一族の末裔。いつからその時計を所持していたのかはわからないけどね』
「ライザー……っておい! そいつは!!」
彼女の言う持ち主とは、つい先日死亡した大企業の社長だった。
『そ、この前に死んでるわね。彼の家は派手に荒らされて、大事な跳躍時計も盗まれちゃったみたい。管理局はこの男が時計を隠し持っていたということすら知らないはずよ』
「……何で管理局に知らせなかったんだよお前」
『聞かれなかったから。それに、そろそろ管理局の人の声を聞くのも嫌になってきたからさぁ……あいつら人使い荒すぎなのよね』
エイトは無言で立ち止まる。
「……」
「……エイト? どうかしたの?」
キャロラインは急に立ち止まったエイトを心配して声をかけるが、彼は暫く棒立ちしていた。
希望が見えたと思えばそれは敢え無く崩れ去り、また新しい希望が湧いたと思えばそれも無情にかき消される。どうして此処まで、不運が重なるのだろう。
まるで神様がキャロラインという少女を消し去ろうとしているかのようだった。




