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「で……でも、どうやって僕の居場所が」
「それは勘です。社長ならこの辺に居るんじゃないかなって……俺にも随分と社長の事がわかってきたので」
「えっ」
「……冗談ですよ? 本気にしないでください」
スコットは自分のジャンパーをドロシーに被せ、照れくさそうに背を向けた。
「たまたま屋根の上をピョンピョン飛び回る変なのが見えたので追いかけたら社長が居ました。それだけですよ」
「……」
「ああ、それと」
「ありがとう、スコット君。ドリーを助けてくれて」
続いてドロシーの耳に入ってきたのは、ルナの優しい声だった。
「あ……」
ドロシーは声が聞こえた方向を見て言葉を失くした。
「ドリーちゃぁぁーん! 大丈夫かぁぁー!!」
「あらあら、お嬢様! なんてお姿に! レディが泥だらけになるなんて許されませんわ、早くお風呂に入りましょう!!」
そこには彼女のファミリーがいた。
「み、みんな……」
「あぁぁん! ドリーちゃんの可愛い顔に汚れがぁ! 可哀想に、お姉ちゃんが拭いてやるぅ!!」
「ふやぁ、やめてっ! ど、どうしてみんなが此処に!?」
「スコット君からご連絡がありましたの。ああ、それにしてもお嬢様がこんなに汚れてしまうなんて……辛いですわ、耐えられませんわ! 早くお風呂で綺麗になりましょう!!」
「ま、待って! ちょっと待ってー!!」
アルマとマリアはドロシーに駆け寄って強く抱きつく。
少し離れた位置で見守っていた老執事の表情も今日は心做しか険しく、いつも彼女の前では優しい笑みを絶やさないルナも……
「ドリー、いつも言っているでしょう? 辛い時は私達を頼りなさいと……」
珍しく真剣な顔でドロシーを注意した。
「あう、でも……」
「ドリー?」
「ぼ、僕は……」
「ドリー??」
「……ごめんなさい」
ついにドロシーはしゅんとルナに頭を下げて謝罪する。ルナは困った顔で彼女の頬を撫で、その額にコツンと頭を当てた。
「……貴女も一人で頑張り過ぎよ。もう少し誰かを頼ることを覚えなさい」
「……ごめんなさい……っ」
「あー、あー! 泣かないで! ドリーちゃん泣かないで!!」
「さぁ、お嬢様! 後はもう管理局に任せて帰りましょう! 温かいお風呂が待っていますわ!!」
ルナの温かい叱咤とアルマとマリアの本気で心配する声にドロシーはついに緊張の糸が切れる。
「やめてよ……僕、そろそろ泣いちゃうよ……」
普段のドロシーからは想像もできないような弱々しい声で彼女は心情を吐露した。
「……泣けばいいんじゃないですかね」
そんなドロシーにスコットはさらりとトドメを刺した。
「ううっ……」
「おい、非童貞ぇぇー! なんてこと言うんだ、コラァァー!!」
「えっ、あっ! すみません! 決して悪い意味じゃなくてですねっ!!」
「……流石、悪魔が取り憑いた男は言うことが違いますわね。可愛い女の子の首を素手でへし折って縊り殺すだけのことはありますわ」
「今、それ関係ないですよね! マリアさん!?」
「ううううっ!」
「あーっ! ドリーちゃーん! 泣かないでぇーっ!!」
「いけませんわ、お嬢様! レディが泣いて良いのは嬉しく幸せな時だけですのよ! 悲しみの涙は恥ですわ!!」
ドロシーは震えながら啜り泣く。
アルマとマリアが必死にドロシーの気を取り直そうと励ます中、ルナだけは小さく笑ってすくっと立ち上がる。
「スコット君」
「え、ええと! 本当に社長を泣かせるつもりはなくてっ!!」
「ありがとう」
そしてスコットに満足気に微笑みながら礼を言った。
「……へっ?」
「ふふふっ、やっぱり貴方が来てくれて良かったわ」
────ズゴォンッ!
