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わ た し を お さ が し ?
「エイト……」
「ちょっと待て、今考えて」
「ありがとう」
キャロラインは小さく呟き、非常ドアに向かって走り出した。
思考速度が停滞していたエイトは反応が遅れ、駆け出す彼女の手を掴んで引き止める事が出来なかった。
「ばっ……!」
「お嬢ちゃん!? ちょっ……!」
非常ドアを開けてキャロラインが通路から飛び出す。
「!?」
店長とジェイムスは思わず彼女を二度見し、ラルフも愕然とした。エイトの先輩や常連客も皆一斉に彼女の方を向くが、ドロシーだけは目の前の店長を睨みつけたまま動じなかった。
「お嬢ちゃん……ッ!」
「えっ、嘘! 嘘でしょ!? 何で出てきたのよ!!」
「えっ、エイトくん振られた!? あんな台詞まで吐いたのに!!?」
「現実は非常だな!?」
「ハーイ、キャロライン。また会ったわね」
ドロシーは店長に杖を向けたまま、キャロラインの方を向いた。
「……!」
その表情には既に笑顔は浮かんでおらず、彼女の真剣な瞳に見つめられるだけでキャロラインは怖気づくが、震える手を握り締めてドロシーに話しかける。
「私が出て行くから、この人たちには何もしないで」
「……ええ、約束するわ。僕はこの子たちに危害を加えたくないもの」
「……変わったのね、ドリー。それとも最初からそういう子だったの?」
キャロラインの切なげな呟きにドロシーは僅かに表情を変える。
「……そうよ、僕は」
「何やってんだ馬鹿!!」
ドロシーが何かを伝えようとした瞬間にエイトが飛び出し、キャロラインの手を掴む。
「早くこっちに戻れ! 何のためにマスター達が体張ってくれてると思ってんだ!!」
そしてドアの向こうに連れて行こうとするが、彼女は彼の手を振りほどいた。
「おい……!」
「良いのよ、もうどうしようもないから」
「だから、諦めんなよ! 何とかなるって……そう、俺が何とかしてやるからさぁ!!」
必死になってエイトは自分から投降しようとするキャロラインを呼び止める。ドロシー達の手に渡れば、彼女は殺されてしまう。
「じゃあ今すぐこの二人を倒して、私を助けてよ。そして私の家まで連れて行って」
「おまっ……それが出来たら」
「何だって……やってくれるんじゃないの?」
キャロラインの言葉にエイトはハッとした。
自分が彼女に言った言葉は、全て本心から出たものだ。
あの時は、本気でそれが出来ると思っていた……だが実際にその時が来たら?
「俺は……!」
「貴方に、それが出来ると思う?」
あの時、キャロラインに向けた言葉の通りに何でも出来るだろうか?
ドロシーを倒し、無事に彼女を家まで送り届けられるだろうか?
「……」
「ね? 無理でしょ……」
「キツイなぁ、おい」
「だから、もうここまでにしましょう」
エイトから離れ、キャロラインはドロシーの所に向かう。
「……ッ」
ラルフは何か言いたそうな顔で彼女を見つめ、先輩達も思わず目を逸らす。彼女を匿おうとした店長も、両手の力を抜いて大きな溜息を吐いた。
「でも……死ぬなら自分の家で死にたいわ。それくらい、許されてもいいよね……?」
ドロシーのすぐ傍まで歩み寄ったキャロラインは言う。
その瞳には涙が滲んでおり、強がっていても、彼女の胸中は生への渇望に満ち溢れている事を言葉なしに訴えかけていた。
「……」
「ドロシー、わかってると思うがそんな時間は」
「ええ、家に帰りましょう。送っていくわ……」
「おい!?」
ドロシーは友人の最後の願いを聞き届け、そっと杖を収める。ジェイムスはまさかの行動に突っかかったが、彼女の複雑な顔を見てもう何も言えなくなる。
「ちょっと待てよ……ッ!!」
一方、エイトは動けなかった……キャロラインを引き止める事が出来なかった。
彼は心の何処かで密かに考えてしまったのだ 『キャロラインを差し出せば、全てが丸く収まる』と。そんな彼にドロシーは鋭い視線を向ける。
「……」
ドロシーはエイトに『もう何もしないで』と言葉無しに伝えているかのようだった……
(動けよ、俺の足……!)
エイトは心の中で叫んだ。今ならまだ、彼女を救えるかもしれない。
(動いてくれよ……!!)
