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「……入るよ、クレイン君」
屋敷の中は修復され、生前のマッケンジー家が愛した温かみのある屋内に戻っていた。
問題なく住む事も出来るだろうが、誰もこの屋敷を買い取ろうとはしない。今でこそ人が住めるようになっているが、80年前のこの場所こそが終わらない悪夢の発端となったのだから。
「……」
ドロシーは息を殺し、屋敷の中の様子を伺う……
カタンッ
微かにリビングの方から物音が聞こえる。ドロシーは足音を立てないように注意して歩く。
「ハーイ、そこにいたのね。キャロライン」
「ひっ……!」
リビングにあるダイニングテーブルの下で一人の少女が震えながら隠れていた。
「僕よ、覚えてるでしょ?」
「ド、ドリー……??」
ドロシーの声を聞いて机の下に隠れていた少女【キャロライン・マッケンジー】は姿を現した。
父親譲りの薄い灰色の長髪で、瞳は母親譲りの淡い紫色。服装は妙に古めかしく、今時の少女が身に着けるには時代錯誤気味なドレスだ。
お洒落なハウススリッパを履いているが何らかの拍子に脱げてしまったのか、片方は裸足となっていた。
「な、何が起きてるの? パパは? ママは? ……私の家族は何処にいるの??」
「大丈夫、みんな一緒にいるわ……」
キャロラインは何故か右上腕部を負傷しており、左手で傷を抑えている。その表情も恐怖に支配され、ひどく怯えている様子だった。
まるで先程まで何者かに襲われていたかのように……。
「庭で、庭で何をしていたの!? 銃声と爆発の音が聞こえたわ……それに、それに」
「大丈夫、安心してキャロル。すぐに皆に会えるわ」
「あの、あの怪物は……」
「キャロル、そいつはもう僕が倒したよ。みんなを襲った怪物はもういないわ」
キャロラインは親友のドロシーと会話しているのに何故か心が落ち着かなかった。
いつもの優しい笑顔なのに、その瞳は笑っていなかったのだから。
「そ、そう……、じゃあドリー。皆に会わせて」
「うん、わかった」
ドロシーはキャロラインに魔法杖を向ける。
「え?」
「……」
「ドリー……?」
「ごめんなさい、僕たちにはまだこうする以外に……貴女を救う方法はないの」
「何を、言っているの?」
「許してとは言わないわ」
キャロラインは察した。ドロシーは本気だ、本気で自分を殺そうとしている。
「……ドリー、どうして?」
「……」
「私達、友達でしょう……?」
「……うん、友達よ。貴女は僕の大切な友達……」
震えながら後退るが、足が上手く動かない。幼い頃からの友人の豹変に、彼女は混乱するしかなかった。
「だから、僕が送ってあげる。皆のところに」
ドロシーは杖に魔力を込め、今まさにキャロラインに向けて魔法を放とうとした……
「ドロシー! 気をつけろ、そっちに行ったぞー!!」
屋敷の外から聞こえてきた、警部の叫び声。
〈グルオオオオオオーッ!!〉
彼の声が聞こえたと同時に、何者かが屋敷の壁を突き破って現れる。
「なっ!?」
その何者かは、先程倒した赤黒い怪物だった。
ドロシーは怪物に気を取られ、キャロラインから目を逸らしてしまった。その隙をついてキャロラインは逃げ出し、すぐに気づいたドロシーも逃げる彼女に向けて魔法を放った。
「キャロル! 駄目よ、貴女はッ……!!」
「……ッ!!」
キャロラインは悲鳴を噛み殺し、身を屈めて魔法から逃れながら屋敷の裏口から外に飛び出す。外に出た際にもう片方のスリッパも脱げてしまったが、彼女はそのまま裸足で走り去った。
「キャロル……!!」
ドロシーは歯を食いしばり、目の前に現れた怪物を睨みつける。
「……ッ」
徹底的に破壊された筈の顔面は再生しており、真っ赤な双眸は燃え滾らんばかりの怒りを宿しながらこちらを睨みつける。
「何よ、その眼は?」
〈グルルルルルルルル!!〉
「何か言いたいことでもあるの? ん??」
〈グルルッ、グルァアアアアアアアアアアアアアア!!〉
「上等よ、この不細工ゴリラゾンビが!!」
空いた左手で予備の魔法杖を取り出し、迫り来る怪物に向けてドロシーは魔法を連射する。
《グルオオオオオオオオオ────ッ!!》
怪物の咆哮は、屋敷の外で傷つき倒れる警官隊や魔法使い達にもハッキリと聞こえた。
「あのタフネスに再生能力持ちとか、嫌がらせか」
「警部、異界門がまだ閉じてないんですけど……アイツの仲間が出てきたりしませんよね?」
「出てきたらそれこそ遺書の出番だな」
「……」
キャロラインは彼らの死角である裏口から逃げ出し、彼女が屋敷から逃げたという事実はドロシーしか知り得なかった。
「警部―ッ! 裏口っ、裏口からっ……!!」
そして彼女も執拗に自分を狙う怪物に邪魔され、キャロラインを追う事ができない。
〈グオオオオオオオオオッ!!〉
「ああ……っ、もう! 最悪、最悪よ! 今日は!!」
〈グオオオオアアアアアアアアアアアアア!〉
「うるさい、死ね! お前のせいだぞ責任とれよ、死に損ないの赤黒ブサイク霊長類モドキが!!」
ドロシーはアンテナをピンと立てて憤怒の感情を顕にし、彼女らしからぬ罵詈雑言の嵐をぶちまけながら魔法を連射する。青白い光の弾丸が赤黒い怪物に殺到するが、傷つくと同時に再生が始まってしまう。
「ああぁぁぁぁ! もう、何なのよ、その身体はッ! ふざけてるの!?」
誰かを思い出す常軌を逸したタフネスと巨大な両腕を武器に暴れまわる怪物を前に、ドロシーの怒りは頂点に達する。
「もういい、もう沢山よ!!」
怪物の攻撃を回避して少し距離をとり、両手の杖にありったけの魔力を込めて狙いを定める。
計12本の術包杖を装填したシリンダーが青い光を放ちながら高速回転し、二本の杖先に青白い魔法陣が発生。
ヒィィィィィ……ン
それに呼応するかのように彼女の周囲に光の粒のようなものが浮遊し始め────
「全力でお前を消し尽くす!!」
その言葉と共に、二本の太く青白い光線が杖から放たれる。
────ズワォッ!!
その光線はドロシーに飛びかかってきた怪物の胴体を一瞬で蒸発させ、そのまま屋根を突き破った。
「消えろ、消えろ、消えろ、全部消えろ! 消えてしまえぇ────!!」
怒れる魔女は叫びながら光線魔法を連発し、ついに怪物の肉体は欠片も残らずに蒸発する。
「わー……」
「わー……」
「うわー……」
お洒落な屋敷の中から眩い閃光が次々と青空を突き抜けていく様を、警部含む警官隊や魔法使い達が唖然としながら眺めていた。