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紅茶が足りていないので、今日のお嬢様は口が悪いです。
「警官隊、下がって! そこは危険だ!!」
「全員退避しろ、急げ! 急げー!!」
「ふざけやがってぇええええー!!」
魔法使い達は杖を構えて警官隊に異界門から離れるように指示した。
〈グルオオオオオオオオオオ!!〉
門からは獣のような咆哮が聞こえ、ナニカがこちら側に這い出ようとしている事を容易に察知できた。
「……ちぇっ」
ドロシーは思わず舌打ちし、彼らに対処を任せて屋敷の中に入ろうとする。
「此処は任せていいわね? 僕は屋敷の中に入るよ」
「……お願いします。ドロシー・バーキンス」
「銃を構えつつ距離をとれ、何が出てくるかっ────」
警部が警官隊に声をかけた瞬間、彼の体が宙を舞った。
「えっ……!?」
異界門から現れた赤黒く大きな腕が彼を殴り飛ばしたのだ。
大柄な警部の身体はまるで人形のように軽々と打ち上げられ、ドロシーの目の前に落下した。
「警部!!」
「くそっ、アレックス警部がやられた!!」
リュークは思わずその腕に向かって拳銃を発砲する。
それに続いて警官隊も手にした銃で攻撃するが、大したダメージは与えられていない。
〈グルルオオオオオーッ!〉
「駄目だ、君達は下がって!!」
魔法使い達も杖に魔力を込め、門から這い出た怪物に狙いを定めていた。
「……」
「ぐ、うう……~ッ!!」
ドロシーは地面に叩きつけられて悶絶する警部に近づき、彼に手を差し出す。
〈グオオオオオッ!〉
背後では何やら獣のような声と銃声が聴こえてくるがドロシーは振り向きもしなかった。
〈グルォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!〉
「大丈夫? 警部」
「……大丈夫なわけないだろ!!」
「鍛えててよかったね。じゃあ、此処は任せるから後は」
「うわああああー! 何だこいつは!!」
「くそっ、化け物めええええ!!」
彼女の背後では異界の怪物VS警官隊&魔法使い達の壮絶な戦いが繰り広げられていた。
ギョーン、ギョーン!
ドパンッ! ドドドッ!!
チュドーン! チュドーン!!
魔法や銃弾が飛び交い、それを受けた何者かは獣のような雄叫びを上げて暴れまわる。
「うおおおーっ!」
「ぎゃあああーっ!!」
そして何やら鈍い音と共に、誰かの悲鳴が聞こえてくる。
「頑張ってね、警部」
「……ちょっとくらい手を貸してくれると嬉しいな?」
「時間がないのよ、事が済んだら手伝うよ」
時刻は10時28分。急いで屋敷に入らなければいけない……30分になれば、屋敷の中に彼女が現れるのだから。
「ぐあああああああああああー!」
「腕がぁああー!!」
「ぎゃああああー!!!」
警官隊や魔法使いの悲鳴が聞こえてくる。どうやら彼らには荷が重い相手だったようだ。
「……悪いけど、もう少し持ちこたえて」
しかし優先度からすれば屋敷の中に現れる存在の方が上だ、戦っている皆様には申し訳ないが少し我慢してもらおう……断腸の思いでドロシーは歩を進めようとするが
〈グギョアアアアアアアアアアアアアアア!!〉
「……」
「くそっ、もういい!」
警部は軋む身体を押して立ち上がり、拳銃を手に背後の怪物に立ち向かっていった。
「……もう」
ドロシーは片足をトンと鳴らす。
その様子から、彼女は今非常に苛立っているであろう事が見て取れた。アンテナ癖毛はみょんみょんと忙しなく揺れ動き、深い溜息を吐いて片足を鳴らし続けている。
〈グルアアアアアアアアアア! ヴェアアアアアアアアアア!!〉
「何て奴だ……、あれだけ攻撃されてまだ動くのか!?」
「ぬわあああーっ!!」
「警部、無理しないでください!」
「いいから此処は俺達がやるんだよ!!」
「はっ! 警部、危な……うわぁああっ!!」
「リュークーッ!!」
時刻は10時29分……
「全く……」
ドロシーはコートからお馴染みの魔法杖を取り出した。
「しっかりしろ!」
「ぐっ……、足がやられました。すみません警部……俺はもう」
「これくらいなんだ、早く立てッ!!」
「え、あの……足折れて立てないんですけど」
「アレックス警部! リューク刑事! 危ない、逃げ」
「そのまま寝てなさい。動くと死ぬわよ」
────パァンッ
その言葉と同時に杖を構えながら振り返り、ドロシーは魔法を放った。
放たれた魔法は小さな白い光弾となり、今まさに警部達を巨大な両腕で叩き潰そうとしていた赤黒いゴリラのような大型生物に命中し────
〈ギャッ!!〉
直撃と同時に爆発してその上半身を大きく焦がした。
────ドパァンッ!!
初撃に続けて二発目の光弾が放たれ、怪物に命中する。
「ギャーッ!」
「うおおおっ!!」
近くにいた警部達はその爆風に吹き飛ばされ、地面を転げ回った。
「本当に、本当に、本当に……」
ドロシーは苦しむ怪物の頭部に向けて、青白い光の弾丸を連射する。
どうやらその赤黒いゴリラは魔法に対して強い耐性を持っているようだが、ダメージを受けない訳ではない。それでも魔法で瞬殺出来ない分、十分な脅威と言えるだろう。
「本ッッ当に!」
だが、相手が悪かった。
「ふざけんな、この害獣が! どうしてこのタイミングで出てくるのよ! さっさと死ね! すぐ死んで! 死んで頂戴!!」
珍しく怒りの感情を顕にし、容赦ない罵倒を浴びせながら赤黒い怪物の頭部に向けて一発の魔法を放つ。
────ドギュンッ!!
放たれた魔法はまるで青い閃光のように一直線に伸び、怪物の額を貫いた。
〈ガ……グ……ゴ、ゴ〉
既に両目は潰れ、何処が鼻だか口なのかも分からない程に怪物の顔面は徹底的に破壊されていたが、その一撃が決め手となった。
怪物は力なく倒れ、少し痙攣したあと動かなくなる。
「……ひでえな」
「あの子、怒るとヤバイんですね……」
「怒らなくてもヤバイよ?」
「……もっとヤバイって意味ですよ」
ドロシーの無慈悲な顔面集中攻撃に、助けられた警部達もドン引きしていた。ドロシーは呆然とする彼らを一瞥すると
「君たち、もう少し頑張ってくれない? お願いだから」
苛立ちが滲んだ眼差しで睨みをきかせながら言い放ち、ドロシーは足早に屋敷の中に入っていった。
時刻は10時31分過ぎ……『その時間』から、1分以上もオーバーしてしまった。