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「なぁ、その……何があったか話してくれねえか?」
「放っておいてよ……」
「そうしたいけどよ、俺も巻き込まれてんのよ」
「だから何よ」
「俺にも、あんたのことを知る権利があるだろ」
「……貴方に何がわかるのよ」
「わからねえよ。でも、言ってくれなきゃもっとわからねぇ」
「わからなくても、いいじゃない……」
塞ぎ込むキャロラインにどう接したらいいかわからず、エイトは彼女の隣に座り込んでいた。
「……俺さ、親父の顔 知らねーんだわ」
何度キャロラインにそっぽを向かれてもエイトは話しかけ続ける。自分でも何故こうしているのかはわからない、ただ隣の少女の心を何とかして開かせたかった。
その為なら何でもしようと思ったのだ。
「……」
「母親の顔は覚えてるが、ガキの頃に死んじまった。兄弟もいねえ……もしかしたら居たかもしれねえけど俺は覚えてない」
「……」
「そうして泣いちまうってことは……それだけいい家族だったんだろうな」
「……死んだわ」
「え?」
「その家族も! 死んじゃったのよ! 目の前で!!」
キャロラインは顔を上げてエイトに掴みかかった。
その顔は涙でぐしゃぐしゃで、美しかった彼女の顔は台無しになってしまっていた。
「突然よ、突然……家の中に黒い化け物が入ってきたの! あんな……、あんなの見たことないよ! あんな生き物がいるなんて!!」
「……」
「パパは、パパは私たちを守ろうと戦ったわ。でもやられちゃったの……わかる!? 魔法使いが、負けちゃったのよ! 化け物が身体から触手を伸ばして……パパを貫いたの!!」
「やべえな……」
「そしたらその化け物が今度は、私たちに襲いかかってきたの! 身体から触手を伸ばして、ママも、妹も……生まれたばかりの弟も! 皆、胸を貫かれた! 私だってこの右腕を思いっきり貫かれたんだから!!」
「なんか治ってるけどな……」
「そして、そして……私だけが来ちゃった……あの時計に触れて……私だけが未来に来ちゃったのよ! ねぇ、信じられる!? 信じられるの!!?」
エイトは黙って彼女の言葉を聞いていた。
彼女の表情は泣いているのか、怒っているのか、それとも絶望しているのかもわからない様々な感情が入り混じった凄まじいものだった。
「そしたら……そしたら何よ、未来に来たら……友達の魔法使いに殺されそうになって……」
「……ドロシー、か」
「これは、きっと罰なのよ……家族を置いて逃げたことに神様が怒ったんだわ。私は、あの時死んでなきゃいけなかったの……家族と一緒に」
エイトはキャロラインを抱きしめた。
彼女の言葉に思うところがあったのか……ただ何も言わずに彼女を抱きしめていた。
「……何よ、放してよ」
「もういい、十分だ。ありがとうよ」
「何がよ……、気持ち悪い」
「わからねえ、身体が勝手に動いた……悪い癖だ」
そう呟くとエイトは彼女を離し、涙に濡れた瞳をじっと見つめる。
磨かれた紫水晶のようだった彼女の瞳は、止めどなく溢れる涙で腫れてうっすらと赤みを帯びていた。
「……じゃあ、尚更生きないとな」
「……何よ。私は、死ななきゃ」
「駄目だ、生きろ」
「死なせてよ、諦めさせてよ……私はもう、疲れ」
「お前の親父は何のために死んだ!?」
エイトの言葉にキャロラインは硬直する。
エイトはそんな彼女に構わず、頭に浮かんだ言葉をひたすら口に出した。キャロラインが言おうとした一言は、エイトにとってもう二度と聞きたくないものであったのだ。
「結果がどうだか知らねえけどよ。お前の親父は、家族を守るために戦って……死んだんだろ?」
「そうよ……でも」
「お前の妹も、母親も、弟も死んじまったが……お前はまだ生きてるだろ」
「だから、何よ……私だけ、残されても……」
「お前まで死んだら、親父は本当に無駄死にしたことになるんだぞ!?」
エイトは人の励まし方を知らない。
悲しみに暮れる少女に、優しい言葉をかけられるような心を育む余裕などなかった。
悲しみに押しつぶされるキャロラインの為に彼に出来る事は、頭に浮かんだ言葉を只々ぶつけることだけだ。
「……ッ!」
「ああ、そうかい……、じゃあ今すぐ店を出て死んで来い」
「何よ、何よ……貴方に何がわかるのよ!」
「死にたがりのことなんざわかってたまるか。お前のことも、お前の親父のことも……一生わかりたくもねえな!!」
エイトの言葉を聞き続ける内に、キャロラインは胸の中から何かが込み上げてくるのを感じた。
(何よ、この男……! 何様のつもりよ!!)
