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何とかギリギリ今日中に間に合いました。どうか許して:(〃´◦ω◦`〃):旦~
「逃がすかっ……ぐうっ!」
ブリジットは急いで追おうとするが腹部を走る激痛に足が止まる。
「くっ、この程度……!」
〈ぶるるっ!!〉
ヒビ割れた肋骨が軋んで走れないブリジットの傍にヴェントゥスが近づく。
「……ヴェントゥス?」
〈ぶるぁっ!〉
ヴェントゥスはブリジットを見つめ、『背中に乗れ』と言いたげに鼻を鳴らす。
「……ふふっ、良いのか? レース前なのに体力を」
〈ぶるぁっ!〉
「ああ、そうだな。余計な心配をしている場合ではないな」
ブリジットはフェイスガードを下ろしてヴェントゥスに跨る。
〈ぶるるるぁあああああああっ!〉
彼女が背に乗ると同時にヴェントゥスは前脚を上げて咆哮し、勢いよく駆け出した。
ヴェントゥスは風のように疾走する。遥か前を走る穢れた白馬を睨み、乗り捨てられた車や駆けつけた管理局の職員を避けながら更にスピードを上げていく。
「はっ……ははっ! お前、まだ速く走れるのか……!!」
昨日までとはまるで違う本気のヴェントゥスの走りにブリジットも思わず笑いがこみ上げる。
〈ぶるるるっ!〉
正しくそれは黒き風。ヴェントゥスの名に相応しい驚異的な加速でリームスとの距離をドンドン縮めていく……
〈ヴァアアアアアッ!〉
リームスは走りながら光の鞭を伸ばし、逃げ遅れた住民を捕らえる。
「ギャアアアッ!」
「ノオオオオオオーッ!」
「は、放せ! 放せ、化けも……あうううううん!!」
捕まえた一人の肉を食いちぎって貪り食う。
〈ヴァルルルルルゥゥ!〉
やっと食事にありつけてリームスは涙が出るほどに歓喜した。
だがそれも束の間、住民を捕らえていた光の鞭は青い剣に切り落とされてしまう。
〈ヴァッ!?〉
リームスは驚愕しながら後ろを振り向く。
(……何だと!)
後方から猛スピードで向かってくる黒い影にリームスは全身が粟立つ。
〈ヴァウウウウッ!〉
すぐにリームスは加速して黒い影から逃げようとする。しかし離れるどころかドンドン距離を詰められ、リームスは動揺した。
(何だ……何なんだ! コイツは一体、何なんだ!!)
(この俺が本気で走っているのに! どうして追いついて来れる!?)
ついに黒い影はリームスに追いつき、青い瞳でギラリと睨みつける。
『どうした、鈍馬。もう息切れか?』
そして黒い影=ヴェントゥスはニイッと笑いながらリームスを挑発した。
〈ヴァルァアアアアアアアアアアアアッ!!〉
挑発を受けたリームスは激昂しながら光の鞭を振り乱す。
「無駄だ!!」
しかし鞭はヴェントゥスを守るように滞空するブリジットの魔法剣に防がれる。
『ぐぎぎぎぃっ!』
『どうした? ひどい顔だな? それが馬の顔か? 猿の方がまだマシだぞ』
『うるせぇぇええ! 黙れ、黙れぇえええええ! 俺は腹が減ってるんだ! お前の相手なんかしてられるかぁぁぁ!!』
『ほう、なら競争しようじゃないか』
ヴェントゥスは走りながらリームスに提案する。
『ぐぎぎっ!』
『この黒い道を引き返して逆方向に進むと大きな建物がある。どちらが速く其処に着くか競争だ』
『あ゛あ゛っ!?』
『お前が勝てば背中に乗った女と俺の肉をくれてやる。どうだ? やるか?』
『ぐぐぐぎぎぎぃいいいいーっ!』
リームスは歯ぎしりしながら狂気じみた唸り声を上げる。
『上等だぁぁぁ! このっ俺が、速さで負ける筈が……ねぇんだぁぁぁぁああ!!』
絶叫しながらリームスは道路に触手を突き刺し、ヴェントゥスも蹄で道を削りながら2頭の馬は方向転換する。
〈ヴァアアアアアアアアアアアアアッ!〉
先に駆け出したのはリームス。ヴェントゥスは少し遅れて走り出し、2頭の距離は徐々に開いていく。
「おいっ、逃げられるぞ! ヴェントゥス!!」
〈ぶるあっ!〉
「何だって!?」
『振り落とされるなよ!!』
ヴェントゥスはブリジットにその一言だけ伝える。
「……ふふっ、その心配は無用だ」
ブリジットは小さく笑って手綱をギュッと掴む。
─────ギャンッ!!!
それを合図にヴェントゥスは更にスピードを上げて疾走。
白い影と黒い風。15番街区の大道路はたった今、この二匹だけの直線コースと化した。
◇◇◇◇
「あっ、待って! まだ安静に……!!」
「うるさい! もう大丈夫だって言ってるだろ!!」
少し時は遡りグリーン・ダウン・パーク競馬場の医療室。
手当てを受けたベッカーはふらつきながら部屋を出る。
「あのクソ野郎共だけは絶対に許さねえ……!」
スカマー達の居る特別観覧席に向かう。
その表情には強い殺意と憎悪が宿り、既にレースの事など頭に無かった。
……あれほど執心していたヴェントゥスやブリジットでさえも。
「スカマー……!」
スカマーの名を恨みの籠った声で呟き、乱暴にエレベーターのスイッチを押し続ける。
「スカマァァ……!!」
エレベーターが到着して赤いドアが開く。
エレベーター内の鏡には憤怒の形相を浮かべて乗り込むベッカーが映し出され、赤く重たいドアがゆっくりと閉じていく……
「ぶっ殺してやる……!!」
ベッカーが恩人への殺意を口にすると同時にエレベーターのドアは固く閉ざされた。