20
『では、明後日にレースを控える選手達にお話を聞いていきましょう! まずはこのグリーン・ダウン・パーク競馬場を代表する名馬レオナルドの騎手である……』
「もうそんな時期なのねー」
リビングのソファーでテレビを見ていたドロシーが思い出したかのように呟く。
「もう11月だもの、1年はあっという間ね」
「競馬ですか?」
「そう、グリーン・ダウン・チェイス。毎年11月の第二週に開催されるレースよー」
「へー、この街に競馬場なんてあったんですね」
両隣をドロシーとルナに挟まれる事にも慣れたスコットはどうでも良さそうに言った。
「スコッツ君は競馬に興味あるの?」
「いーえ、全く。賭け事全般に興味がありません」
「まぁ、僕も賭け事自体に興味はないけど。馬が走る姿を見るのは好きよ」
好物のプティングを頬張りながらドロシーは言う。
「ふふふ、ドリーは動物好きだものね」
「そうだったんですか、意外ですね……」
「意外って何よ!」
「え、だってそんなイメージが全く無いですから」
「むむーっ!」
スコットの言葉が気に触ったのか、ドロシーは彼の膝上に乗ってジッと睨みつける。
「ちょっ、何処座ってるんですか! 社長!?」
「スコッツ君は僕にどんなイメージ持ってるのよ!」
「ど、どんなイメージと言いますと……」
『可愛いけど面倒臭い拗ねた100歳児』
……等と正直に言うわけにもいかないスコットは彼女から目を逸らす。
「……社長は、社長です」
「それどういう意味!?」
「何ていうか説明が難しいんです……だって、社長は今まで会ったことのないタイプですし」
「むむむむ……!」
「……近い、近い近い! 社長、顔が近いです!!」
「なによー! 別に僕が動物好きでもいいじゃないー!!」
「すみません、すみません! ごめんなさい! だから、もう少し離れてください!!」
面倒くせぇ。スコットはぐぬぬ顔で顔を近づけるドロシーを見てそう思った。
彼女はここまで子供っぽい性格だっただろうか?
少し前までは【かつてのドロシー】に近い超然とした性格だったのだが、ここ最近はちょっとした事でムキになる事が多くなった。
以前よりも感情を素直に出すようになったとも言えるが、この調子で毎日絡まれると辛いものがある。
「ふんっ!」
ドロシーはムスッとしながらスコットの膝上に座り込む。
「……あの、社長」
「退かないよ。生意気なことを言った罰として暫く椅子になりなさい」
「……」
スコットはドッとソファーにもたれ掛かる。
ルナはそんな彼とドロシーを見ながらうふふと満足気に微笑んでいる。
「……何というか、やっぱりお似合いだよ。君達」
ルナの膝上でニックは何とも微妙な顔で言った。
「……どーも」
「そういえばブリジットの新しいバイト先もこの競馬場だったわね」
「あー、確かそうだったね」
「え、ブリジットさん競馬場で働いてるんですか?」
「そうらしいよー、お馬さんの世話係だってさ」
ドロシーは足をわざとらしくパタパタさせ、テレビ画面をボーッと見つめながら言う。
「あの人に馬の世話なんて出来るんですか?」
「確かに彼女が馬の面倒を見ている姿が想像できないな……」
「失礼ね、二人共。ブリジットちゃんは騎士よ? 馬に乗るのは大得意だし、馬の面倒もちゃんと見れるわ」
「そうなんですか?」
「馬どころかその気になればドラゴンにも乗れるって言ってたし」
「ド、ドラゴンだと!?」
「え、そんなの居るんですか!?」
「居たらしいよ、あの子の世界にはね。それにブリジットちゃんは動物やモンスターと会話できる異能力があって、よっぽど相手がアレじゃなければ意思疎通できるんだって」
「あの人にそんな能力が……」
予想外なブリジットのスキルにスコットとニックは驚く。
いつも変な一面ばかり見せられてきた彼らには想像出来なかったが、決して伊達や酔狂で騎士を名乗っている訳ではないのだ。
「ふふふ、確かにあの子には天職かもしれないわね」
「もしかしたらブリジットちゃんもレースに出るかもしれないねー」
「流石にそれはないでしょ、インタビューにも出てませんし……」
「ふふん、わからないよー? 特別枠はまだ明かされてないから」
「……もし彼女が出たらどうする?」
「勿論、全力で応援するよ。その馬には10万L$くらいポンと注ぎ込んじゃうね」
ドロシーは満面の笑みで答えた。
「じゅ、10万て……」
「それだけブリジットちゃんは凄いのよ。今から2年くらい前に異界門から沢山の新動物が出てきて街が大騒ぎになった時もあの子一人で解決しちゃったくらい」
「ふふふ、馬にそっくりな動物に乗って大活躍だったわね」
「うふふふ、あれは凄かったですわねぇ。私でも素直に感動しましたわ」
普段滅多にブリジットを褒めないマリアも、2年前の事件の話題が出た途端に彼女を称賛しだした。
「ああ、あの時は私も感激致しました。異常管理局に表彰状を頂いた程ですからな」
「ふふふ、あのロザリーが私達のファミリーに敬語を使うなんて初めてだったわ」
「その時の僕は紅茶が切れて何も出来なかったしね」
「お嬢様は紅茶が飲めないと元気を失くしてしまいますものね。うふふ、ブリジットさんが居なければ13番街区は2年前に地図から無くなっていたかもしれませんわー」
「お腹いっぱいになると数が増えちゃう動物とか、死ぬと未知の毒素を撒き散らす動物もいたしね。あの子が動物さん達と話をつけなかったら僕たちも死んでたかも」
「……」
2年前のブリジットの勇姿を回想してドロシー達は和気藹々と談笑する。
さりげなく会話の中におっかないワードがちらほら混じっていたが、スコット達は敢えて深く突っ込まずに聞き流す事にした……




