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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
Chapter.14「一人は風に、一人は泥に」
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30

エレベーターは特別観覧席のある階に到着し、腹部を押さえながらベッカーが外に出る。


「……」


 ふらつきながらスカマー達の待つ観覧席へと向かい、ギュッと固く拳を握る。


「殴る相手は選べって……アンタは言ったな」


 そして金の文字で【ROYAL ROOM】と書かれた黒いドアの前に立つ。


 このドアの向こうが特別観覧席。フェッチャーを始めとする特別な相手やオーナーのスカマーのみが入れる部屋だ。

専用のカードキーが無ければ鍵を解錠出来ず、無理に開けようとすればドアノブに電流が流れる仕掛けが施されている。


「じゃあ選んでやるよ、クソ野郎……!」


 ベッカーは専用カードキーを取り出してドアを開ける。

 スカマーはベッカー用のカードキーをわざわざ用意して渡していた。


 彼にとってはベッカーも 特別な相手 の一人であったのだ。


「スカマァァー!!」


 ベッカーは叫びながら部屋に入る。


 頭に血が上った彼はつい先程ワームで痺れさせられた事すらも忘れていた。

 そもそも此処にはオーナーやお客様を警護するガードマンも配備されている。

 彼一人が殴り込んだところでどうにかなるものではなかった。


「……やぁ、ベッカー君」


 そんな彼をスカマーは穏やかな表情で迎えた。


「スカマー、てめぇ! よくも……」


 直様ベッカーは彼を本気で殴ろうと駆け寄る。


「……何だよ、それ」


 だが、固く握りしめた拳は呆気なく緩んだ。


「ははは、少し友達と喧嘩してしまってね……」


 スカマーは腹部と胸を銃で撃たれていた。


「おい、どうしたんだよ! その傷……うおっ!?」


 ベッカーは何かを踏んづけて転びそうになる。

 スカマーがワームを起動して感電死させたガードマンだ。


「コ、コイツは……」

「ああ、気にしないでくれ。死ぬほど疲れて寝ているだけさ……」

「……いや! んなことはどうでもいい! その傷は何だよ! 誰に……」


 ベッカーはここでフェッチャーの姿が見当たらない事に気付く。


「……あの野郎にやられたのか」

「ああ、隠し銃でね……ごふっ、ごふっ!」


 スカマーはくくくと困ったように笑って血を吐く。撃たれた場所は二箇所とも急所で出血が酷く、そう長くは持たないだろう。


「……クソッ! 冗談じゃねえぞ!!」


 ベッカーは憎んでいた筈のスカマーの傷を押さえ、ポケットから携帯電話を取り出して電話をかける。


「おい、もしもし! もしもぉし!!」

「……ベッカー君?」

「ああ、繋がった! 怪我人だ! 大至急」

「……いいんだ」


 スカマーは血塗れの手でそっと通話を切った。


「なっ!?」

「もう私は助からないさ……」


 スカマーは致命傷を負っているのにひどく落ち着いた声で言う。


「何を……」

「すまない、ベッカー君。君にだけは、こんな私を見せたくなかった……」

「おい、何を言ってるんだ……?」

「許してくれ……と言っても許しては貰えないだろうな。ふふふ……っ、ぐふっ!」

「おい、おい……! ふざけんな! 何であっさり死のうとしてんだよ!!」


 ベッカーは激昂してスカマーの襟を掴む。


「お前は、これから地獄を見るんだよ! 俺に死ぬほど殴られて! 警察に突き出されて、今までの悪事を全部ゲロって何もかも失うんだよ! 豚箱にブチ込まれて、死ぬまで惨めな人生を送るんだよ!!」

「……」

「ここで死ぬなんて許すかよ! お前は生きながら地獄に落ちるんだよ! おい、聞いてるか!? おい!!」

「ははっ……」

「何笑ってんだよ、クソ野郎! おい、目を閉じんな! てめぇ、ふざけんなよ!? こんなっ、こんなので……!」


 スカマーは血で汚れていない方の手でベッカーの頭を撫でる。


「……すまない、ヘンリー」


 ベッカーに自分が死なせてしまった友人の姿を重ねながらスカマーはうわ言のように呟く。


「私は、馬を大事にする君が好きだったよ」

「……は?」

「ああ、本当なんだ。そして私も、馬が好きだった……はずなのにな」

「お前、何を……?」

「……ああ、そうか……」

「おい、待て……おい! スカマーッ!!」

「君がいないから……馬が、嫌いになったのか……」


 スカマーは寂しそうにそう言って、眠るように事切れた。


「……おい、スカマー」


 ベッカーはスカマーの身体を揺すりながら呼びかける。しかし彼は答えない。


「ふざけんなよ、おい……ふざけんなよ! 誰が、誰がお前の後悔なんか聞きたいんだよ! 俺が聞きたいのは、俺が聞きたいのはなぁ……!!」


 ベッカーは何度も何度もスカマーの体を揺する。

 それが意味の無い行為であると知りつつも、彼から手を放せなかった。


「俺は、俺はぁ……っ!!」


 震えながらスカマーの死体に縋り付く。


 殴りたいほど憎かった相手に恨み辛みをぶつける前に逃げられ、行き場を無くした激情が涙として溢れ出る。


「……クソッタレ……!!!」


 ベッカーはスカマーから手を放して立ち上がり、呆然と立ち尽くしていた。



 アアアア……



 いつしか観客席から声が聞こえてくる。



 ワアアアアア……ッ



 少し経ってそれが歓声だと気づき、ベッカーはふと観覧席の外に目を向ける。


「……あ」


 虚ろだった彼の目に映ったのは会場に設置された大型ディスプレイの映像……


『みっ、見てください! まるで、まるでっ……』


『二頭の馬が、道路で競争(レース)をしているかのようですっ!!』


 黒と白。二頭の馬が街の大道路を舞台に競争(レース)をしている光景だった。


こういう相手は本当に面倒臭いものです。最初から心が死んでいるのですから。

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