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「あはははははっ!」
先輩達はどっと笑い出し、エイトの背中をバシバシと叩く。
「感謝しろよぉ、エイト! 本当ならお前簀巻きルートだったぜ!!」
「あい、すんません。あとそろそろ叩くのやめ」
「そうだよなー! 追われてる女の子を見たら男なら助けたくなっちゃうよなぁー!!」
「あい、そろそろ骨まで響いてるんで叩くのやめ」
「はははははーっ! 俺はてっきり攫ってきたのかと思ったよ!!」
「だから! 痛えからもうやめろって!!」
店長は何とも言えない表情でカウンターへと戻り、ラルフは困った笑顔を浮かべて叩かれるエイトを静観していた。
「ちょ、ちょっと、もうやめてあげてよ!」
見かねたキャロラインが彼らを制止する。
「はっはっは!」
「うーん、可愛い! 君に免じて今日は許す!!」
「今日のところはな! はっはっ!!」
先輩達は叩く手を止めて笑いながら仕事に戻っていった。
「大変ねぇ、魔法使いに追われるなんて。怖かったでしょう?」
ラルフがキャロラインに近づいて声をかける。
「あ、あの……」
「大丈夫、ここの店員は訳アリだけど……優しい子ばかりよ。特にアタシらのボスはね、困ってる子は見捨てられないのよねぇ」
「訳アリ……?」
「そ、訳アリ。ほら、エイト君もさっさと立って彼女をあの部屋に案内してあげなさい」
「いってーなぁ……、まだ背中が軋むんだけど」
「仕事サボった罰にしちゃ軽いでしょうが、おらおら動きな」
エイトは痛みを堪えながら立ち上がり、キャロラインを店の奥にある非常ドアに案内する。
「ヒューッ! 妬けるねぇ!!」
「いい子を見つけたなぁ、色男ぉ!」
常連客はエイトを煽るように口笛を吹き、笑いながら二人を見送った。
「はっはっ、甘いねぇ。姐さんもマスターも」
ラルフの近くにいた常連の一人が彼女に声をかける。大分酒が回っているようで、その魚のような顔は真っ赤になっていた。
「うーっさいわね。いいじゃない、たまには人助けしたって」
「人助け……ぶっ、はははははは! そうだなぁ! 人助けもしねえとなあ!!」
「あーっ、その笑い方ムカつくわ。後でアンタから出汁とってやろうかしら」
「生きたままフライにしてやってもいいぞ??」
「……ごめん」
店長とラルフのドスの効いた声を聞いて酔いが覚めたのか、魚面の男は大人しくなった。
ラルフの言葉通りこのバーの店員達は過去に間違いを犯してしまった者ばかりだ。
また今回のように警察や管理局に追われて逃げ込んで来た者が匿われたりする事もある。店長は色々な意味で鼻が利き、逃げ込んできた相手が『根っからの悪人』か『訳アリの悪人』かを、その眼を見つめ匂いを嗅ぐだけで判別する能力を持つ。
訳アリの場合は彼女のように匿われるが、根っからの悪人の場合はその場で蹴り出すのだそうだ。
「で、あの子はどうだったの? ボス??」
「ああ、かなりの上玉だな」
「どっちの意味で?」
「両方の意味かな」
ラルフの問いかけに店長は少し困った様子で答えた。
「あの人たち……異人よね」
非常ドアを抜けてひんやりとした職員用通路を歩きながらキャロラインは呟いた。
「そうだな」
「あんなに楽しそうに笑う姿を見るのは初めてだわ……」
「は? 笑う異人なんて街歩けば嫌でも見かけるぞ? お前ホントに何処に住んでんの??」
「何言ってるの、異人は収監地区から許可無く出られないはずよ。それが……こんな所で楽しそうにしてるなんて……」
「……ちょっと聞いていいか?」
エイトは通路の途中にあるラルフのお楽しみ部屋の前で立ち止まる。
「? 何よ?」
「いや、大した事じゃないんだが……」
一先ず落ち着ける場所に到着した事もあり、今の内に彼女に聞いておきたい事を全部話してしまおうと考えたのだ。
「お前さ、何年生まれ?」
「え、急に何よ……」
「いいから」
「……1931年よ、それがどうかしたの」
「……言っていい?」
「何なのよ」
「今ね、誓暦2028年なわけよ」
キャロラインは沈黙する。
「……えっ?」
彼女は目を見開いてエイトを見るが彼も困惑するしかない。
「だってさ、その服……おかしいじゃん! どう考えても場違いだろ!!」
「……ごめんなさい、言ってる意味がわかんない。何よ、2028年って……貴方ふざけてるの!? この服だって今流行りのファッションなのよ!!?」
「知らんわ! いつの流行りだよ!!」
「流行のファッションもわからないの?! 貴方こそ本当にこの街に住んでたの!!?」
キャロラインの衣装はまるで戦前の映画女優が着ているような白いリボンタイとふんわりとしたスカートが特徴的な黒いドレスだ。
良く言えばレトロ、悪く言えば古臭いその衣服はとても今時の少女の趣味に合うものではない。
「俺のセリフだっつーの! 生まれた年が1931年で、お前今いくつ!?」
「17歳よ!!」
「ほらぁ! オカシイだろ! 今2028年だよ!!?」
「私だって頭がおかしくなりそうよ! もう何なのよ、何がどうなってるの!!」
キャロラインは大きく取り乱し、涙目になりながら叫んだ。
対するエイトも彼女の言葉に混乱する。彼女の生まれ年が嘘偽りない真実であれば、今目の前にいる女性の年齢は97歳でなければならない。
「おまえ本当は97歳で、年齢をサバ読みしてるとかは!?」
「ふざけないで! 私は人間よ!? 97歳になっても老けない人間が居るわけ無いでしょ!!」
だがキャロラインは普通の人間で、年齢は17歳であると供述している。
それに彼女が言っていたロンディノスという名前や収監地区といった単語、時代錯誤にも程があるファッションから察するにキャロラインという少女は何らかの事故でこの時代までタイムスリップしてきたと捉えるべきであろう。
もしくは異世界の門を潜って来たかのどちらかだ。
「あーっ、益々わからねえ! じゃあ何で管理局に追われてんの!?」
「だって……」
キャロラインは不意にあの時の事を思い出した……
黒い獣の触手が次々と家族を貫き、突然の事態に放心状態だったキャロラインは為す術無く 赤い触手 に貫かれようとしていた。
『え……?』
『キャロライン……ッ!!』
しかし母親のケイトは胸を貫かれながらも最後の力を振り絞り、愛する娘を守るべく駆け出した。
『ママ……ッ?』
触手はキャロラインの心臓近くを狙って伸びていたが、ケイトに突き飛ばされた事で狙いが外れ、胸ではなくその右腕を貫く。
『あうう……っ!』
『逃げて、お願い……貴女だけは』
『マ、ママ……ッ』
しかしそこでケイトは力尽き、娘に倒れ込むようにして意識を失った……
『ママァァ────ッ!!』
キャロラインは絶叫し、力無く自分に倒れ込むケイトを支えようとしたが右腕の痛みがそれすらも許さなかった。
『ああああっ!!』
そのまま彼女は体勢を崩し、テーブルに置かれていたあるものに触れてしまった……
そして、気がつけば誰もいない我が家に居たのだ。