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「ごめん、ちょっと何言ってんのかわからない」
「だって……貴方さっきから怪しいわ! 言ってること滅茶苦茶だし! 暗い路地から出ようとしないし!!」
「待てやコラ!助けてやったんだぞ!? 感謝の言葉もなしに何てこと言うんだテメー!!」
「いやー! 助けてえええー! 誘拐よー!!」
助けられた恩を忘れ、キャロラインは路地で叫んだ。
しかし彼女からすればいきなり友人に殺されかけ、逃げた先で知らない魔法使いにまた殺されかけ、そして今は身動き出来ぬまま初対面の誰かに甲斐甲斐しく担がれて暗い路地を進んでいる。
「誰か助けてええええええーっ!!」
状況を把握できていない彼女が、想像できる中で最悪の事態を思い浮かべてしまうのは至極当然の話だろう。
「おまえーっ! ふざけんなよ、さっきの魔法使いの仲間が来たらどうすんだよ!!」
「助けてぇえええー! パパーッ!!」
そんな彼女が出来る事と言えばただ一つ、大声で助けを呼ぶ。これに尽きる。
「パパー……ッ! ゴホッゴホッ!!」
「今度は何!?」
「うう……っ、気分が……」
「おいやめろ、今は吐くな。吐くなよ! 頼むよ!?」
「ウグッ……」
「うぉおおおおおお! やめろおおおおおおおお!!」
彼女に続いてエイトも叫んだ。
「ああ────っ!!」
幸か不幸か、その悲痛な叫び声は表通りにまでは届かなかった……
◇◇◇◇
一方、ウォルターズ・ストレンジハウスでは。
『死亡した、大型魔導具メーカー『R.G.C社』の会長、ライザー・レイバック氏の葬儀が昨日執り行われました。彼の葬儀には親族や多数の著名人が出席しており』
「ドリーちゃん遅いなー」
「もしかして、何かあったのかしら」
「どうだろな。何かあっても今日だけは一人でやりたいらしいんだよな」
ルナとアルマがリビングのソファーに深く腰掛け、ニュースを流し見しながら憂鬱な溜め息を漏らす。
「アル様、そろそろお着替えになられたら如何ですの?」
「んー? めんどくせえ」
「いい歳どころか、年齢三桁越えのレディが下着姿で胡座をかくのは痛々しいですわ。女を捨ててしまうのも仕方ないお歳かもしれませんが、少しは気にしてくださいな」
「喧嘩売ってんのか、テメー」
「悔しかったらさっさとお着替えなさってくださいませ」
「……ぐぅー」
マリアに論破され、アルマは渋々と服を着る。
今日の服は黒地のフリルパーカーとデニム生地のミニスカート。動きやすい服装を好む彼女は、ルナのようなワンピース服やドレスといった女性らしさを強調するものはあまり着ようとはしない。
「うふふふ、お似合いですわ」
「そっかー、もっと動きやすいのがいいんだけど」
「アルマは可愛いから、何を着ても似合うわね」
「ルナに言われると気になるな……」
ルナに褒められてもアルマは素直に喜べなかった。何とも言えない表情でルナの身体を見つめるアルマを見て、マリアはくすりと笑う。
「対抗意識が芽生えるのはアル様が女である証拠ですわね。少し安心いたしましたわ」
「安心って何だよ!」
「だって……ねぇ? ルナ様」
「そうね、ふふふ」
「二人して何だよぉ! 傷つくだろぉ!?」
和気藹々としながら時を過ごす彼女達とは対照的に、リンボ・シティは極度の緊張状態に包まれていた。
「見つかったか!?」
「いいえ、まだです!」
「急げ、あまり時間はないぞ! 何としても彼女を見つけ出して無力化するんだ!!」
「はいっ!」
マッケンジー邸での即時処理が失敗し、キャロラインが街中を逃走しているという状況はまさに緊急事態であり一刻の猶予も争う。
管理局所属の魔法使い達は総出でシティ中を捜索し、警察、治安部隊、果ては情報屋にまで協力を要請して彼女の行方を追っている。
エイトが手を差し伸べた相手はそれ程までに危険な存在なのだ。
しかし彼女自身に危険な能力や潜在的な脅威が秘められているのではない。
父親からの遺伝で魔法に対して優れた適正を持っているが、管理局が危機感を抱く程でもない。その精神に異常がある訳でもなく、彼女そのものは至って普通の少女なのだから。
「……うーん、参ったな。こりゃ地下道を使った方がいいかもなあ」
「……」
「大丈夫か?」
「放っておいてよ……」
「ああ、もう気にしてねえよ。安物のジャンパーが台無しになっただけだし」
「……最ッッッ低!!」
エイトとキャロラインは路地の片隅にある朽ちかけた小屋に身を潜める。
小屋の作りは簡素そのもので、所々に空いた小さな穴や隙間からは冷たい風が吹き込んできた。ボロボロの椅子に座り、キャロラインは膝を手で摩って寒さに耐えている。
「ちょいと脚見せてみな。それと右腕も」
「な、何するの!?」
「怪我してんだろ? 手当して」
「いやあっ!」
「あだっ!!」
キャロラインの怪我の具合を心配し、手当をしようとしたエイトの顔面に鋭い蹴りが入る。
彼に他意はないが、年頃の少女にとって見知らぬ相手にデリケートな脚部を気安く触られるのは我慢ならないようだ。
「いてーな! 何すんだ!!」
「こっちの台詞よ! この変態!!」
「怪我したままだと走れねえだろ!? いいから見せろ!」
「や、やめなさいよ!」
「手当したあとならもう一発くらい蹴られてやるよ!!」
「いやぁああー!!」
半ば強引に脚を取られ、キャロラインは恥ずかしさと屈辱のあまり顔を手で覆う。身体の痺れは殆ど収まっており、もう少しすれば走れるようになるだろう。
(こんな、こんなの……最悪だわ! 絶対に逃げて通報してやるんだから……!!)
キャロラインは隙をついてエイトから逃げ出す決心をした。
「……あ?」
「~っ!」
「何だよお前、怪我なんてしてないじゃねえか! 脚を怪我して倒れてたのかと思ったのによ……おら、右腕もみせろ!!」
「え……っ?」
「はい、怪我なーし。この血はなんですか? 血糊ですか? 馬鹿にしやがって!!」
キャロラインは再び困惑した。
右腕は怪物の触手に貫かれて負傷していた。屋敷から裸足で逃げ出したので足裏も酷く傷ついている。
それこそ途中から出来た血の足跡を追って、ドロシーが彼女の居た場所へと辿り着いた程だ。
「怪我が、ない……?」
いつの間にか痛みは感じなくなっていたが、それは痺れる魔法を受けて痛覚が麻痺しているからだと彼女は思っていたのだ……