先程出会ったばかりの男に、どうしてここまで言われなければならないのだろう。
どうしてこの男は、出会ったばかりの自分をここまで気にかけてくれるのだろう。
キャロラインには理解できなかった。
「私を馬鹿にしてるの!?」
「よく考えてみろよ、自分から死にたがるような奴を庇って死んだ奴が馬鹿じゃねえとでも? 馬鹿の馬鹿じゃん、大馬鹿じゃん。無駄死にするような奴は馬鹿しかいねえよ……自分から死にたがるような奴もな!!」
「パパは……パパは無駄死になんかじゃない!」
「でもお前はこれから死ぬんだろ! 死にたいんだろ!?」
「……ッ!」
「ほら、無駄死にじゃねえかバーカ!!」
「うるさい! パパは無駄死になんかしてない、私たちを守るために戦って死んだの! 私だって……私だって! 本当は死にたくないよ!!」
キャロラインはエイトの肩を力なく叩いて叫ぶ。
「だったら生きろ、何が何でも生き延びろ! それくらい馬鹿でも出来るだろ!?」
自分を叩く彼女の手を掴み、エイトは言った。
「でも……でも、ダメなのよ……ッ!」
「だから逃げればいいだろうが! 逃げた先で顔変えるなり、声変えるなり、どうにでも」
「私、私病気なの! 治せない心臓の病気なのよ!!」
自分の手を掴むエイトの手を振り払い、悲痛な表情で叫んだ。
キャロラインは生まれつき体が弱く、更に幼い頃に未知の心臓疾患を患ってしまう。
当時の医療や薬学、そして魔法では治療できずに擬似心臓を埋め込んで延命させる事しか出来なかった。
時間を操る力を持つ【跳躍時計】とは、そんな彼女の為にクレインが手に入れた異界の道具なのだ。
現代では救えなくても、未来の医療ならば娘を救えると信じて……
「そんなもん知るか! 治らねえなら治らねえなりに死ぬまで生きろ! それなら……親父も少しは報われるだろうよ!!」
「そんな……無茶苦茶よ……ッ!」
「うるせぇ! 今の時代がやばいなら過去に戻っちまえば何とかなるだろ!!」
「過去に戻っても……、あの怪物に殺されちゃうのよ! そういう仕組みになってるの! 私が戻るのは怪物の目の前なんだから!!」
「だったら今の時代で生きるしかねえなあ!!」
エイトは立ち上がり、キャロラインに手を伸ばす。そして力強く言い放った。
「お前が生きたいって言うなら、俺が何とかしてやる」
「……貴方に、何ができるの?」
「何だってしてやるさ、お前をどうにかしないと俺もヤバイからな!」
「……」
キャロラインの手は自然と差し伸べられたエイトの手に触れた。
「……馬鹿な人」
どうして彼の手を取ったのか、彼女にはわからない。彼女の生きようとする本能がそうさせたのか、それともエイトの言葉に突き動かされたのか……
キャロラインはエイトの手を取り、生きることを選んだ。
「お前ほどじゃないね」
エイトはキャロラインの震える手を掴むと、彼女を少し強引に立ち上がらせた。
「それじゃあ……とりあえず良いか?」
「何よ」
「さっさとこの部屋に入って、服を着替えて靴も履こうか? その格好じゃ目立つし、なにより動きづらそうだ……ていうかそのつもりでわざわざこの部屋まで案内してやったんだけど??」
「……この服はママからのプレゼントよ。大事なものなの」
「今のこの状況で、命より大事なものがあるか?」
「……覗かないでよ。覗いたら殺すわよ」
「自惚れんな、小娘が。そういう誘いは二十歳を越えて色気づいてから言えや」
「……ふんっ!」
キャロラインは不機嫌そうに部屋に入り、エイトはほっと一息つく。
「……ん?」
ふと視線を感じて横に目をやると、職場の先輩達が非常ドアから顔を出して覗き込んでいた。
「ホアッ?」
満面の笑みで見つめる彼らを見て、エイトは珍妙な声を上げた。