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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
Chapter.14「一人は風に、一人は泥に」
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21

 午後7時、グリーン・ダウン・パーク競馬場にて。


「ふぅ、こんな所だろう」


 今日の労働を終えたブリジットが汗を拭って一息つく。


〈ぶるるぅっ〉

「む、騎手に世話役も兼任して身体を壊さないのか……だと? お前からそんな言葉が出てくるとは思わなかったぞ」


 ヴェントゥスから気遣いの言葉をかけられてブリジットは少々驚いた。


〈ぶるるるっ!〉

「ああ、私が駄目になると試合どころではなくなるからな。わかっているさ」

〈……〉

「安心しろ、お前の背中を預かる以上は必ず勝たせてやる」


 ヴェントゥスの頬をそっと撫でながら自信満々に言った。


「では、また明日な」

〈ぶるるるっ!〉


 厩舎を去ろうとするブリジットの肩を軽く噛み、ヴェントゥスは彼女を引き止めた。


「む、どうした?」

〈ぶるるるるぅっ!〉

「何? 試合が終わったら本当にベッカーを蹴り飛ばすからな……だと??」

〈ぶるる!〉

「そうしたいならそうするといい。あの男もそれを承諾した上でお前に頼み込んだのだ」

〈……〉

「それを止めるような事はしないさ。遠慮なく蹴り飛ばすといい」


 涼しい顔でそんな事を言うブリジットにヴェントゥスは目を細める。


〈ぶるぁっ!〉

「お前はあの男をどう思っている……だって? 急に変なことを聞くな。彼は同じ場所で働く仲間だ、お前も知っているだろう??」

〈ぶるるるるっ!〉

「どうしたんだ、ヴェントゥス。今日のお前は少し変だぞ? 私は彼を仲間以外の何者とも思っていないぞ。それにお前は彼が嫌いじゃなかったのか??」

〈……〉

「蹴り殺そうとした相手の事をどうして私に聞くのだ」


 ヴェントゥスは馬らしからぬ複雑な表情で地面をカツカツと軽く蹴り、ベッカーが働く別の厩舎がある方向に目を向けた。


〈……〉

「まぁ、お前がもう彼を嫌っていないことぐらい私にはわかっているが」

〈……ぶるぁあああっ!〉

「何だ、気づかないとでも思っていたのか? お前は彼の本音を聞き、彼の我儘を聞き届けたから、私を乗せることを決めたのだろう? 彼が何も言わなければ私を乗せる気にはならなかった筈だ」

〈ぶるるるるっ……!!〉

「いい加減に素直になればいいではないか。彼はお前が思っているよりもしっかりとした信念のある男だ、ただのうるさいだけな猿の末裔ではないよ」


 ブリジットに説き伏せられてヴェントゥスは渋々と寝藁で横になる。


「それに、私は止めないからな。終わったら遠慮なく蹴ると良い」

〈……ぶるんっ!〉

「では、また明日にな。おやすみ、ヴェントゥス」

〈……〉


 ヴェントゥスの厩舎を後にしたブリジットの所にベッカーがやって来る。


「おう、お疲れ! 明日も頼むな!!」

「任せておけ。しかし、今日見たとおり私に出来ることは慣らしだけだ。後はヴェントゥス次第だ」

「だろうな。俺もビックリだよ……凄い馬なのはわかってたが、まさかあれ程とはよ」

「ああ、本当に凄かった。まるで風に乗っているようだったぞ」

「……でも、ブリジットだって凄いよ。あのヴェントゥスをたった一日で完全に乗りこなすんだからな……」


 ベッカーは刈り上げた頭を掻き、星の出ていない空を見てボソボソと言う。


「あー、その、あれだ……」

「む、どうした?」

「いや……もっと早くアンタを見つけられてたら……ってさ!」

「そう言われても私は金に困っているからな、此処で働くと決めたのは偶々クビになって困っていたからだ」


 そんな彼の言葉をブリジットは空気を読まずにバッサリと返した。


「そ、そうか……」

「うむ、お金は大事だからな」

「……まぁ、うん。それだけだ……」


 あまりにも素っ気ない反応にブッカーは薄っすらと涙を滲ませながら天を仰いだ。


「だが、此処に連れて来てもらった事には素直に感謝している」

「……それはお金が貰えるからか?」

「それもあるが……とてもいい馬に会えたからな」


 ブリジットはベッカーに優しく微笑みながら言った。


「お、おう……」

「もしあの時、あの場所に居なければ、あれ程の馬に出会う機会などもう無かったかもしれない」

「まぁ……そうだろうな。もしあのまま暴れていたらアイツは今頃……」

「だからお前には感謝している。ありがとう」


 そう言ってブリジットはベッカーの手を取る。


「なっ、なななっ!?」


 彼女に手を触れられた瞬間、ベッカーの顔は真っ赤になった。


「べ、別に感謝されるほどじゃ……むしろ感謝したいのは俺の方だよ! ブリジットが来てくれなかったらきっとアイツは処分されてたし、俺もクビになってたかもしれねえし……!!」


 慌てて彼女の手を振り払い、目を泳がせながらベッカーは言う。


「うむ、お前は乱暴で口が悪いだけの臆病な男だからな。他の馬にも嫌われてそうだし、恐らく近い内にクビになっていただろう」


 そこでブリジットの悪意なき言葉のナイフがブスリと突き立てられる。


「ぶふぅっ!? お、お前……」

「だが、しっかりとした信念のある男だ。そういう男は嫌いではないぞ」


 しかし酷く傷心したのも束の間、彼女の笑みと誂っているとも取れる言いぶりにベッカーの心は弄ばれる。


「では、また明日会おう。私はここで失礼する」

「……お、おう。また明日な……」

「ああ、それと覚悟はしておけよ。ヴェントゥスは本気で蹴り飛ばすつもりだからな」

「……」


 去っていくブリジットの後ろ姿を見つめながら、ベッカーは一人で立ち尽くす。


「……くそっ、俺の方が先輩なんだぞ? 年だって俺のが上だろうに……何だよ、その言い方は」


 ブリジットが自分よりも遥かに年上だと知るのは、これからずっと後の事だった……


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