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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
Chapter.14「一人は風に、一人は泥に」
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「……」


 フェッチャーの発言にベッカーは絶句した。


「だから、今度は自分の馬が正々堂々と勝つところが見たい。小細工なしに正面から名馬を打ち負かす姿が見たい……」

「……お前、は」

「そう思っていたところにヴェントゥスの話を聞かされたんだよ! ベッカー君!!」


 怒りと激痛に意識が遠のいていくベッカーを横目にフェッチャーは感極まったように叫ぶ。


「彼はあのラディウスの子で、あのラディウスよりも速いと言うじゃないか! 願っても無い機会だよ! これを運命とでも言うのかな!? ははは、はははは!!」

「フェッチャー!!」


 ついにスカマーは声を荒げて彼の肩を掴む。


「何だい、スカマー」

「……この話を聞かれた以上、彼は生かしておけない。私が始末しておくから君は先に会場へ向かってくれ」


 肩を掴む手に力を込めながら威圧するように言うスカマーにフェッチャーは少したじろいだ。


「ああ……そうだね。残念だけど、彼の事を頼むよ」

「……」

「じゃあね、ベッカー君。せっかくの再会なのにこんな事になってしまって悲しいよ」


 起き上がれないベッカーを一瞥し、フェッチャーはその場を後にした。


「……くっ……そっ!」

「すまない、ベッカー君」

「……どうして、ですか」

「……すまない」

「……どうして!!」


 痛みを堪えながら声を絞り出すベッカーにスカマーはただ謝罪する。


「君にだけは、本当の私を知られたくなかったよ」


 スカマーは悲しげに呟いて携帯電話を取り出す。


「……もしもし、私だ」


 ベッカーは力無く冷たい廊下を掻く。


 彼はスカマーを恩人と慕っていた。

 父親であるヘンリーの友人で、父の死後も身寄りの無くなった彼を親身になって支えてくれた。



(……畜生、畜生……!)



 そのスカマーが、憧れの名馬ラディウスを奪った元凶だった。


 ラディウスが敗北してから父親の様子がおかしくなったのも、彼の命令であの馬に薬を打たなければならなかったからだろう。

 フェッチャーというスカマーの上客(ゆうじん)を喜ばせるためだけに。

 不敗の名馬から未来を奪った。

 誰よりその馬と過ごしてきた自分自身の手で……



(……こんな奴らの為に……ッ!!)



 ヘンリーには耐えきれなかったのだろう。ラディウスの処分後、後を追うように命を絶った。


「……ぐっ!」

「すぐに医療スタッフを呼んでくれ。1階のジョッキールームの前だ」

「……!?」


 スカマーはベッカーを始末せずに医療スタッフを呼んだ。


「……スカマー、さん」

「君は私を許さないだろう。だが……」


 倒れるベッカーの肩にそっと触れ、スカマーは切なげに言った。


「ヘンリーは、私の大切な友人だった。君の面倒を見てきたのは……私なりの()()への贖罪だ」

「……」

「彼がラディウスをどれほど大切に思っていたのか……その時の私には気づけなかった。そして、あの馬がどれだけ偉大な馬だったのかも……」

「……ふ、ふざけんなよ……! そんな……今更……ッ!!」

「ああ、今更こんな言葉で許してもらえるとは……思っていないさ」


 その言葉で過去の未練を絶ったのか、スカマーは寂しげに笑って立ち上がる。


「今までヴェントゥスの面倒を見てくれてありがとう。君は本当に良いスタッフだったよ」

「ま、待て……!」

「では、さようなら」


 ベッカーを残してスカマーも立ち去っていく。


「……くそっ、くそっ……! 畜生が……っ!!」


 一人取り残されたベッカーは悔しげに廊下を叩くしかなかった……



 ◇◇◇◇



 午前9時。リンボ・シティ15番街区のとある大型倉庫。


「そろそろ時間だぞ、何をモタモタしてる! 早くあの馬を出せ! とっくに迎えのトラックが来てるんだぞ!!」

「そ、それが……ッ!」

「ギャアアアアアアアア!!」


 スカマーの部下が痺れを切らして担当員を怒鳴りつけに来た途端、薄暗い倉庫の奥で悲鳴が響く。


「ひいっ!」

「な、何だ!?」


 倉庫の床に赤い飛沫と肉片が飛び散る。


「なっ……! おい、今日の餌はもう与えたんじゃないのか!?」

「そ、それが、さっきまで大人しかったのに急に暴れだして……!!」


 倉庫の闇の中から、鎖の擦れるような音が聞こえる。


 スカマーの部下とフェッチャーの馬(化け物)の面倒を頼まれた不幸な男は、暗闇で光る血のように赤い眼光に震え上がった。


〈ヴル、ギル、ヴルル……〉


 倉庫の奥から現れたのは鎖に繋がれた角の生えた巨大な馬のような怪物。


 白い体毛を犠牲者の鮮血で染め、知性を感じさせない血まみれの凶相は見るものを戦慄させる。

 鋭い牙が映え揃った口からは止めどなく唾液が溢れ、その姿はもはや血に飢えた化け物であった。


「ち、鎮静剤! 鎮静剤を用意しろ! 早くッ!」

「ひ、ひいいっ!!」

「おい、馬鹿! 逃げるなっ!!」

〈ブギュルルルルルル……ヴギャアアアアアアアアアアアアアッ!!〉


 リームスと名付けられた怪物は鎖を噛みちぎり、絶叫しながら()()()()に襲いかかった。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 倉庫内に響き渡る断末魔。リームスは瞬く間に二人の男を食い殺す。


〈ヴルルルッ、ヴギュルルルルルウウ!〉


 この怪物も、かつては外の世界(アウトサイド)に生息するごく普通の馬であった。


 しかしフェッチャーという狂った富豪に飼われてしまったのが彼の不幸だった。



 もっと速い馬を。


 もっともっと速い馬を。


 あのラディウスよりも速い馬を。



 ラディウスとの勝負以降、自分だけの最高の馬を手に入れる事に執心したフェッチャーに全身を改造され、スカマーから提供される()()()()()()()()新動物(ニューボーン)の遺伝子を組み込まれ続けた結果……速さと引き換えにこのような怪物に変貌してしまったのだ。


〈ヴギュルルァァァァァァー!!〉


 異常なまでに増幅した筋肉と体躯を維持するためか食性は草食から肉食へと変化し、フェッチャーが好奇心で人肉を与えた結果【人食いの怪物】に、今や人の肉にも飽きて【異人(ワンダー)食いの怪物】へと成り果てた。


〈アアアアアアアアアアアアアアア!〉


 シャッターをぶち抜き、リームスが倉庫の外に躍り出る。


「なあっ!?」

「な、何だ、アレは!?」

〈ヴァギュルルルルルルアアアアアアアアッ!!〉


 解き放たれた怪物は狂喜の雄叫びを上げ、呆気にとられる人間達に猛然と襲いかかった……


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