だがどれだけ心の中で叫ぼうとも、彼の冷たい両脚はピクリとも動かなかった。
「……はぁっ!」
裏口を見張るロイドは集中を切らし、一旦構えている杖を降ろした。
「……落ち着け。落ち着くんだ、俺は異常管理局の一員だろ……!」
彼がこの案件に関わるのは今回が初めてであり、極度の緊張状態にあった。それこそ、胸に穴が空いてしまっているかのように鋭い痛みが絶えず襲いかかってくる程に。
「彼女はもう人間じゃない、彼女はもうとっくに死んでいるんだ。死んでいるんだって……!!」
呼吸を整え、再び杖を構えなおしたロイドの背後に黒い人影が忍び寄る……
────ぎゅるんっ。
そして彼の首に黒い触手が音を立てずに巻き付いた。
「……かっ……はっ……!?」
突然背後から首を締め付けられてロイドは何もできずにもがき苦しむ。彼の首に巻き付いた触手は締める力をより一層強め、彼の意識を瞬く間に刈り取った。
「……ッ」
意識を失ったロイドはそのまま昏倒する。
黒い人影は音を立てずに路地の闇へと姿を消す。倒れるロイドの近くには気絶した魔法使いが数人倒れていた……
「……キャロライン・マッケンジーを確保。聞こえるか? 彼女を確保した」
「……」
「ごめんね、みんな……今度お詫びしにくるから」
「さっさと出ていけ、お前の顔は暫く見たくねえ」
店長は不機嫌そうに吐き捨てた。
「……ふふっ」
その言葉を聞いてドロシーは残念そうに笑い、キャロラインの手を取り退店しようとする……
「……待て、ドロシー」
だが、ここでジェイムスが彼女を呼び止める。
「キッド君、早く店を出ましょう。これ以上、皆に迷惑は」
「仲間が応答しない……」
「え?」
ドロシーがその言葉に気を取られ、ジェイムスの方を向いた瞬間だった。
────バギャンッ!
店のドアが無数の触手に破られ、店内に触手が入り込む。
「キャロライン、逃げろ!!」
黒い触手がドアのすぐ近くに居たキャロラインとドロシーに迫り、先程まで動けなかったエイトも思わず彼女の名を叫んだ。
「……えっ?」
「!!」
ドロシーは無意識の内にキャロラインを店長の方に突き飛ばし、襲い来る触手から彼女を庇う。
「うああっ!」
黒い触手はドロシーの全身に巻き付き、そのまま彼女を店外へと引き摺りだした。
「……ドリー?」
突き飛ばされたキャロラインは店長に受け止められ、自分を殺そうと追って来たドロシーが自分を庇ったという事実に困惑するしかなかった。
「ドロシー!!」
「どうして……!? どうして、私を」
「……ラルフ、やれ!」
キャロラインの肩を掴んで抱き寄せると店長はラルフに指示を出す。
「了解よ、ボス!!」
店長の言葉を聞いた彼女は足元にある意味ありげなスイッチを踏んだ。
ジャキンッ!
天井から物騒な重機関銃が現れ、ジェイムスに銃口を向ける。
「……お、おい、撃つな、撃つなよ!?」
「ごめんねジェイムスちゃん。アタシ、貴方のこと……好きだったのよ!」
「ファッ!? ま、待って」
「だから受け取って、アタシからのとっっておきのラブ☆スコール!!」
ジェイムスは杖を構え、風の障壁を発生させる。ラルフがそのスイッチをもう一度力強く踏むと重機関銃から愛の込もった無数の鉛玉が彼に向かって殺到した……
────ズドドドドドドドドドドドドッ!
あまりに凄まじい勢いで連射される弾丸を前にジェイムスは障壁ごと少しずつ後方に押し出されていく。
「だぁぁああああ、待て待て待て待て! やめろ、やめろやめろッ!!」
重い愛情の雨霰に襲われる彼の姿を、ラルフは手を組んで見守りながら愛の言葉を連呼した。
「初めてこの店で出会ったときから、運命的なものを感じていたの!」
「ちょっ、待っ! これ駄目、死ぬヤツ! 死んじゃうヤツ!!」
「きゃぁあああああああっ!?」
「大丈夫だお譲ちゃん、ここにいたら安全だから!」
「アタシは思った、これが、これが一目惚れだって!!」
「聞こえてる!? 撃つのやめっ、やめろっていってんだろ!!」
「愛してるわぁぁぁあ! ジェイムスちゃああああん!!」
そのままジェイムスは店外に押し出され、彼が退店したと同時にラルフは足元のスイッチから足を退け、店長は近くの壁にあるスイッチを叩いた。
ガコンッ!
重機関銃の猛射はピタリと収まり、ドアがあった場所は超硬度を誇る特殊な合金製の頑丈なシャッターで塞がれる。
「うぉおおおおっしゃああああああああ!!」
「見たか、クソッタレ魔法使いめ! 俺たちの勝利だ!!」
「でも何か黒いのが一瞬店に入ってこなかったかな! 見間違い!?」
「知るか!!」
ラルフは渾身のガッツポーズを取って雄叫びをあげ、先輩達は互いの手を叩き合い、常連客達も一斉に歓声をあげるがエイトは呆然としながら立ち竦んでいた。
「……」
「いつまでボーっとしてんだエイト、さっさとあの子の所に行け……ッッてぇええ!!」
エイトはブルックに足を蹴られるが、逆に蹴ったブルックの方が悶絶した。