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「そろそろだね」
ドロシーは道路脇に立つ【Go Home】と表示された赤い電光板を見て呟く。
「? 何がですか?」
「そろそろ繋がるよー、絶対に車から降りないでねー」
「え、だから何が」
すると車が眩い光に包まれる。
「うおっ!?」
「はーい、お疲れ様ー。今日は大活躍だったね、スコッツくん」
「い、一体何が……あれっ」
気がつけばスコットの目の前には長閑な草原に囲まれたお洒落な一軒家があった。
「……は?」
「はい、もう降りていいよー」
「え、えっ? 何処ですか此処?」
「僕の家よ。今朝、君も来たじゃない」
「へっ?」
唖然とするスコットの手を引いてドロシーは車を降りる。
「それではお嬢様、また後程に。この車を車庫に収めてまいります」
「いいよ、その辺りに捨てておいて。もう使えないだろうし」
「左様でございますか」
老執事も車を降り、その黒い車体をそっと撫でて小さく頭を下げた。
「……」
「じゃあ入ろうか、お腹も空いてきたし」
「あの、ここは……リンボ・シティなんですよね?」
「ふふっ、さぁ? どうかしら」
スコットは周囲を見回す。
よく見ると遠くに薄っすらと天獄の壁が見え、ここが壁の内部であることは確かだ。
だが聞こえてくるのは鳥の囀りや木の揺れる音だけ。
まるでこの家の周辺だけが、あの街の喧騒や混沌から切り離されているかのようだった。
「おかえりなさい、お嬢様」
玄関を開けるとそこには朝に訪れたお洒落なエントランスが広がり、帰宅したドロシー達をマリアが笑顔で出迎えた。
「ただいま、マリア。でも社長って呼んで?」
「うふふ、次は気をつけますわ。お嬢様」
「ど、どうも……」
「スコット君もおかえりなさい。ふふふ」
マリアは気まずそうに頭を下げるスコットも笑顔で迎えるが
「ただいま戻りました」
「あらぁ、アーサー君。今日は迷子にならずにちゃんと戻ってこれたのね。もう歳だから道を忘れたんじゃないかと心配していたのよ?」
「ははは、お心遣い感謝いたします。マリアおばさん先輩」
何故か老執事にはお上品に憎まれ口を叩き、対する執事も穏やかな笑顔で返礼した。
「……」
「じゃあ、お昼にしようか。いつものを全員分買ってきたから早速ー」
「うふふ、その前にー」
リビングに行こうとしたドロシーの肩をそっと触れ、彼女のコートを脱がす。
「まずはお風呂に入りましょうか」
そしてマリアは満面の笑みで言った。
「え、後でいいよ。今はお腹が空いてるし」
「駄目ですわ。お帰りの後はまず浴室へ、服も体もとっても汚れてしまってますもの」
「い、いいよ。僕は」
「うふふ、いけません」
「お、お腹がペコペコで」
「うふふふ」
マリアはドロシーから昼食の入った紙袋を取り上げ、棒立ちするスコットに手渡す。
そして嫌がる彼女の背中を押して浴室へと向かった。
「あーっ、あーっ! やめてー! その前にサンドイッチを……あっ、ただいまルナー! 助けてー!!」
「うふふふー」
ドロシーの声は暫く廊下に響いていたが、パタンとドアが閉まる音と共に聞こえなくなった。
「……」
「さぁさ、スコット様。お上がりください」
「……ど、どうも」
マリアに運ばれていくドロシーを優しい笑顔で見送った老執事はスコットをリビングに案内する。
「あら、おかえりなさい。どうだったかしら?」
リビングで優雅に紅茶を飲んでいたルナは笑顔でスコットを迎える。
「どうって……」
「初めてのお仕事は緊張したでしょう?」
「緊張どころか……」
「さぁ、座って。お茶を淹れてあげる。お茶を飲めば心が落ち着くわ」
「ど、どうも……ありがとうございます」
ドタドタドタドタドタ
「ドリーちゃんおかえりー! おっ、お前も帰ってきたか童貞!」
「ふおっ!?」
言われるがままソファーに座ったスコットの前にバスタオルを一枚首に引っ掛けただけのアルマが現れる。
「おやおや、アルマ様。何とも悩ましいお姿で」
「ふぁあああああっ!?」
「なんだー、どうした? 情けねえ面がもっと情けねえことになってんぞ」
「アルマ、いい加減に服を着なさい。あの子が困るわ」
「んー? 別にいいよ、もう恥ずかしがるような歳じゃねえし」
「ちょっ、見えてる! 殆ど見えてますって!!」
「あははは、何だその反応! 面白えー! 童貞っぽーい!!」
慌てて目を隠すスコットのリアクションにアルマはご機嫌の様子で大笑いする。
「アルマ?」
「わーかってるよ。えー、パンツ何処だっけ?」
「私がご用意致しましょうか」
「あ、いいよ。じーさんが用意するパンツは趣味悪いやつばっかだし」
「何で裸なんですか! おかしいでしょ!?」
「そりゃー、血塗れになったから風呂入ってたんだよ。ドリーちゃんもすぐ来るかなーと思ってたんだけどなー、あんまり遅いから先に出ちゃったわけ」
「ドリーは今、マリアとお風呂に入ったわ」
「何だー、そうかー! じゃあ、あたしもまた入ってくるわー!」
アルマはそう言って浴室に向かっていった。
「……」
「もう大丈夫よ、アルマは浴室に行ったから」
「……お気遣いどうも」
重い溜息を吐きながらスコットは顔から手をどかしてガックリと頭を下げる。
「ふふ、女の裸を見るのは苦手?」
「に、苦手っていうか! 少しは恥じらいってものをですね!!」
「あの子はああ見えて良いお年頃だから。恥じらいも何も残ってないのよね」
「どういうことだよ!?」
「はっはっ、いやいや今日も良いものを見せていただきました」
「どうして執事さんはそんなに堂々とあの子の裸が見れるんですか!?」
「はっはっ、あの方とは付き合いが長いものでして。大丈夫、スコット様もすぐに慣れますよ」
「慣れねえよ!!」
はははと満足気に笑う老執事と、ウブな新人君を見てうふふと楽しそうに笑うルナに挟まれてスコットは顔を真赤にして蹲った。
秘密の隠れ家は浪漫。いいですよね、隠れ家。昔から大好きです。