突然、魔人が突っ込んだ民家の穴から無数の触手が伸びてくる。それは黒い蛇の群れのように猛スピードでスコット達に襲いかかるが……
「あ、まだ生きてましたか。ルナさん、ちょっと下がってください」
「ふふっ」
「あぁん! 何だぁ、コレは!? 気持ち悪いなぁ!!」
「アーサー君! 出番ですわ! 皆の盾になりなさい!!」
「ははは、御冗談を。おばさん先輩の方が余分な脂肪があるので肉壁に向いてますぞ?」
スコットはルナを庇いながら青い悪魔の鉄拳で、アルマは鞘から抜き放った黒刀で、マリアは不機嫌そうな素手のビンタで、アーサーも流れるような手捌きで、次々と襲い来る触手を退けた。
「……」
魔人は静かに突き破った穴の中から姿を現し、触手で不機嫌そうに周囲を叩きながらスコット達を睨む。
(……本当に、みんな……)
(……ありがとう……)
ドロシーはぐっと涙を拭い、最後の力を振り絞って立ち上がる。
「……ふふん、いいでしょう? 紹介が遅れてごめんね??」
「……!」
「これが、僕の素敵なファミリーよ」
魔人に向けて自慢げに言い放つドロシーの顔には、いつもの爽やかな笑顔が浮かんでいた。
「社長、あと三人来てない人がいますよ。全員揃ってないのに自慢にして良いんですか?」
「ふふふっ、相変わらずスコット君は一言多いわね」
そして炸裂するスコットのドライなツッコミ。ドロシーは日に日に切れ味を増していく彼の口技を満更でもない顔で受け止めた。
「ドリーちゃん、大丈夫か! もうちょっと休んでて良いんだぞ!? あと、非童貞は後で殺す」
「え!?」
「もう大丈夫よ、先生。ありがとう。でもスコット君は殺さないで?」
「……あの全身ラバースーツの変態嬢がお嬢様を虐めた悪い子ですわね? お任せください。今からアーサー君が身体を張って隙を作ってくれますので、その間にお嬢様がトドメを」
「はっはっ、相変わらず冗談が下手ですなマリア先輩。それにしてもよく見れば良い身体をしてらっしゃいますな、あのお嬢さん。胸と尻がデカいだけの下品な雌豚体型のおばさんとは大違いです」
ウォルターズ・ストレンジハウスの面々は触手の魔人の存在などお構いなしに会話を盛り上げる。ルナはようやくいつもの調子を取り戻したドロシーを見て優しく微笑むと
「ふふふ、やっぱりドリーは笑った顔が一番よ。はい、新しい杖よ」
胸元から取り出したエンフィールドⅢをドロシーに手渡した。
「ありがとう、お義母様」
「次からはちゃんと私達を頼るのよ?」
「……うん」
魔人は隙だらけのドロシーに向けて再び数本の触手で攻撃を仕掛ける……
「わかってるわ」
ドロシーは魔法杖を両手に持ち、微笑みながら自分に伸びてくる触手に狙いを定める。そして今まさに魔法を放たんとした時、彼女は自信に満ちた声で言った────
「……言っておくけど」
右手で構える杖から放たれる風の魔法。前方に発生した衝撃波は向かってくる触手の群れを弾き飛ばし、触手が弾かれた瞬間を狙って間髪入れずに左手の杖で魔法を放つ。
バレル状の杖先から放たれた魔法はまるで光の槍のように黒い触手を突き抜け、魔人の右肩を貫く。
「!!」
「両手に杖を持った僕は」
魔人の注意が右肩に空いた風穴に向いた、その隙を見逃さずにドロシーは両手の杖で魔法を連射する。
魔人は黒い触手をしならせて魔法を弾こうとするが、逆に衝撃波でその勢いを殺がれた上に弾き飛ばされ、攻防一体の触手のガードが緩んだ瞬間を狙って放たれる魔法弾は魔人の体を的確に穿っていく。
「殊更なく、手強いわよ?」
先程までとは逆に追い詰められていく魔人は動揺して大きく取り乱す。
「ッ!」
「ははっ!」
魔人の注意はドロシーだけに向けられており、それを好機と見たスコットとアルマは同時に駆け出した。二人が間合いを詰めたのを見計らってドロシーは攻撃の手を止める。
「!?」
魔人が二人に気づいた時には、既に二人の射程距離となっていた。
「「遅えよ」」
スコットとアルマはピッタリのタイミングで攻撃を放つ。
防御する間もなくスコットの鉄拳とアルマの飛び蹴りが魔人にめり込み、その黒い不気味な体は前のめりに折れ曲がった。
「────ッ!!」
再び触手の魔人は後方に吹き飛ぶ。
だが吹き飛ばされながらも触手で反撃し、黒い鞭による強烈な乱打が二人に襲いかかる。
「ぐあっ!」
「いっ……てぇなあ! この野郎!!」
魔人は地面に無数の触手を突き刺し、数m後退りながら踏み止まった。スコットとアルマも触手に弾き飛ばされて地面に背中をつくが、全く意に介していない。
「戦いになると息ピッタリよね、あの二人」
「そうね。すっかり仲良くなれたみたいで嬉しいわ」
「これからブリジットさんが寂しくなりますな。今まではあの方がアル様とバディを組んでいたのですが」
「それにしても最近のあの子は何をしているのかしら。もう首輪でもつけてアーサー君が飼ってあげれば良いんじゃないかしら?」
「はっはっ、ご冗談を。私にもペットを選ぶ権利はあるのですよ?」
戦闘中だと言うのにドロシー達は余裕そうに会話をする。
完全に調子を取り戻したドロシーは いつもの笑顔 で魔人を見つめ、ふふんと挑発するように鼻を鳴らした。
主役は遅れてやって来る。心得ておりますとも。