18
「……うーん」
少し時は遡りリンボ・シティ13番街区。ドロシーと別れたスコットは人気のない街を彷徨いていた。
「家に帰れって言われてもなぁ……」
ドロシーを残してウォルターズ・ストレンジハウスに戻るのは気が引けるし、かといって街で遊びたい気分でもない……
「ていうか、静かすぎるだろ今日の街は。一体、どうしたんだよ?」
まずスコットが気になるのはそこだ。あの13番街区が静まり返っているのだ。
ドロシーは何も教えてくれないし、道行く人に話を聞こうにも人が居ない。すれ違う管理局の魔法使いに話しかけても彼らは無言で歩き去り、勇気を出して呼び止めれば『早く家に帰りなさい』と冷たくあしらわれる。
今日がどのような日であるのか全く知らない彼は盛大な置いてけぼりを食らっていた。
「……仕方ない、ここは素直に部屋に戻るか」
『……うぅうぅ……』
「……ん?」
『……うぇぅううう……』
自分の部屋に戻ろうとしたスコットの耳に悲しげなうめき声が聞こえてくる。
「あれ、何だ? 声が……」
『……たぁ、すけてぇ……』
「……??」
スコットは声のする方を見る。そこにあったのは少し前にドロシーと訪れたウィーリー魔法具店だった。
「はわわわぁぁ……助かったよぉ、ありがとぉ……!」
「はは……、どうも。次からは気をつけてくださいね」
「ううっ……あれ? 今日はドロシーちゃんと一緒じゃないのぉ……?」
「まぁ……はい。社長は用事があるそうで」
「そっかぁ……残念……でも、ありがとぉぉー! 君だけでも来てくれてよかったぁあー!!」
店主のメイスはドロシーの不在を確認してコレ幸いとスコットに抱きつく。
前回のように大量の木箱の中で死にかけていた彼女をまた同じように悪魔の腕で救出し、スコットは何とも言えない顔になる。
「……掃除しましょうよ。そのうち本当に死にますよ?」
「そ、掃除しようとしたのよぉ……そしたら木箱が降ってきて……!」
「はぁ……そうですか。とりあえず命に別状は無さそうなんで俺は帰りますね」
「ああ、もう帰るのー!?」
メイスは帰ろうとしたスコットの腕を掴んで引き止める。
「……何ですか?」
「少しくらいお話していってよー。ここ最近、誰も店に来てくれなかったから寂しくてー……」
「いえ、遠慮しておきます……それじゃ」
「ああーっ! お茶出すからー! ちょっとだけお話してよー! もう寂しいのは嫌ー!!」
「そんなに寂しいなら店を閉めて外に出ればいいじゃないですか!」
「やだー、店の外に出るのはもっと嫌ー! 話し相手から来てほしいー! ついでにお金を払ってほしいー!!」
想像を遥かに超えるダメ人間ぶりを発揮するメイスにスコットは顔をひきつらせる。
「うわぁ……」
「お願いよー、少しだけでいいからワタシとお話してぇー! 君がワタシに聞きたい事でもいいからぁー!!」
「いや、別に聞きたい事なんて」
ここでスコットはハッとした。丁度いい機会だから彼女に聞けば良いのではと。
「あの、メイスさん。それじゃ聞きたいんですが……」
「はいー、何でも聞いてー! スリーサイズでも今日の下着の色でも何でも教えてあげるよー!!」
「いえ、そういうのじゃなくてですね」
「ええっ、違うの? じゃあ何なのさー!」
「今日、この街で一体何が起きてるんですか?」
スコットの質問を聞いてメイスは目を丸める。
「はえ?」
「いや、何か不自然に静かですし人通りも少ないというか殆どないし、例によって社長は何も教えてくれないし……」
「へ? ドロシーちゃんから何も教えてもらってないの??」
「そうなんですよ。社長の様子も何処か変で……」
「ほほぅ……」
先程までの情けない顔から一変、急にメイスはくすくすと不敵に笑い出す。
「相変わらずだねぇ、ドロシーちゃんは」
「あの、何か知ってますよね? 出来れば教えてもらえると嬉しいんですが」
「いいよいいよー、教えてあげるー。じゃあこっちにおいでー」
