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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
Chapter.14「一人は風に、一人は泥に」
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25

「うむ、見事なものだ」


 ブリジットは装鞍したヴェントゥスの姿を見て感嘆の声を漏らす。


〈ぶるるるっ〉


 特別枠であるヴェントゥスは他の馬と違ってレース開幕までスタッフ以外立入禁止の特別下見所(シークレットパドック)で待たされている。

 騎手であるブリジットも同様だ。


〈ぶるんっ〉

「む、その格好は何だ……だと? 知らん、私は用意されたものを着ただけだ」


 ヴェントゥスはブリジットの装備について問う。


 彼女に用意されたのは騎士の甲冑をイメージした特別仕様の衣装。

 ゴーグル代わりにフェイスガードが拵えられ、白銀に輝くその姿は正しく中世の騎士であった。


〈ぶるるるっ!〉

「ああ、安心しろ。本物の鎧ではない。鎧に見えるだけの張りぼてだ」

〈ふるんっ!〉

「ああ、私も趣味が悪いと思うぞ。こんな姿の私を乗せて走らされるお前が気の毒だ」


 他の騎手とは明らかに違う待遇にブリジットも苦笑いする。


「しかし本物の鎧と違って軽いのは良いのだが……かなり胸がキツいな。走っていると息が詰まりそうだ」

〈るるる〉

「む、ベッカーか? 彼なら他の皆と一緒に居るはずだ」

〈……〉

「ああ、そうだな。どうせなら近くで見送って欲しいな」

〈ぶるぁあっ!〉


 そう言った途端に息を荒げて地面を蹴るヴェントゥスを見て、ブリジットはくくくと笑う。


「本当に素直になれない馬だ。その調子でこれからも大丈夫なのか?」

〈ぶるるるるるっ!〉

「こらこら怒るな、怒るな。わかった、もう彼の話はしない」

『ええ、こちらリンボ・シティ15番街区です! み、見てください……街中に! 街中に化け物みたいな馬が……ッ!!』


 下見所(パドック)に設置されたディスプレイに緊急ニュースが流される。


『ヴァギュルウウウウウッ!』

『わぎゃあああーっ!』

『ボォオオオーブ! 早く逃げろぉおおー! ボォオオオオオオーブ!!』

『いやぁぁぁーっ!』

『ジャスミン、逃げろぉー! アイツはヤバいって! 流石にマジヤバいってぇー!!』


 画面に映るのは血に染まった馬に似た姿の怪物。

 雄叫びを上げながら通行人に襲いかかり、ついには報道陣のカメラ目掛けて飛びついてくる。


『きゃああああーっ!』

『ガシャァァァン!』

『ブ、ブーッ!』


 悲鳴と共に画面が暗転し、映像が差し替わった所でブリジットの目つきが変わる。


「……全く、嫌なものを見てしまった」


 ブリジットはヴェントゥスの頬を撫でて大きな溜め息を吐く。


「……ヴェントゥス」

〈ぶるっ?〉

「少し行っていくる」


 彼女はヴェントゥスを残してその場を立ち去ろうとする。


 がぷっ。


 ……が、すぐに肩を噛んで引き止められた。


〈うぶるるるっ!〉

「何処に行くんだ……だと? あの化け物の所だ」

〈ぶるるるるっ!〉

「安心しろ。レースが始まるまでに奴を成敗してお前の所に戻ってくる」

〈……〉


 ヴェントゥスはブリジットを放し、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


〈ぶるぁっ!〉

「何? 間に合わなければ私を蹴っ飛ばしてやるだと? 見くびられたものだな……」


 ヴェントゥスの目をジッと見つめてブリジットは凛とした表情で言い放つ。


「我が名はブリジット・エルル・アグラリエル。名誉あるアグラリエルの名を継いだエルフ族随一の魔法剣の使い手にして稀代の騎士! そして未来の名馬ヴェントゥスが唯一背中を許した女!!」


 ふんすと鼻を慣らし、自信に満ちた笑みを浮かべながらヴェントゥスを指差す。


「私を信じて待っていろ。必ずお前を勝たせてやる」


 ブリジットはそう言って颯爽と走り去る。


〈……ッ〉


 残されたヴェントゥスはぷいと背を向け、苛立ちを紛らわそうと下見所(パドック)を回った。



 ◇◇◇◇



「この、化け物めえっ!」


 駆けつけた警官達が拳銃を発砲する。


〈ヴルルルルルッ!〉


 しかし、ただの一発もリームスに当てることが出来ない。


「何なんだよ、あの速さは! 本当に馬か!?」

「馬は人を食いませんよ、警部っ!」

「そうだね!!」


 巨体に見合わぬリームスの俊敏な動きにアレックス警部は毒づく。


「ていうかっ! 銃弾をサラッと避ける馬がこの世に居ていいわけないでしょう!!」

「だが、この街じゃ」

「もうそれいいですから……って危なぁい!!」

〈ヴォアアアアアアアアアアアアッッ!!!〉


 凄まじい速さで駆け回り、強靭な足でパトカーを蹴り飛ばす怪物に警官は為す術なく蹴散らされる。

 頭上を飛んでいく車両を見てリュークは何度目かの命の危機を感じ、眼前に迫る怪物と目を合わせて死を覚悟した。


「リューク! 逃げろっ!!」

「うわっ……!!」

〈ヴオオオオオオオオオッ!!〉


 リュークに襲いかかろうとしたリームスは咄嗟に後ろに下がる。


 すると其処に青色に光る剣が殺到し、リュークの足元にドスドスと突き立てられた。


「わわわわわわっ!!?」

「避けたか、勘の鋭い奴だ」

〈ヴリュルルルルゥ……〉


 間一髪、その場に駆けつけたブリジットはリュークとリームスの間に割って入り、煌めく切っ先を血に飢えた怪物馬に突きつける。


「我が名はブリジット! ブリジット・エルル・アグラリエル! アグラリエルの名において、血に飢えし穢れた魔獣を滅殺する!!」


 此方を睨む怪物の鋭い眼光に一切物怖じせず、凛と睨み返しながら声高らかに啖呵を切った。


名乗り口上は騎士の流儀。これを省くは騎士の恥。

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