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最近、机を買い換えようかと本気で考え始めました
「跳躍時計……」
キャロラインは机に置かれていたその道具の名を呟く。
「何だよそれ」
「パパが誕生日にプレゼントしてくれたの。別の世界の技術で造られた、不思議な力を持った時計だって……」
「不思議な力?」
「時間を……操る力があるって……」
「ひょっとしてお前、その時計を使ったんじゃ」
勿論、キャロラインは父親の話を本気で信じた訳ではない。
「……嘘でしょ……」
父の言葉を自分の身体を気遣った優しい嘘だと思っていたのだ。しかし今になって彼女は父親の言葉が紛れもない真実であった事を理解した。
「パパ、ママ……ッ!」
「お、おい泣くなよ……!」
そして、自分達を守るべく黒い獣に立ち向かいその命を散らした父と、自分を庇って力尽きた母の最後の顔が鮮明に浮かんだキャロラインは思わず膝をついて泣いてしまう。
「何でよ……ッ! 何で、何でこんなことになるの……!!」
「大丈夫だって、要はまたその時計使って元の時代に戻ればいいんだ。良かったじゃねえか、追われる理由はわからねえけど解決の糸口が」
「戻っても……戻っても私、殺されちゃうのよ! あの悪魔に!!」
「悪魔? 悪魔って何だよ!」
「あんまりよ……こんなの、もうどうしようもないじゃない……!!」
キャロラインは慟哭した。
父親から跳躍時計の詳しい使い方や【時間跳躍】の仕組みを聞かされていた彼女は、どうあがいても自分が助かる道はないという残酷な現実を改めて突き付けられてしまったのだ。
「どうしてよ! ねぇ、どうして!? 神様……ッ!!」
エイトはただ、絶望に打ちひしがれて泣きじゃくる彼女を見つめる事しかできなかった……
◇◇◇◇
時刻は正午12時。彼女達を見失い、路地の中を右往左往するジェイムスと数人の魔法使いは息を切らして立ち止まった。
「……くそっ! 駄目だ、見つからない!!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「相手は……、この路地を知り尽くしているみたいですね。まずいですよこれは……」
「今 何時だ!?」
「12時を少し過ぎた所です……!」
「……あと3時間だ。午後3時になるまでに見つけられなかったら……」
だがここで捜索を諦める訳にはいかない。何としてでも午後3時になるまでに彼女を捕獲し、そして迅速に処理しなければならないのだ。
「……恨むぜ、神様よ」
「ジェイムスさん……」
「手分けして探そう、俺はこのまま道なりに進むからお前達は別の道を探してくれ!」
「はい!」
「了解しました!!」
「見つけ次第、無力化して連絡します……では」
「ああ、みんな気をつけてな……」
後輩達に指示を出し、別々のルートを探す彼らを見送った後でジェイムスも走り出す。
「畜生、こんな仕事やってられるか……いつか絶対に辞めてやる! どうして毎年毎年、同じ日に何の罪もない女の子を殺さなきゃいけないんだよ!!」
行き場のない怒りを押し殺しながら少し走った所で目の前の小道からふらつく人影が現れた。
「うぉおおっとぉ! 危ないな!!」
ぶつかりそうになりながらもジェイムスは踏みとどまる。
「あ、キッド君……あの子は見つかった?」
「おま……ドロシー!?」
人影の正体はドロシーだった。
ドロシーの喪服ドレスはボロボロで額には薄っすらと血が滲んでいる。彼女らしからぬ痛々しい姿にジェイムスは思わず息を呑む。
「……アイツは、倒したのか!?」
「あはは、それがコテンパンにやられた上に取り逃がしちゃったの」
「おいおいおい、嘘だろ冗談だろ? ドロシーが負けたって……どんな化け物だよ!!」
「あはは、嫌になるわねホント。ところで君の方は?」
「……今、二人を追いかけている所だ」
「そう、頑張ってね。僕は少し心当たりのあるお店に行こうと思ってるんだけど……キッド君も一緒に来る?」
「は?」
「そのお店で働いてる子がね、キャロルと逃げてるのよ」
「はぁ!? 何だって!!?」
まさかの発言にジェイムスは目を見開いてドロシーに掴みかかる。
「ふやぁっ、やめてキッド君ー! 今は非常時で……」
「その店は何処だ!?」
「……ふふん、一緒に来るなら教えてあげるよ?」
「……ああ、クソ! わかったよぉ!!」
ジェイムスはドロシーを放し、不本意ながら彼女とその店に向かう事にした。
「その店は何処だ、ドロシー!」
「キッド君も知ってるお店よ」
「何!?」
「Naughty Dogs。君もよくお世話になってるでしょ」
「はぁ!? おい、どうしてそれを」
「ボスとはお友達なの」
Naughty Dogsの店長とドロシーは交流があり、そのコネもあってエイトは無事再就職できたのである。
恩を仇で返されている状況になってしまっているが、今回は仕方がないだろう。
エイトはキャロラインの事を何も知らないのだから。
「……変な話を聞いたりしてないだろうな!?」
「さぁね、じゃあ急ぎましょうか。こんな所で時間を潰している場合じゃないわ」
「……」
「さぁさぁ、急いで。早くしないとこの街が大変なことになるわよー!」
ドロシーはくるりと身を翻してタッタッと走り出す。彼女の何処か芝居がかった喋りと動きを怪しみつつも、ジェイムスは後を追った。
「おい、待て! 本当にその店に居るんだろうな!?」
「確証はないわ、そんな気がするだけよ」
「ふざけんな、こんな時に……!!」
「でも、あの子達が逃げ込める場所と言えばもうボスの店しかないわ。彼は困った子を見捨てられないから」
「……ッ」
「例えキャロルの中に【悪魔の子】が宿っていてもね」
二人は急いでバーを目指す。
互いにやり切れない心境を抱えながら……
一昨年あたりに変えたばかりなんですけどね