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「酷いことするんだな? アンタ」
「……仕方がないんだ」
「は? 何が??」
「いいから離れなさい、そして家に帰るんだ。彼女は我々が保護する」
「助けて、お願い……」
「保護? 保護だって?? おいおい、何処が保護だよ……やり過ぎだろ」
「彼女から、離れるんだ」
「……」
男は無言で立ち上がり、自分を睨む魔法使いを見返す。
「すいませんでしたぁぁぁー!!」
そして物凄い勢いで魔法使いに頭を下げた。
「……」
さっきまでとは打って変わって弱気な態度で謝罪する男に魔法使いは顔をしかめる。
「すみません、調子に乗りました! ほんとごめんなさい!!」
「いいんだ、早く家に帰りなさい……」
「助け……」
「じゃあ、俺はこれで───」
魔法使いの足めがけて金髪の男は鋭い蹴りを放つ。
「なっ!?」
不意の攻撃を受けた魔法使いは足元をすくわれ、背中から地面に倒れ込んだ。
「ぐあっ、何を……!」
「ごめんな、恨むなよ!」
倒れる魔法使いの脇腹に軽く蹴りを入れる。
「がふぅっ!!」
軽めに放った筈の蹴りは深々とめり込み、その体を2m程吹き飛ばす……予想外の威力に蹴りを放った本人が動揺した。
「だああっ! ごめえええん! 許して!!」
「あうう……」
「大丈夫か、嬢ちゃん!」
倒れるキャロラインを担ぎ上げ、その金髪の男は走り去る。
「ガハッ、ゴホッ……! ぐっ!!」
脇腹にかなりのダメージを受けた魔法使いは立ち上がれず、咳き込みながら叫んだ。
「ま、待つんだ! ゴホゴホッ! 彼女は……!!」
自分を呼び止める声に耳を貸さず、男は人気のない路地に脱兎の如く逃げ込む。
「……た、助けてくれるの?」
「あー、うん。わりぃ、深い意味は特にねえんだ」
「……??」
「体が勝手に動いた、気にすんな。別にアンタを助けたかったわけじゃねえと思う……」
「……何それ」
「とりあえず今は逃げるのを手伝ってやるよ!!」
その男の名はエイト、この街に最近移り住んだ元運び屋の青年である。
「……ううっ」
「な、何だよ」
「酷い……どうして、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの……」
「……そういう時もあるさ。運がなかったんだよ、あんたは」
「毎日毎日、神様にお祈りしてるのに……」
「神様? ははっ、祈るだけ無駄だ。祈るだけじゃ、神様は何も与えちゃくれねえよ」
啜り泣くキャロラインに軽い態度で言い放ち、エイトは暗い路地を逃げていった。
(あーあ、くそっ! つい柄にもねえことやっちまった!!)
(別にこの街で女が酷い目に遭うのはよくある事だろ! 何で、今日に限って……クソッタレめ!!)
何故彼女を助けたのか、それはエイト自身にもわからない。ただ考えるより先に身体が動いてしまったのだ。
◇◇◇◇
時刻は午前10時50分。マッケンジー邸前には魔法使いや警官隊の増援、そして救急隊が到着していた。
「本当に、嫌になっちゃう……」
壁に空いた穴に腰掛けてドロシーは不貞腐れる。先程の戦闘で杖は二本とも使用不能になり、残る魔法杖は保険として持ってきた一本のみとなっていた。
「あの……ドロシー・バーキンス。報告を」
「話しかけない方がいいわよ。見ての通り、あの子は今すっごい機嫌が悪いから」
話を聞こうとした管理局の男性職員を白衣を纏った赤毛の美女が制止する。彼女は管理局関係者ではないがとある事情で呼び出された協力者だ。
「まぁ、どうしてもって言うなら止めないわ。怪我しても知らないけど」
赤毛の女性は咥えていた煙草にマッチで火を点け、気怠げに煙を吐く。
「ふー……で、例の灰色の天使は何処かしら?」
「さぁ、街をお散歩したい気分なんじゃないかな」
「まさか、逃したの? あのドロシー・バーキンスちゃんが?」
「逃したんじゃないわ、逃げたのよ先生」
「珍しいわね、アンタが獲物を取り逃がすなんて。今日は調子でも悪いの?」
「かもしれないわね」
ドロシーは少々厭味ったらしい赤毛の女性の言葉をサラっと流す。
「そういえば最近、彼氏が出来たらしいじゃない。今日は一緒じゃないの?」
「先に帰らせたわ。彼に何か用でも?」
「別に? ちょっと顔を見たかっただけ」
「そういう先生こそ、かわいい助手ちゃん達はどうしたのよ?」
「一人は診療所のベッドで寝てるわ。もう一人は仕事中よ」
「ちゃんと休ませてあげてる? 先生は人使い荒そうだから心配だわ」
「アンタほどじゃないわよ」
仲がいいのか悪いのか判断に困る二人の会話をアレックス警部達は微妙な表情で聞いていた。
「あのー……少しいいですか?」
気弱そうな魔法使いが赤毛の女性に声をかける。
「あら、ナンパ? 悪いけど、私は顔の好みにうるさいのよ」
「いえ、違います……あの」
「即答すんなよ、傷つくじゃないの」
「えっ、あっ……すみません!」
「謝らなくてもいいよ。この先生、謝っても面倒臭いから」
「酷いわね、堕天チビ眼鏡。その口の悪さのせいで嫌われるっていい加減に気づきなさいよ」
「余計なお世話よ、ヤブ医者」
「え、ええと……」
「で、何よ?」
魔法使いは二人のペースに飲まれて冷や汗をかく。
「それにしても天使が此処にいないんじゃ、とんだ無駄足だったわね」
「ええと、実は先程の戦闘で負傷者が多数出てまして……そちらの手当てをお願いしたくて」
「あー、男はサービス対象外よ。治療費高くつくけどいい?」
「えっ」
赤毛の女性は煙草を取り、気弱そうな魔法使いの目をジロジロと見つめながら言った。
「でも、女の子なら?」
そんな彼女にドロシーが聞く。
「条件次第で治療費最大90%OFF。可愛ければ男の子でもOKよ」
赤毛の女性はニヤリと笑って返した。
「流石、特殊性癖と偏屈ぶりで有名なブレンダ先生ね。虫唾が突き抜けて寧ろ好きになっちゃいそう」
「やーだ、そんなに褒めないでよ。その可愛い顔にメス入れたくなっちゃうじゃない」
彼女の名前はブレンダ・カーマイン。13番街区に小さな診療所を構える年齢不詳の闇医者だ。
豊富な医学知識と神が宿っているとしか思えない天才的技術を持ち、その気になれば僅かな例外を除き、どんなに困難な手術であろうとも片手間に成功させてしまうリンボ・シティでも頭一つ突き抜けた名医である。
「あ、あの……」
「そうね、一人3万L$。一括前払いね」
「えっ、それは」
「3万L$ね」
法外な治療費に困惑する魔法使いに向け、ブレンダは真顔で二回も請求する。
「払えないなら残念だけど他に頼んで。私は忙しいのよ」
……名医なのは確かなのだが、その性格に多大な問題を抱えているのが彼女最大の難点なのだ。