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リアルな事情でお昼の投稿に間に合いませんでした。許して(〃´ω`〃)旦~
「何だって? 君の馬と、あの馬を勝負させたいと?」
オフィスでスカマーは誰かと通話していた。
普段滅多に表情を崩さない彼も、相手の突飛な要求に思わず目を丸める。
『ああ、そうだ。その馬はとても速いんだろう? 何でも、あのラディウスの子供というじゃないか』
「確かに速いことは速いが、あの馬は……」
ふとスカマーは席を立って窓の方に向かう。
「……」
『どうした? まさか勝負をする前に負けを認めるのか??』
「ははは、まさか。君がそこまで言うなら受けて立つよ……」
『ふふっ』
「勝負は明後日のレースで良いのか?」
『ああ、明後日が良い。頼めるかね?』
「わかった。では、また明後日にね」
『もし私の馬に勝てたら、その馬を言い値で買わせてもらうよ』
「私が負けてもあの馬を買う気だろう?」
『ふふっ、よくわかってるじゃないか。それじゃあ楽しみにしているよ』
スカマーはそっと受話器を置く。
「まぁ、どうせなら勝たせて貰うとするかな」
窓からヴェントゥス達を見てスカマーはニコリと笑う。
「彼女はその馬に乗れたと言ったね、ベッカー君。では早速彼女に乗ってもらおうじゃないか」
〈……〉
「ふむ、お前にもそんな可愛らしい子馬時代があったのか」
「でも、あの日以来コイツは変わっちまったんだ」
「あの日とは?」
「ああ、それは」
『スタッフ番号029のベッカーさん。オーナーがお呼びです、直ぐにオフィスに向かってください。繰り返します……』
「えっ、オーナーが!? 俺を!!?」
「呼ばれているぞ、行って来い」
〈ぶるるるるっ!!〉
「言われなくても行くよ! おい、絶対にその馬を逃がすなよ!?」
「安心しろ、私はお前ほど不器用じゃない」
「……ッ!」
ベッカーは顔を赤くしてスカマーのオフィスへと向かっていった。
「もう立っていいぞ、ヴェントゥス」
〈……〉
ヴェントゥスは静かに立ち上がり、少々苛立ちながら地面を蹴る。
「彼の話を聞いた限りでは、そこまで嫌われるような男でもない気がするがな」
〈ぶるるるっ!〉
「まぁ、気晴らしに走り回ってくるといい。外に出ようとは思うなよ? 私の剣が飛んでいくぞ?」
〈ぶるぁっ!〉
不機嫌そうに鼻を鳴らしてヴェントゥスは草原を駆ける。
「……本当に速いな。お前の背に乗って野原を駆けるのはさぞ爽快だろう」
銀の鬣をなびかせて駆け回るヴェントゥスの背中を見つめてブリジットは小さく溜め息を吐く。
「……オ、オーナー……今、なんて?」
スカマーのオフィスを訪れたベッカーは、彼の提案を思わず聞き返した。
「うむ、実はヴェントゥスを明後日のレースに出馬させようと思っていてね」
「しょ、正気ですか! あの馬に乗れる騎手なんて、ここには居ませんよ!?」
「そう、今までは居なかった。だが彼女なら乗れるんだろう?」
スカマーは動揺するベッカーの肩をポンと叩いて言う。
「た、確かにアイツは……」
「だから、彼女にヴェントゥスの騎手をお願いしたいんだ」
「……でも、どうして急に!? オーナーもアイツをレースに出すつもりは無いって!!」
「うむ、そのつもりだったんだが……実は懇意にしている友人からヴェントゥスの走る姿が見たいと強請られてね。それどころか、彼の馬とどちらが速いか勝負させたいと言うんだ」
「……えっ」
その言葉を聞いてベッカーは表情を凍らせる。
「その、友人って」
「ああ、フェッチャー君だよ。君も一度会った事があるだろう?」
「!!」
スカマーはベッカーの肩から手をどけて窓際に移動する。
「そう、あの時はラディウスが勝負を受けたね。結果は……残念な事になったが」
「……」
「だが、今回は違う結果になると私は思っているよ」
草原を駆けるヴェントゥスを見ながらスカマーは言う。
「彼女に伝えてくれるね? 給金の事なら心配要らないよ、他の騎手の倍は出そう」
「……オーナー、アイツは」
「頼むよ、ベッカー君。君にしかお願いできないことだ」
「……わかりました」
ベッカーは此方に振り向くことなく淡々と話すスカマーに何も言い返せず、複雑な表情で承諾した。
「直ぐに、伝えてきます」
「ありがとう」
ベッカーがオフィスを出て行ってからスカマーは振り返る。
「……すまないね、ベッカー君。でも、君だって本当はあの馬がレースで勝つ姿が見てみたいだろう? これが最初で最後の機会になるだろうしね」
そう呟くスカマーの表情は何処か寂しげで、それでいてゾッとする程に冷淡な笑顔だった。
「……フェッチャーだと? あのクソ野郎め、どうせまたくだらねえ事考えてるに違いねえ!!」
フェッチャーへの嫌悪感を顕にしながらベッカーは廊下を進む。
「大体、あの野郎の馬にラディウスが負けるなんてありえねえ事だったんだよ!」
負け知らずだった名馬ラディウス。その馬が初めて敗北を喫した勝負、その相手がフェッチャーという富豪が有する何の変哲もない普通の馬だった……
馬が速いという訳でもなく、騎手が特別に優れていたという事でもない。
そんな格下相手に不敗の名馬ラディウスは負けたのだ。
「畜生、上等だ! 今度はヴェントゥスがてめーのクソ馬を倒して見返してやる!!」
ベッカーは憧れの馬が敗北した苦い記憶を回想し、歯を噛み締めながらブリジットの所へと向かった。