34
諦めないって大事ですよね
〈……〉
もう二人には会えないのだろうか。
もう彼女は迎えに来ないのだろうか。
ヴェントゥスの脳裏に初めて不安という感情が過ぎった頃……
「あ、ちょっと! ここから先は駄目ですよ! 関係者以外立ち入り禁止で……」
「安心しろ。私達は関係者だ」
「いえいえ! 管理局の関係者って意味でして!!」
「それも問題ない。異常管理局も私の知り合いだからな」
警備員を押しのけ、ブリジットがヴェントゥスの居る監視エリアにやって来た。
「待たせたな、ヴェントゥス」
ブリジットは優しく微笑んでヴェントゥスに歩み寄る。
「あ、あのっ!」
「あー、すみません。本当に俺達関係者なんですよ、許可もちゃんと貰ってますし!」
「え、でもそんな報告は」
「いやいや、本当ですから。何なら連絡して確認を取ってもらってもいいですよ!」
「……そ、それでは確認を取りますね。少々お待ち下さい」
ベッカーが警備員と話をつけている傍ら、ブリジットは柵越しにヴェントゥスの頬にそっと触れる。
〈……〉
「ふふふ、待ちくたびれたとでも言いたげな顔だな。よっぽど寂しかったのか?」
〈ぶるぁぁぁぁっ!〉
ヴェントゥスは叫びながら地面を蹴る。
迎えが遅くて不満が爆発したのか、それとも照れ隠しか。
何度も地面を蹴って首をブルンと振り乱した。
「あ、はい……そうですか。わかりました、失礼します」
「ね、本当だったでしょ?」
ベッカーは腕を組み、ふてぶてしい態度で警備員に言う。
実は此処を訪れる前にベッカー達は異常管理局本部を訪れており、ブリジットの知り合いだという金髪の魔法使いと話をつけていた……
『……』
『と言う訳でな、ヴェントゥスに会わせて貰いたい』
『どうして俺に言うのかな?』
『マスターがお前を頼れば大丈夫だと教えてくれた』
金髪の魔法使いの引き攣りまくった顔が少し気掛かりだが、お陰でこうしてヴェントゥスと再会することが出来た。
「……本当にアイツは凄い女なんだな。俺なんかじゃ、もう気軽に声もかけられねえや」
ブリジットの凄さを改めて実感し、伝えようと思っていた言葉を心に仕舞い込んでベッカーはヴェントゥスの方を向く。
〈ぶるるるっ!〉
「よし、では行こうか。ベッカー」
「はぁぁっ!?」
そこには柵の外に出たヴェントゥスに堂々と跨るブリジットの姿があった。
「ちょ、何してんの! お前ぇぇぇぇぇ!?」
「む、見てのとおりだが?」
「意味わかんねえよ!?」
「約束通りヴェントゥスを連れて帰るのだ」
「帰るって何処へだよ!?」
「あの競馬場だ」
「お前馬鹿なの! 馬ッッ鹿じゃねぇの!?」
とっくに閉鎖された競馬場にヴェントゥスを連れ帰ろうとするブリジットにベッカーは本気で突っ込んだ。
「ちょ、ちょっとおお! 何をしてるんですか、貴女ぁぁぁ────!?」
「す、すみません! おら、早く柵の中に戻せ! 警備員さんが困ってるから!!」
〈ぶるぁっ!〉
「断る」
「断らないでぇぇぇ!?」
「早く降りなさい! さもないと発砲しますよ!?」
警備員はブリジットが『ヤバい奴』だと即断して銃を抜き、通信機を取り出す。
「もしもし、こちらベケット! 応答願います!!」
「うわぁぁぁ、違うんです! 違うんですぅううう!!」
「至急……はぶぁっ!?」
警備員の額に魔法剣の柄が命中し、彼は一撃で昏倒する。
「……」
「よし、行くぞベッカー」
「待てや!!」
そのまま悠々と外に出ようとするブリジットをベッカーが呼び止めた。
「駄目だって、ここから出ちゃ駄目だって!!」
「何故だ? ヴェントゥスが早く此処から出たいと言っているのだぞ」
「もう数日もしたら出してもらえるから! そうしたら……」
「その数日後、ヴェントゥスは何処に連れて行かれるのだ?」
ブリジットの言葉を聞いてベッカーはハッとする。
「そ、そりゃ……多分、保護区じゃねえかな」
〈ぶるるるるぅっ!〉
「ヴェントゥスはそれを望んでいない」
「な、何?」
「彼はあの場所に帰りたいと言っている」
ブリジットの発言、そしてヴェントゥスの目を見てベッカーは思わず目を見開いた。
「……で、でもよ……あの競馬場は」
「また新しく始めればいい。お前にはその資格がある」
「……」
「お前は馬が好きではないのか?」
ベッカーはブリジットの言葉を受けて心に熱いものが灯る。
「……はっ、全く。お前ってやつは」
「では、行くぞ。乗れ」
「へ?」
「ここから競馬場は距離があるぞ? まさか歩いていくつもりか??」
ブリジットはそう言って魔法剣を呼び出し、ヴェントゥスの傍で足場のように浮かせる。
「お、おいっ、俺は……」
〈ぶるあああっ!〉
「ほ、ほら! ヴェントゥスも嫌がって」
〈るるるるるるっ!〉
「乗るのか、乗らないのか? 乗るなら早く乗れ」
「えっ……」
「ヴェントゥスもそう言っている」
ベッカーはヴェントゥスを見るがすぐに目を逸らされる。
ガシガシと足を鳴らし、背中を揺らす黒い馬の前で彼は少し躊躇したが……
「お、おう……それじゃあ乗ってやるよ!」
〈ぶるるっ!〉
宙に浮く剣を足場にしてヴェントゥスの背中に乗る。
「しっかり掴まれ、揺れるぞ」
「え、掴まれって何処にだ!?」
「私にだ」
〈ぶるあああああああっ!〉
「ちょっ、待っ! おわわわわっ!!」
ブリジットとベッカーを背に乗せてヴェントゥスは勢いよく駆け出す。
「わわっ! ちょっ、速い速い! もう少しスピード落とせって!!」
「それは無理だ。ヴェントゥスはこれ以上遅く走れない」
「わっ、わぁあああーっ!!」
ヴェントゥス達はゲートを越えてセントラル動物園の敷地を走る。
利用客を避け、駆けつけた警備員の増援を飛び越え、黒い風のように駆け抜けた。
「どうだ、ベッカー」
「ははっ……はっ……!」
「ヴェントゥスはいい馬だろう!」
「ははっ、はっはっ!」
「お前が育てた馬だぞ!」
「はっ! はーっはっはー!!」
ブリジットにしがみつきながらベッカーは半泣きで大笑いする。
彼女の言葉は殆ど聞こえてこなかったが……
〈ぶるるあああああああっ!〉
ヴェントゥスを諦めなくて良かった。心の底から彼はそう思った。
その後、リンボ・シティを賑わせる有名人から一転。
無断で保護動物を持ち出した迷惑者としてブリジットは警察に追い回されたという……
Chapter.14「一人は風に、一人は泥に」 end....