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(何なんだ、コイツらは!)
リームスは二匹の化け物の攻撃を躱しながら思った。
(俺は腹が減っていただけなのに! 腹が減っていたから食っただけなのに、どうして俺を襲うんだ!?)
彼の頭にあるのは、気が狂わんばかりの空腹感だった。
異常なまでに発達した筋肉と高い体温を保つ為にリームスは肉食性へと変化した。
だが度重なる身体改造の結果、今や与えられる餌を食べるだけでは必要な栄養を賄いきれないほどになっていた。
(俺は腹いっぱい喰らいたいだけなんだ!!)
それなのにこいつらが邪魔をする。
自分が怪物だと気づいていない哀れなリームスには、目の前の二匹が餌を取り上げるばかりか襲いかかってくる 恐ろしい化け物 に見えていた……
「────夢幻剣・追戟ッ!!」
ブリジットは周囲に魔法剣を呼び出してリームスに斬りかかる。
斬撃に追従するように攻撃してくる剣を躱しきれず、首筋に大きな切り傷を負った。
〈ヴァギャアアアアアッ!〉
〈ぶるぉおおおおおんっ!!〉
怯んだリームスにヴェントゥスが飛びかかる。
大きな体躯を最大限に活かした飛びつきからの伸し掛かり攻撃を受けてリームスは思い切り地面に押し倒される。
〈ヴァギュルルルッ!〉
〈ぶるあああっ!〉
顔面を潰そうとしたヴェントゥスの踏みつけを首を捻って回避し、お返しとばかりに頭突きを食らわせる。
〈ヴァアアアアアアッ!〉
〈ぶぐるるるぅっ!〉
〈ヴァルルルルルルルルルゥウウッ!!〉
思わぬ反撃を食らったヴェントゥスが怯んだ隙にその身体を押し返し、圧倒的なパワーで黒い巨体を地面に押し倒す。
〈ヴァルルルルッ!〉
そしてガパァと大口を開けて太い首に食らいつこうとした。
「させるかぁっ!!」
そうはさせまいとブリジットが魔法剣を放つ。
矢のように勢いよく射出される剣はリームスの背中に突き刺さった。
〈ヴギャアアアアアアアアアアッ!!〉
リームスは悲鳴を上げてのたうち回る。
ヴェントゥスは素早く起き上がり、威嚇しながら距離を取った。
〈ぶるるるるるううっ!〉
「大丈夫か!?」
〈ぶるぁっ!〉
「……余計なお世話だと? 相変わらず口が悪い奴だ。さっきの言葉は訂正だ」
助けたのにお礼を言うどころか憎まれ口を叩くヴェントゥス。
流石のブリジットも顔をしかめ、先程の告白を撤回した。
〈ギュルルルルルルゥッ!〉
唸りながらリームスはブリジット達を睨む。
口からは止めどなく涎が溢れ、血走った赤い目からは既に正気を失いかけているのが見て取れた。
「……」
ブリジットはそんなリームスの姿を見て憐れみの感情を抱く。
「……安心しろ、もう眠らせてやる」
憐憫こそ抱いたがこの人食いの怪物を見逃すことは出来ない。
すうっと息を整え、ブリジットは剣を掲げて円を切る。
「穿ち、貫け────」
剣先に無数の魔法剣が発生し、その全ての刃がリームスに向けられる。
「────夢幻剣・滅尽!」
そして飢えた哀れな怪物に魔法剣が一斉に放たれた。
(……腹が減った)
(腹が減った。腹が減った。腹が減った。腹が減った……!)
回避など不可能な魔剣の雨。迫る死を目前にしてもその頭にあるのは強烈な空腹。
(もういい……お前らの肉など、もう要らない!!)
だが、此処でついにリームスはあの二匹への食欲を振り払った。
……メリッ
突然、リームスの背中が嫌な音を立てて裂ける。
────ヒュキキキィンッ!
次に聞こえたのは空を切るような、金属が擦れ合うような奇妙な高音。
その直後、ブリジットの放った魔法剣が一瞬で弾かれ、砕けたガラスのように消滅した。
〈!!〉
「何っ!?」
ブリジットは驚愕する。
今まで数多の魔物を屠ってきた奥義が防がれてしまったのだから。
〈ヴル……グル……ギギル……〉
リームスの裂けた背中から【光の鞭】のような数本の細い触手が揺れる。
ヒュンヒュンと風を切るような音を立てながら光の鞭はその先端をブリジット達に向け……
〈アアアアアアアアアアアアアアア!!〉
まるで光線のように勢いよく伸ばされた。
「ッ!!」
ブリジットはすぐに魔法剣を召喚して光の鞭を防ぐ。
「くっ……まだこんな技をっ!」
〈ぶるあっ!〉
〈ヴァギュルウウウウウウウッ!!〉
「!!」
鞭の攻撃に気を取られ、ブリジットはリームスの接近を許してしまう。
「くそ……っ!?」
〈ヴァアアアアアッ!〉
しかし、リームスはブリジットを襲わずに彼女を飛び越える。
(付き合ってられるか!!)
そのままリームスは猛スピードで走り去っていく。
「ま、待てっ! 逃げるのか、卑怯者!!」
ブリジットの言葉など無視してリームスは逃走する。
(うるさい、俺は腹が減ってるんだ!!)
苦労してまであの二匹の肉を食らう理由などない。腹が満たされればそれでいいのだから。
リームスは心を蝕む飢えを満たすべく多くの餌を求めて駆け抜けた。
その化け物は、ただただ腹が減っていたのだ。