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『それではここで怪物を倒したブリジット選手にお話を伺いましょう!!』
翌日、15番街区の騒ぎを鮮やかに解決したブリジットにTVリポーターがインタビューする。
『むっ、何だ?』
『ええと、昨日の戦いについて改めてお聞かせ頂ければと』
『そう言われても、特に話すこともないな。私は騎士として当然の事をしたまでで、自慢に出来るような事をしたつもりもない』
『え、えーと……』
『あー、すみません。この子結構なアホでして……それに表情からはわかりにくいでしょうが滅茶苦茶緊張してます』
『む、ベッカー。アホとはどういう意味だ』
『後で教えてやるから! とりあえず今はちゃんとインタビューに答えろ!!』
「流石はブリジットね」
テレビを見ながらドロシーは誇らしげに言った。
「すっかり有名人になっちゃいましたね」
「ふふふ、そうね」
「少し前まで危ないお店でお客を取っていたとは思えませんわねぇ」
「はっはっ、この街ではむしろアドバンテージでしょうな」
他の面々も画面に映るブリジットを興味津々で見ていた。
15番街区を舞台にした大立ち回りでブリジットは一躍有名人になり、昨日からテレビに引っ張りだこだ。
ドロシーと違って被害は最小限に抑えた上に、街中で馬と共に戦う、更には馬に乗って競争する、おまけに美人……などなど視覚的にも印象的にも大衆の興味を引く要素が盛りだくさんだったことも大きい。
「ん、いいことを思いついたわ」
テレビを見ていたドロシーはピコンとアンテナを立てて不敵に笑う。
「どうしたんですか、社長?」
「あの子に僕の会社をテレビで宣伝して貰おうと思うの!」
「やめておいたほうがいいですよ」
意気揚々とアホな事を言い出すドロシーにスコットは即断言した。
「えー、どうして!?」
「どうしてって、むしろ何で大丈夫だと思ったんですか!?」
「メディアの魔力は馬鹿に出来ないわよ? どんなに周囲の印象が悪くても有名人にいい感じに言われるとコロッと評価は変わっちゃうものなのよ。情報の海に自分から溺れる現代人の素直さを舐めちゃいけないよ」
「どうして涼しい顔してそんなことを言えるの!? 急に嫌な方向に頭を使わないでくださいよ!!」
「えー、でも事実だし。どうせなら上手く利用させてもらわないと」
「そういうところがアレなんですよ、社長!!」
子供らしくなったと油断させた所で生来の魔女っぷりを発揮するドロシー。
性格は多少変化しても根底には深遠なる腹黒ヴィッチ成分がしっかりキープされているらしい……
「それに特に依頼もないブリジットさん目当ての人ばっかりが押し寄せるかもしれないでしょ!?」
「うーん、それもそうね。宣伝がうまく行って仕事が増えすぎちゃっても面倒だし、宣伝はやめておこうかな」
「……」
何処まで本気で言ってるのかわからないドロシーに何とも言えない視線を向けつつ、スコットはビスケットサンドを齧った。
◇◇◇◇
「はぁ……」
「おう、お疲れさん」
ようやくTV報道陣から開放されて一息つくブリジットにベッカーがコーヒーを渡す。
「何なのだ、アイツらは。しつこいにも程があるぞ」
「しょうがねえよ。あんだけカッコよく15番街区を救っちまったんだからな、誰だって興味津々になるさ」
「私は騎士としての務めを果たしただけなのだが……それに、先日の勝利はヴェントゥスの力があってこそだ。アイツに話を聞けばいいではないか」
「……人間様に馬の言葉はわからねえんだよ」
ベッカーは慣れないスーツの襟を緩め、ブリジットの隣に腰掛けた。
「そういえば、あの競馬場はどうなるのだ?」
「ああ、オーナーがヤバい犯罪に手を出してたのがわかってな。営業停止処分になるらしい」
「……そうか」
「だから、俺もお前も……他の奴らも明日から無職だな」
ベッカーはそう言って乾いた笑い声を上げる。
スカマーは新動物だけでなく異人の人身売買にも手を出していた。
数々の八百長に競争馬の違法な改造、危険なナノマシンの無断使用等など……罪をあげればキリがない。
「俺は昨日までそんなクソヤローの事を恩人だと思ってた……」
「……」
「まぁ、この街で成功してるやつが真っ当な人間だとは最初から思ってなかったけどな」
ベッカーは口ではそう言いつつも表情は沈んでいた。
スカマーの事を許すつもりはないが、心の底から憎みきる事も出来ない。
あの男はベッカーの前では本当に優しく面倒見の良い恩人であったのだ。
例えその優しさが、亡き父に対する後ろめたさからくるものだとしても……
「ヴェントゥスや他の馬はどうなる?」
「暫くは異常管理局に保護されるらしい。薬を打たれた競走馬も治療してもらってる……元の速さが取り戻せるかは馬次第らしいが」
「そうか……」
「こうしてお前と一緒にいるのも今日が最後になるかな」
「いいや、そんなことはない」
ブリジットはどこか寂しげなベッカーの手にそっと触れる。
「こうしてお前と知り合えたのも何かの縁だ。一度紡いだ縁は、そう簡単には無くならない」
「どうだかな……」
「また明日にでも会えるさ。私はこれからもこの街に居るのだから」
「はっはっ……また明日にねぇ」
ベッカーは何かを言いたげにブリジットを見たが、すぐに言葉を飲み込んで立ち上がる。
「そ、それじゃあな。俺はそろそろ帰るよ」
「む、もう帰るのか?」
「何だ、まだインタビューがあるのか? もう俺は要らないだろ、これからはお前一人で」
「私はこれからヴェントゥスに会いに行くつもりでな、お前には道案内を頼みたい」
「……へ?」
「お前もアイツに会いたいと思っていただろう?」
ブリジットも立ち上がり、呆気にとられるベッカーにそう言った。
◇◇◇◇
〈……〉
リンボ・シティ1番街区、セントラル動物園の敷地内にある臨時保護施設。
その監視エリアにヴェントゥスは居た。
〈ぶるるっ〉
彼は異常管理局に優先保護動物種、及び準警戒監視対象と指定されて近々保護区に移送される。
監視付きとは言えようやく念願の自由を手に入れられる形となったが……
〈ぶるるるっ〉
ヴェントゥスは何故か不満げであった。
コツコツと不機嫌そうに蹄で地面を叩き、忙しなく周囲を歩き回る。
まるで誰かが来るのを待っているかのようだ。
〈……〉
しかしいくら待ってもその誰かは現れない。
リームスとの戦闘後、会場で喝采を浴びていたヴェントゥスの所に異常管理局の職員がやって来た。
そのまま競馬場には調査の手が回り、ヴェントゥスも彼女達と引き離されてしまった。
〈ぶるるるるっ!〉
『落ち着け、ヴェントゥス。大丈夫だ、彼らは信用できる』
〈ぶるあっ!〉
『安心しろ、後で私達が迎えに行く。それまで大人しく待っていろ』
それから丸一日が経過したが、彼女達は迎えに来ない。
〈……ぶるんっ〉
最初は孤独を好んでいたヴェントゥスだったが、彼女達と過ごす内に考えが変わってしまった。
彼女達が居ない時間とは、孤独とはこれほど苦痛なものだったのか……と。