メイスはスコットの手を引いて店の奥へと進んだ……
◇◇◇◇
「ホワアァアアアアーッ!?」
エイトは思わず言葉にならない悲鳴を上げる。
「うふふふーん、言うじゃないエイト君。お姉さんちょっとときめいちゃったかも!」
「いやー、まさか真顔であんなくっっさい台詞吐けるとは……これが、人間の力か!!」
「えふんえふんっ、えほっ……ごめんちょっと突発性くさい台詞アレルギーが。ああ、俺のことは心配するな……女の子の前じゃカッコつけたいもんな!!」
「うん、オレは素直にカッコイイと思ったよ!」
「キャー、エイトクンカッコイー!!」
先輩達はエイトに暖かい声援を浴びせる。どうやら二人の会話は彼等に丸聞こえだったようだ。
「くっっそがぁぁー!!」
羞恥心のあまりエイトは顔を真っ赤にして無意識に壁を力一杯殴った……怪我をしている右手で。
「のおおおおおぉおおー! 右手がぁああああああああー!!」
「大丈夫、エイト君! あらやだ大変、血が出てるわ!!」
「うわぁ、いったそー。おいジョージ救急箱とってきてやれ」
「あいよー。そういやヒューマンの血って赤いんだよなあ。ワインみたいで美味そう」
「あ、それオレも思った。美味そうだよなー!」
「キャー、エイトクンカッコワルーイ!!」
「あぁぁぁあああー! 畜生めぇえええええー!!」
エイトは胸を焼く恥ずかしさと情けなさに行き場のない怒りを乗せ、ただひたすら叫んだ。しかしその声は部屋の中にいるキャロラインにも聞こえており……
『うるさいわね! 静かにしなさいよ、馬鹿!!』
「……ッ!!」
部屋の中から痺れを切らしたキャロラインの怒声が聞こえてくる。
思わずエイトは口を紡ぎ、その様子を見て先輩達は更に愉快そうに笑った。
「あっはははは! ……おっといけなーい、仕事に戻らなきゃーん!!」
「救急箱、此処に置いとくからな。じゃあ、ごゆっくーり」
「頑張れよエイト。ああ、今日はもういいよー早退って事で店長と話をつけといてやるから」
「ああそうそう、女とは早い内に上下関係をハッキリさせた方がいいぞエイト! 一度尻に敷かれたらもうオシマイだからな!!」
「キャー、エイトクンガンバッテー! マケナイデー!!」
エイトは力なく壁にもたれ掛かり、そのまま床にしゃがみこんだ。
「……ふざけんな、畜生。最悪、マジで最悪だ……死にたい。マジで死にたい……」
頭を抱えてブツブツと小言を呟く。彼もまた不幸の星の下に生まれた男だったのだ。
「……」
一方のキャロラインは部屋の中を見て思い詰めた表情を浮かべていた。
この部屋はラルフが 趣味 で集めた女性用の衣服と靴が並べられており、そのどれもが彼女の趣味に合わないものであった……。
「未来の服は……変なものばかりなのね……」
溜息を吐きながらキャロラインは衣装を一つ選ぶ。
選んだ衣装は白地に黒いフリルのついたワンピース服で、その衣装の背面には黒い翼のイラストが描かれていた。
「お前ら、営業中だよ? 何で仕事放ったらかして新人いじめてんだよ」
一人カウンターで仕事をこなす店長は不真面目な店員達にボヤく。彼らは皆一様にほっこりした笑顔を浮かべ、とても上機嫌になっていた。
「だってーぇ、あの二人の会話を聞いちゃったらねぇ?」
「そうだぜボスー、あんなの聞かされたら集中出来ねえよ」
「聞きたくなくても聞こえてくるもんな!」
「いいから働けお前ら。まだお客さんが」
カラン、カラーン
不意にバーの扉が開かれる。店員達は慌てて持ち場に戻り、店長も姿勢を正して新しいお客様を笑顔で迎え入れた。
「いらっしゃい」
「ハーイ、ボス。久しぶりね、最近どう?」
「別に、変わらないさ……あのヒューマンの新人には困ったもんだけどな」
「こんにちは、店長」
「おや、ジェイムスさんじゃないか。今日は昼間っから自棄酒かい? いつもの席空いてるよ」
「……いや、今日はカウンター席で」
店を訪れたのは、キャロラインを追うドロシーとジェイムスだった。