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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.3 「溢れた酒を見て泣いちゃえよ」
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5

「お待たせしました! 特製たまごサンド八人分です!!」


 暫くしてアトリが大きな紙袋を抱えていそいそとやって来る。


「ありがとう、アトリちゃん。これお代ね」

「いつもありがとうございます。また来てくださいね!」

「あはは、それじゃあまたねー」

「もう来なくていいぞー」


 厨房から恨めしげに此方を睨むタクロウが憎まれ口を叩くが


「タクロウさん!」

「じょ、冗談だよ!」


 すぐにアトリに叱られてペコペコと頭を下げる姿にニヤニヤしながらドロシーは店を出た。


「……どんだけ嫌われてるんですか、社長」

「本当に、不思議ですよね。ドロシーさんは 凄く優しくて良い人 なのに……」

「えっ?」


 スコットはアトリが切なげな顔で発した言葉に硬直する。



「あ、来た来た。どうしたの、スコッツ君ー。来るのが遅いよー」


 店のドアを開けるとドロシーが車の前で待っていた。


「……」


 スコットはふと考える。このまま全力疾走すれば逃げられるのではないかと。


「スコット君?」


 だがすぐに諦めた。


 逃げてもすぐに追いつかれるだろうし、逃げ切ったところで行く宛てもないからだ。


「いえ、何でもないです」

「そう。それじゃあ車に乗りなさい」


 スコット達を乗せて車は走り出す。


「……俺、これからどうすればいいんでしょうね」


 開きっぱなしの窓からこちらに敬遠するような眼差しを向ける個性豊かな住民達を見ながらスコットは呟く。


「決まってるでしょ? これから君は僕のファミリーとして頑張ってもらうの」

「……」

「住むところについては気にしなくていいよ、僕が用意してあげるから」

「……どうも」


 僅か数時間で今までの人生観をひっくり返されたスコットは疲れきった顔で座席にもたれ掛かる。


「あーあ……」

「そんな憂鬱顔になってこれからのことを考えても幸せはやって来ないよ。今までの君がそうだったようにね」


 そんなスコットの肩にもたれ掛かってドロシーは知ったふうな口を聞く。


「……社長に何がわかるんですか」

「わかるよ、大体ね」

「出会ってまだ3時間も経ってないのにわかるわけないでしょ。あんまり俺を馬鹿にしないでくださいよ」

「わかるよ。僕は君よりも長生きしてるし、君よりも色んな人を見てきたし、君よりも色々と経験してきたからね」

「……」

「目を見ればその人がどんな人で、どんな人生を送ってきたのか大体わかるのよ」


 ドロシーはそう言ってスコットの顔を見つめる。


「苦労したね、スコット君」

「……!」


 スコットは思わず手で顔を覆い隠し、彼女の瞳から逃げるように顔を背けた。


「……そんな目で、見ないでくれますか。同情なんていりませんよ」

「僕は同情なんてしないよ。ただ自分に正直なだけ」

「……何すか、それ」

「だから僕は君を選んだの。君を見た時、心に響くものがあったから。自分の心に正直に従って君をファミリーにしようと決めたの」

「意味わかんねぇ……、もう放っておいてくださいよ。これ以上、余計なことを言われたら……アンタが嫌いになるから……」

「それは嫌だねー。わかった、君が元気になるまで話しかけないようにするよ」


 ドロシーはスコットから離れて反対側の窓から外を見る。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……元気出た?」


 そして一分ほど沈黙した後で再びスコットに話しかけた。


「……んな簡単に元気出るわけないです」

「……そう。ところで聞きたいんだけどさ、君は元気になるまで大体どのくらいの時間がかかるの?」

「知りませんよ、そんなの」

「それじゃあ、いつまで待っても元気になりそうにないね」

「あの、社長……本当に今は」


 ふと膝の上に感じた重みが気になってスコットが顔から手をどかすと、ドロシーが彼の膝に座り込んでいた。


「はぁ!? ちょ、社長!」

「じっとしてて」


 そしてドロシーは彼の額に自分の額を当てる。


「……あの、社長……?」

「どう、元気出た?」

「出ませんよ」

「あれ、おかしいな……もう少しこうしていないと駄目かな」

「だから……一体、何してるんですか、社長! ふざけるのはやめてください!!」


 スコットはドロシーの肩を掴んで自分から引き離す。


「いい加減にしてくださいよ! 俺は! 放っておいて欲しいんだって!!」

「あはは、やった。元気になったね」

「ハァ!?」

「元気のない人にこうして額を当てると、その人はすぐに元気になるって。ルナに教えて貰ったの」


 ドロシーは嬉しそうに笑いながら恍けた事を言う。


「そんなので……元気になるわけが」

「あれ? おかしいな、もっと強く額を当てないと駄目なのかしら」

「や、やめてください! ぶん殴りますよ!?」

「ほら、さっきより元気になってるじゃない。やっぱりこのおまじないは効果あるのねー、ルナは凄いわ」

「……ッ! このっ、本当に……!!」


『ぶん殴ってやりてぇ』とスコットは心の底からそう思った。


 ドロシーの笑顔が気に入らなかった。


 放っておいてくれと言っているのに、決してそうしてくれない彼女に心底苛ついた。

 こちらがネガティブな気持ちに浸ろうとしても、憂鬱に身を委ねようとしても、これまでを回想して悲観しようとしても彼女はそれを許さなさい。


 スコットはそんな彼女が本当に大嫌いになった。


「このっ……くっ……くっ!」


 だが、不思議な事に彼の心に反してその表情は徐々に緩んでいく。


「くっ……はははっ、はははっ! あーもー! 本当にアンタって人は!!」


 心では笑いたくない筈なのに、彼は笑い出してしまった。


「あははー、ほら見なさい。元気になったわ」

「俺は本当にアンタが嫌いだ! 絶対にファミリーなんてなりませんからね!!」

「もうなってるよ。君は僕のファミリー」

「はっはっ! いーや、違う! 絶対になりません! 絶対に、なりませんからね!!」

「あははは! でもなるの! 絶対に、君は僕のファミリーになるんだから!!」


 いつの間にか黒塗りのオープンカーからは楽しそうな笑い声が聞こえてくるようになっていた。


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